第18話 イエス・農業っ! ビバ・日本っ!

「こ、こんなお嬢ちゃんが国の首相ぅ~~っ!?」

「ほんとかよ……」

「で、でも確かにテレビで見たことある顔してるぞ。実物のほうがよっぽど可愛いけどな」


 おじさん達は戸惑い、そして驚きながら指差したりしていたがそんなことはお構いなしに朱莉は言葉を続ける。


「皆さんのご懸念は重々承知しています。ワタシだって(自称)元魔王様とはいえ、いきなりあみだくじで日本のトップに立たせられてしまい驚きを隠せませんでした。それにハッキリ言って国と国との間にあるしがらみなんて正直知りませんし、1年間だけの限定であるこのワタシに言われても理解できるわけありませんよ! それにそれに好きなゲームやアニメを見る時間が取れないし、遊びにも……」

「ちょ、ちょっと朱莉さんっ!?」

「みやびさんっ!」


 朱莉は何を口走っているのか、自分が選ばれた経緯や国のシビアな情勢、そしてこれまで溜めていたであろう鬱憤を晴らすかのようにまるで演説か講演会かのように語りだしたのだった。

 みやびさんは朱莉のことを止めに入ろうとするが、俺はそれを両手広げて静止する。「何でどうして?」みやびさんがそんな戸惑いとも驚きとも取れる顔をしているのを尻目に朱莉は話を続けていた。


「皆さんのTPP加盟に対する国の姿勢、そして関税緩和により大量の輸入品を受け入れることに対するご懸念やご不安は尤もなことだと思います。それに直接ワタシの姿を目の当たりにしたことで『こんな小娘で大丈夫なのか?』『国を導けるのか?』『やべっ美少女降臨?』『朱莉ちゃん、ファンクラブ入ろうかな……』な~んて思わずにいられない事と思います」

