その62 みんなで囲む食卓
五年ぶりに会った母と息子。
お互いに話すことはいっぱいあった。
意外にも、気まずくなってどちらかが黙り込む、なんてことが起こらなかったのである。
神殺しのことは伏せたが、ゼルトル勇者学園に入学し、数少ない友人と共に当たり障りのない学園生活を送っている、ということを伝えた。
セレナはそれに対して何か言いたそうだったが、空気を読んで口を閉じたまま。
「こんな可愛い女の子、他にいないと思うよ」
「お母さん、それは言い過ぎですって」
「セレナちゃん、どうかオスカーのことお願いね」
いつの間にか仲良くなってないか?
セレナも俺の母さんをまるで自分の義母かのように扱っている。母さんも同じく、セレナのことを義理の娘のように思っている節があった。
「少し重い話にはなるが……俺には世界から定められた宿命があるんだ」
和気あいあいとした空間の
だが、この言葉は完全に消失した。
二人の話し声が、俺の声を相殺してしまったからだ。
『オスカーったら、十二歳で急に家出して――』
『オスカーはこの前の試験で――』
共通の話題は俺のことしかないから仕方ないことかもしれない。だが、できれば
彼女はとてもよく母さんに似ていた。
茶髪で黄金色の瞳。
母さんに対しては豊かな表情の変化を見せているようだが、兄である俺に対して見せる表情は、軽蔑。ただそれだけ。
俺に恨みでもあるのだろうか。
彼女の中に不吉な悪魔が宿っていないか心配だ。実は闇の世界の住人だという可能性も否めない。マヤには最大限の警戒をしておこう。
「母さん」
二人の話題もそろそろ尽きようかと思われた時。
俺は気を取り直して口を開いた。
言葉に影響力を持たせるのに、相手が話し疲れるのを待ってから話し始める、という手段もある。
今回は素直に聞いてくれた。
女性二人の注目が俺に注がれる。ちなみに、マヤはまったく反対方向を向いていた。
「この五年間、何の連絡もせず申し訳なかった。実家に帰ろうと思い立ったとしても、こうして迎え入れてもらえるのかがわからず、今日まで先延ばしにしてしまっていた……」
世界で誰よりも優しい母さんが、温かく微笑む。
「いつ、どんな姿で帰ってきたとしても、オスカーが安心できる場所だから。この家は。また好きな時に帰ってきなさい」
本当に、なんだこの人は。
もっと叱ってもいい。
こんな無責任で自由な息子なんか、放っておけばいい。
だが、彼女も俺と同じで変わっている。
自分の罪を告白してしまいそうになった。神を殺し、力を得たことを。
「実は俺……」
言えない。
言葉が出ない。
しなやかに受け止めてくれることはわかっていた。だが、軽蔑されてしまうことが怖かった。母さんの顔にその片鱗が見えてしまうだけで、俺は深い悲しみに包まれるだろう。
「いや、なんでもない。良かったら、今日と明日はここに泊めて欲しいんだが――」
「泊めるも何も、ここはオスカーの家なのよ」
「そうか……それもそうだ」
ぎこちなく笑い合う。
長い間忘れていた「家族」というものを、思い出したような気がした。
「今日はお父さんが新鮮な野菜とお肉持って帰ってきてくれるから、ご馳走にしよっか」
この言葉に一番反応したのは、俺の宿敵マヤだった。
ゼルトル勇者学園の学生であると知って驚いてはいたものの、感情的に怒ったり、泣いたりする、なんてことは起こらない。
彼は四十二歳で、薄毛が目立ち始め、すっかりおっさんになろうとしているようだったが、相変わらず元気そうだ。
楽観主義は父から遺伝したんだろう。
父は薄毛を脱皮と表現していた。実に愉快だ。
「それで、その子とはどこまで進んでんの?」
仕方ないことだが、またセレナを恋人だと勘違いされてしまった。
それにしても、最初の質問にしてはなかなか攻めているような。
「セレナは俺の友人だ。席が隣ということもあって親交を深めていった」
「よろしくお願いします。二階堂セレナといいます。オスカーの将来の嫁です」
「おぉ! いいね! で、どこまで進んでんの?」
(セレナにそんなこと聞くなよ……)
セレナもセレナで、将来の嫁などといった勝手な発言は控えて欲しい。本気の勘違いをされてしまうかもしれない。
「まだ頬にキスしかしてません。でも、そのうち唇にキスして、それ以上のことをしたいと思ってます」
「おぉ! 欲望に忠実ってのはいいね!」
そこはあまり推進して欲しくない。
一体、セレナに何があった? ある時から急に吹っ切れたようにアプローチしてきているような気がするが……。
(俺はそれが……嬉しい、のか?)
よくわからないが、特に嫌とは思わなかった。それが不思議だ。
元々の家族三人と、新たに増えた家族であるマヤ、そして友人のセレナ。
この五人が食卓を囲むという、貴重なのかよくわからない光景。
食卓を安くて薄暗い
俺にはちょうどいい食事だった。
今のような食事スタイルを始めたのは家を出てからになるが、元々俺の家の料理は質素だったことを思い出す。西園寺オスカーという少年が暮らすことに最適化されていた、ということなのかもしれない。
「セレナちゃん、好きなだけ食べてね」
「はーい」
母さんとセレナは息が合うらしい。
もうすっかり仲良しの嫁姑――そんな雰囲気だ。
「ママ、パパ」
マヤが手をパチパチしながら満面の笑みで言う。
勿論、俺の方は一切見ずに。
「ママ、パパ」
二歳ともなれば、これくらい話すのは普通か。
今後さらに多くの単語を操れるようになってくると、俺を好きなだけ罵倒することも可能になってくる。
「ママ、パパ、ねーね」
?
聞き違いか?
マヤはセレナの方をちゃんと向き、ねーね、と言った。先ほどから何度かセレナが「ねーね」を言わせようと試みていたが、成功したらしい。
「ママ、パパ、ねーね」
どうやらセレナにはデレデレ。羨ましいとは思わない。
「ママ、パパ、ねーね、おじさん」
最後は衝撃的だった。
おじさん、なんていう言葉をどこで知ったのかは不明だが、俺はおじさん認定されてしまったらしい。明後日十七歳になる若き少年だというのに。
「悪いが妹よ、俺は西園寺オスカーだ。言ってみろ」
意地悪なことを言ってみる。
宿敵なのだから当然だ。
「おじさん」
そう言う時だけ、なぜか彼女の顔から笑顔が消える。
実はマヤが俺に殺された神の生まれ変わりで、兄に対して最大の憎しみを持っている、なんていう設定があるんだろうか。
そうだとすれば一大事だ。
その後も、マヤにとっての西園寺オスカーは、おじさん、だった。
***
実家での暮らしはすぐに慣れた。
というのも、実家なのだから当然だ。
驚いたことに――いや、今はそう驚くことでもないが――セレナの方がこの家に馴染んでいる。家事の手伝いも率先してしているし、マヤともよく遊んでいる。
俺がマヤに近づこうとすれば、彼女は意地でも涙を絞り出そうとするため、兄と妹の戯れは許されなかった。残念だとは思ってない。
「もう私の妹って言ってもいいんじゃない?」
「そうだな」
セレナの調子に乗った
「彼女にとっての俺は、急に現れた
よほどのことがない限り、マヤは俺を認めないだろう。
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