その67 大地の雄叫び

 タナトスとかいう魔神デビゴッドが実力者であることはわかった。

 なら、やることはひとつしかない。


 ――戦いバトル


 これに尽きる。


「お前は俺の神能スキルを封じているらしいな」


 剣をぶつけ合いながら、セレナ達を放って戦いながら移動していく。


 俺のスピードとタナトスのスピードはほぼ互角だ。

 盛り上がってきた。

 それに、会話は戦いの最中でも楽しむことができる。聞きたいことは今まとめて聞けばいいだけの話だ。


「貴殿の神能スキルの噂は腐るほど聞いているわけだ。複数の神能スキルを使いこなす少年――魔王セトもその能力に頼って倒したのだろう?」


「確かに、そうとも言える」


 タナトスの剣は柄から剣先まで黒く、金属特有の光沢を放っていなかった。逆に光を吸収している。

 闇が光を吸い込んでいる様子を表現したかのようだ。


「警告しておくが、私の実力は魔王セトを超える。魔王になる野心がないだけだ。どうして野心がないのか知りたい、だと?」


 そんなことは一言も発していない。

 話したいのなら素直にそう言ってくれればいいのに。


「ああ、いいとも、教えてやろう。私は誰かが絶望・・しているさまを見ることを愛している。その絶望が大きければ大きいほど、私の心は満たされる」


「お前に心なんてものがあるのか?」


「興味深い質問だ。魔神に心はあるのか――あるに決まってる。争い事を嫌い、平和を愛する魔神もいるほどだ」


「だが、お前は違うようだ」


「ああ、しかし幸福感情を心と捉えるのなら、私のこの絶望への執着も、心があってこそ、ということになる」


 俺の腹からはまだ出血が続いていた。

 内臓を貫通したわけだから当然だ。一般的に言うところの致命傷……俺にはこんな傷、かすり傷でしかない。


 血液なんぞいくらでも作れる・・・・・・・・


神能スキルの発動を防ぐのが、お前の力か?」


 神能スキルを発動するのはさほど労力を使わない。

 基本は神の信仰によって得られた贈り物、という認識なので、楽に行使できるのだ。


 だが、この戦いで神能スキルを使おうとすると、体が重くなり、使えないことを全身が警告していた。


「聞くところによれば、貴殿の力の大半は神能スキルから来るものだ。私の魔能スキル――経験を積み、一定の魔力量を保持した者にしか覚醒しないものだが――その力で貴殿の神能スキルを無効化してしまえば、負けるはずがない」


「そういうことか」


 俺達の剣技にさほど差はなかった。

 魔神デビゴッドはその名の通り、神のようなもの。だから当然寿命は長い、というか、ほぼ不死の存在だ。俺よりも遥かに長い時間、研鑽を積んでいる。


 確かに、俺は複数の神能スキルを使うことが可能だ。

 それが自分の実力を大きく支えていることに異論はない。


「ひとつ聞いてもいいか?」


 軽く笑みをこぼす俺。

 明らかに俺が追い込まれた状況――少なくとも、タナトスはそう考えている。


(俺の絶望が見たい、か)


 西園寺さいおんじオスカーの絶望。

 俺自身がこの世界の希望なのだから、絶望するはずがない。タナトスにはそれがよくわかっていないらしい。


「この世界に希望が絶えず存在し続けている理由は何だと思う?」


「希望が存在し続けている理由、だと?」


 空から光が差し込む。

 眩いほどの光――それはタナトスが求める絶望とは正反対のものだ。奴の白い肌がその光を反射し、俺の剣がまたその光を反射して輝く。


「西園寺オスカーを侮ってもらっては困る。お前を倒すための条件は整った」


 黄金ゴールドの瞳。


 そこから連想されるものは太陽。どんな者にも平等に光を与える、絶対的な存在。俺という存在が太陽の光だとすれば、タナトスは影の中に潜む危険な闇。


 最終的にその闇を打ち消すのは、太陽の役割だ、と。

 俺は証明する。


 何度も放たれるタナトスの斬撃を、華麗にかわし、リズム良く弾く。この剣技で音楽が奏でられそうだ。


「そろそろ終わらせるか」


「なに?」


「そのままの意味だ。お前との戯れも、流石に飽きてきた」


 タナトスの邪悪な緋色の瞳に動揺が見えた。

 彼にとって、俺はまだ未知の存在。警戒していないはずがない。


「面白いことを教えてやろう」


 剣を弾いた後、後ろに飛びのいて距離を取る。

 大地が何かを感じ取り、舞台を準備するかのように轟音を上げた。


「――何だ? 神能スキルは封じているはず……」


 獲物タナトスは相変わらず静かな声で、余裕のある口調だ。だが、右頬が微妙に引きつっている。


「俺の最後の神能スキルは、究極の必殺技。条件が整いさえすれば、お前の小細工も、ただの塵と化す。太陽に抗う術はない」


 光が俺の剣に集約されていく。

 魔王セト戦の時にも見せた、あの・・必殺技が、炸裂する。


「――ゼロ――」


 大地が雄叫びを上げる。


「――オスカー」


 一本の槍のようにまとまった光は、考える隙も与えずにタナトスへと突進した。


 逃がさない。

 絶対不可避の攻撃。逃がさない、というより、逃がせない・・・・・


『私を、本気にさせたようだ、西園寺オスカー』


 頭の中で、魔神タナトスの冷酷な声が反響する。これが奴の、最期のメッセージなのか。


 剣の輝きが落ち着き、大地に平穏が訪れる。

 辺りは静まり返っていた。小鳥のさえずりも聞こえない。あるのは静寂と、そして――。


「オスカー!」「西園寺しゃいおんじオシュカー!」


 俺の勝利に歓喜する女子おなご二人が、俺を呼ぶ声だけだった。

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