「「「……」」」


 朱莉は今のデモに集まってる人の心理を汲み取るように言葉を一つ一つ拾っていた。あとついでに自分の願望も含めながら。

 けれどもそんなふざけたことを言ってる朱莉の表情は真剣そのものであり、次第にそこに集まってる人々がその声に聞き入れざるを得なくなっていた。


「皆さんは輸入米に対してどんな思いや懸念、そして何よりも不安がありますか?」


 その問いかけを皮切りに集まった人達が各々ぽつりぽつりと次第に声を出していった。


「そりゃ~、安い米が入ってくれば俺達の商売は上がったりになっちまうよ」

「それによ、海外のは農薬とかの心配もあるんだろ?」

「そもそも国は農業をどうでもいいと思っているのか!」


 などと、次第に自分達が何をしにここにやって来てデモをしていたのかと思い出したようだ。


「……はい。そうですね。皆さんの不安な声や政府の対応に対する声を直接耳にしました。そこでちょっとした催しを……お兄ちゃん」

「ああっ!」


 朱莉がこちらを向き拡声器で呼びかけをすると、俺は事前に言われていたとおり炊飯器を両手に1つずつ持ち朱莉が居る隣へとやって来た。

 そして黒服のおじさんが茶色い折りたたみ式の細長いテーブルを設置すると、俺はその上に目立つようにわざとらしく音を立てながら炊飯器を置いていく。


「ざわざわ、ざわざわ」

「なんで炊飯器なんか……」

「あの嬢ちゃん、こんなときに飯でも食おうってのか?」


 いきなりのことで戸惑う人々を他所に朱莉は次の指示を出す。


「この炊飯器の1つには皆さんが丹精込めて作っていたお米が入っています。もう1つにもお米が入っていますが……みやびさん、お兄ちゃんお願いします」

「ええ」

「ああ」


 朱莉は言葉ではなく、頷きだけで指示を出した。

 俺もみやびさんも事前に何をするのかを言われていたので、そのとおりに“あるもの”を作ることにした。それは……


「アチチッ。熱いなコレッ!?」

「あっはははっ。お兄ちゃん、何やってるのさ。ちゃんとみやびさんを見習いなさいよ」

「ぐっ……だ、だってこんなこと俺だって初めてなんだぞっ!」

「にぎにぎにぎにぎ……」


 俺は手の平へと載せたご飯の熱さに負け、上手く形を整えることができずにいた。

 対するみやびさんは何の表情も見て取れないほど無表情のまま、ただひたすらにおにぎりを握っている。


 そう俺達二人は朱莉の指示の元、大勢の観衆が見守る公園の真ん中で白色に輝くも光沢を放っているお米でおにぎりを握っていたのだ。

 何故そんなことを暢気にもしているのか? それは別に何も俺達が小腹が空いているからわざわざ炊飯器を2つ持参しておにぎりを作っているわけではなかった。


「なんだぁ~、アイツら。いきなり出てきて俺達の目の前でおにぎりなんか握っていやがるのかよ?」

「ふざけてるのか!?」

「俺達を米農家だと思って舐めてるんだろ? えぇっ!」


 どうやら何も語らずただひたすらおにぎりを握っている光景を目の前で見せられてか、集まった人々の怒りは臨界点に達しようとしている。

 けれどもそのタイミングを見計らって朱莉は音声拡声器を通してこんなことを口にする。


「皆さん、この二人が握ったおにぎりを見てどう思いますでしょうかっ!」

「はぁ~~~っ。このお姉ちゃんもこっちのお兄ちゃんも、ただおにぎり握ってるだけじゃねぇかよ」

「そうだぜっ! こんなものを見せるために俺達のことを集めたのかよ。馬鹿にするんじゃねぇぞっ!」


 朱莉は俺とみやびさんが作っている真っ最中のおにぎりを見るようにと観衆に向けて叫んだ。

 だがそれをふざけていると受け取られてしまい、罵声まで飛び交うようになっていた。


「……いや、待て」

「どうしたんだよシゲさん?」


 一人のおじさんが騒ぎ出し罵声を口にしている他の人を静止させている。

 どうやらあの人がこの人達をまとめている代表なのかもしれない。


「あれ……変だよな」

「へん~っ? 変って一体何がなんだい? あんな何の変哲もないおにぎりなんかいくら見ても……っ!? な、なんだいありゃ!?」

「1つの皿はそのままなのに、もう一方の皿のは何か形が崩れていってるぞっ!?」


 そこで他の人達も異変に気づいた。

 みやびさんと俺の目の前には握られたばかりのおにぎりがお皿の上にいくつも載せられていたのだが、俺の皿にあるおにぎりだけどんどん形を歪ませついにはぐちゃぐちゃの“おにぎりだったもの”へとその姿を変えていたのだ。


「ワタシは先程こちらの炊飯器には皆さんのお米だと言いましたが、もう片方のこちらには実は輸入米を炊いていたんです。それが今お兄ちゃん……ごほん、失礼。アチラの彼が今握っているのが輸入米なんです。こうして見比べてみると一目瞭然ですよね?」


 朱莉は食い入るように握られたおにぎりを見ている観衆を前にして、その種明かしを始める。

 そうみやびさんの方の炊飯器には国産米を、そして俺の方にはタイ産の輸入米が入っていたのだ。それでどちらも同じくおにぎりを作ることにより、“その差”を目の前で明確に知らしめるようと言うのが朱莉の秘策だったのだ。


「た、確かにこっちの国産米は今も形を維持できているけれども、こっちの輸入米だかは全然おにぎりの形になっちゃいねぇよな!」

「そうだぜ。やはり輸入米だと俺達が丹精込めて作っている国産米よりも粘りが違うんだろうよ」

「おうよっ! なんせ俺達の米は世界一だからなっ! 安い輸入米なんかに負けるわけがねぇってなもんよっ! そうだろうみんな!?」

「ああ!」

「そうだそうだ!」


 米農家を代表して集まった人々にはその明確な差をまざまざと見せ付けられ、皆口々に自分達が作るお米を賞賛している。

 そしてふと朱莉の顔を横目に見ると、その口元は喜ぶように緩んでいた。それは兄である俺だけが知る朱莉の「ようやく罠にかかったな。これもすべては我の思惑どおり……ぐっははははっ」との余裕をアピールしたいのを必死に堪えている表情に他ならなかった。


「そうです! 皆さんが丹精込めて作るお米は美味しいのですっ!」

「ああ、もちろんだっ!」


 そしてついに集まった人々が朱莉の言葉、その想いへと飲み込まれようとしていた。


「輸入米を前にして果たして刺身は合うでしょうか? お寿司に欠かせない俵型の寿司飯を作ることが可能でしょうか? そもそも日本の食卓の定番であるトンカツや焼肉などのオカズに輸入米は合うのですか? ピラフやドリアそれにチャーハンなどには合うかもしれませんが、もしその答えをワタシが問われればそれ即ち否と答えることができます! 何よりも日本米のように粘りもなければ味も香りもない輸入米は日本庶民における食卓のオカズには合いません。これはワタシが首相の名の元において“そうである”と断言することが出来ます! それに何よりも輸入米ではこうしたおにぎりを作ることが出来ませんっ!! 冷めても美味しいおにぎりを作れずして何が輸入米かっ!? 皆さんが先程仰っていた輸入米に対する不安なんてものはただの懸念であり、そして何より自分が作るお米に対して自信が無いと言っているのと同じことなんですよっ! どうですか、皆さんは作ってるお米にそんなに自信がないのですかねっ!!」

「「「おおおおおおっ!!」」」

「俺達の米は美味しいっ!」

「日本の米は世界一だぜぇぇぇっ!!」

「輸入米なんか入ってきても全然怖くなんてねぇぞっ!」


 まるで奴隷解放を指揮したリンカーンのような朱莉の演説を前にして、農民心と自分の作るお米に対する自信・自慢・プライドなどそれらすべてが合わさり、ついには爆発するように怒声のように叫んでいる。

 近くに居てそれの光景を目の当たりにしていた俺は得も言えぬ恐怖心とは別に、何故か心に来るものを感じ取っていた。それはまるで命の灯火のようであり、ここに集まる米農家一人一人の魂の叫びであると感じずにはいられなかった。


 そして朱莉は最後を締めくくるように、叫んでいる米農家達に静まるように両手を大きく広げ掲げてからゆっくりと下ろしていく。

 ただそれだけ、ただそれだけなのにまるで本当の独裁者のように人々は静まり返ってしまったのだ。


「皆さん一人一人の声とともに、熱く燃え上がる魂の叫びを感じました。ワタシは今、とっても嬉しいです。まだここには……ワタシが愛する日本がちゃ~んと存在する。この胸に感じる炎が消えぬ限り、日本は大丈夫です。皆さんがいる限り、日本の農業は大丈夫なのですっ!! イエス・農業っ! ビバ・日本っ!」

「「「うおおおおおおおおっ!!!!」」」

「イエス・農業っ! ビバ・日本っ!」

「イエス・農業っ! ビバ・日本っ!」


 何だか訳の分からないうちに朱莉が民衆を纏め上げてしまい、そしてこれまた訳の分からない日本語交じりの英語を巧みに使っていた。

 またこの場の高揚している雰囲気にでも呑まれているのか、みんな一様に朱莉が口にした訳分からずの英語を口走っている。


 今し方朱莉が口にした言葉である「イエス・農業っ! ビバ・日本っ!」これを訳すとするならば「はい、農業ですっ! 万歳日本っ!」と言ったところだろうか?

 もうほぼほぼ意味の体を成していない和製英語とも朱莉の適当言語とも取れる言葉が生み出されてしまい、不思議とこの場に集まる人々の心を支配していた。


「ワタシの皆さんに対する今日の演説はおしまいです。ご静聴ありがとうございましたぁぁっっっ」


 朱莉はまるでオペラ歌手のように演じている自分に酔いしれながらも煽りに煽り立てると、そう最後を締め括りお辞儀をしてから盛り上がりをみせている人々のど真ん中を掻き分けながら去って行こうとする。

 俺とみやびさん、そして本来首相である朱莉のことを護衛するシークレットサービスのおじさん達も、それに遅れまいと慌てながらに悠然と前を歩いている朱莉の背中を追って行く。


「「「わーわー」」」

「朱莉ちゃんさいこうーっ!」

「朱莉首相、万歳っ!」

「「「ばんざーいっ!!」」」

「いやぁ~、どうもどうも♪ ありがとうございます、ありがとうございます♪」


 歓声も去ることながらに本当の独裁者のような熱烈な歓迎を受けながら、朱莉はまるでモーゼが海を割ったときのように人の波が次々に割っていき道を作っていった。

 そんな感謝・歓迎・感涙を引っさげながらに朱莉はそれすらも満更でもないと言った様子で、少し照れながら通り行く人々に手を振ったりして歓声に応えていた。


(まさか本当に朱莉のヤツがデモを鎮めちまうなんて……。それにこれはまるで独裁者か歴史に名を残す大統領さながらの歓迎にも応え……いや、朱莉は今やこの国の……一国の首相なんだよな。はははっ。俺の妹様ときたら……本当に“役”にハマりすぎだよな。朱莉が勝手に言っている自称とはいえ、元魔王様の名前も伊達じゃないってところか)


 俺は今更ながらに朱莉が本当の首相であるということを嫌でも自覚させられることになった。

 そして俺はそんな妹の背を見ながら、改めて朱莉が凄いヤツなんだと思い知った。


(これも朱莉が中二病を拗らせたのが原因なのだろうか? それならその原因を作った大本は俺にもあるし、もしかすると朱莉だけでなく俺にもその才能があるんじゃないのか……もしそうならあるいは……)


 俺は自分の中に潜む可能性についても考えずにはいられなかった。

 もしかするとあの場に立っていたのは朱莉ではなく、俺であった可能性も十二分に考えられる。


 だがしかし、現実には首相へと選ばれたのは妹である朱莉であり、それにデモを丸く治めてしまったのも朱莉だ。

 それに可能性はあるとは言っても同じ真似をしろと言われ俺にできるかと言えば、その答えはノーに違いない。


 俺は朱莉に……嫉妬し始めているのではないだろうか? それは才能も、そして立場にも……。

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