その59 司書からの理不尽
「オスカーくん!」
絶対に大声を出してはならない学園図書館。
図書委員の
「あ、後輩君だ」
よう、というノリで片手を上げる
例の件についてはエリザベスの口から直接聞いているはずなので、今は俺をそれなりに認めてくれているのではなかろうか。
『エリザベスちゃん、しー』
穏やかな声で注意をしたのは、図書館司書の
今日は司書来園の日。
図書館の監視が厳しい日、ということでもある。
ほとんどの生徒は名字呼びなのに対し、エリザベスに関しては特別らしい。
毎日ここに来て働いている勤勉な生徒はエリザベスしかいないから、なのかもしれない。
ちなみに、俺に対しても比較的温厚で、たまにオススメの本を紹介してくれる時がある。榮倉もまた、パッとしない生徒だった俺のことを認知してくれていた人のひとりだ。
「すみません、スーザンさん」
「いいのいいの。今のは仕方ないよ」
本当に優しい。
榮倉による追放シーンを目撃してきた俺からすれば、異様な光景だ。
涼風がしけた顔をする。
「うちがこの前大声出した時は、そんな感じじゃなかったですよね?」
「図書委員というものは、図書館での規律を守り、利用者に快適な環境を提供することなの。図書委員が大声を出すなんてことは許されません」
「如月はいいんですか?」
「さっきのは仕方なかったんじゃないかな。むしろ、
榮倉にいつの間にか非難されていた。
生徒の中では認められている方かと思って過信していた。俺もいずれ図書館を追放されてしまうのか?
「オスカーくんは悪くないです。その、少し驚いちゃって……今日は来てくれないと思ってたから……」
「エリザベスちゃん……遂に……」
目尻に涙を溜め、感極まる榮倉。
何か勘違いされているような気がする。
「エリザベスちゃんにも、ようやく彼氏ができて。西園寺くんなら、結構いいじゃない」
おいおい、と突っ込みたいくらいだ。
俺の扱いがやたらと雑だ。
涼風はそれがツボに入ったのか、俺を指差して吹き出しそうになるくらいに笑っている。
榮倉がいる影響で、今日の図書室はいつもより遥かに静かだ。
涼風の笑い声だけが響いている。
「あの……別に彼氏ができたわけじゃ――」
「いいのいいの。私は黙っておくから。涼風ちゃん、エリザベスちゃんと西園寺くんが付き合ってることは誰にも言わないようにね」
ほら見ろ。
涼風の扱いも、俺と同程度に雑だ。
彼女は図書委員で、一応は当番をしっかりこなしているというのに。
「二人は付き合ってないと思うんですけど」
涼風が不満そうに意見する。
「涼風ちゃん、もしかして妬いてるの? 西園寺くん、こういう女には気をつけてね」
驚くべき司書だ。
デリカシーの欠片もなく、常識も、そして判断力もない。これが涼風の逆鱗に触れた。
「誰がこんな男と! うちは
さっきから俺への風評被害がとんでもないことになっている。だが、ここであえて何も発言しないのが、西園寺オスカーだ。
冷静に物事を俯瞰し、ここぞという時に声を発する。
今は全力で存在感を消すことに脳のリソースを割こう。
「図書館で大声を出してはいけません! もしまた同じような事件を起こしたら、即追放にするよ」
理不尽の塊だった。
エリザベスは困り果ててあたふたしているし、涼風は今にも榮倉に殴りかかりそうだ。
俺は思った。
今だ、と。
「誤解は、世界を破滅させるかもしれない恐ろしいものだ」
「はい?」「はぁ?」「え?」
「二つの国があったとしよう。お互いに友好関係を望んでいたが、言語を通訳する際の
「戦争が起こる?」
つまらなそうに、覇気のない声で答える涼風。だが、少なくとも怒りは静まり、意識が別の
「その通りだ。それも、ただの戦争ではない。無駄な戦力、無駄な資金、無駄な死――小さな誤解によって生み出された悲劇の戦争だ」
架空の話ではあるが、現実味を持たせている。
友人を失った
いくら俺でも、国家同士の戦争に参加したことなど一度もないのだ。
「スーザンさん、あたし、別にオスカーくんと付き合ってるわけではないんです。オスカーくんには何度も助けてもらって……それで……」
「その通りだ。話を勝手に進めないでいただきたい」
俺は無表情で言った。
「そうよね。エリザベスちゃんにはもっといい男がいると思うよ」
やはり、榮倉は俺の想像を超えてくる。
俺は自分が軽くディスられたのにも関わらず、余裕の笑みをこぼした。ならば俺も、榮倉の想像を超えてやろうではないか。
「エリザベスなら、ゼルトル王国の王子を射止めることも可能だろう」
「そんなことないよ、オスカーくん! オスカーくんは素敵だし、逆にあたしが――」
「無理する必要はない。俺が君に相応しくないことくらい、わかっている」
目を細め、下を向く。
図書カウンターに漂う悲壮感。
涼風でさえ俺に同情するかのような顔を見せた。この場の雰囲気にいい感じに吞まれている証拠だ。彼女も所詮、その程度の奴だったか。
「夏休み明けに、また会おう」
「オスカーくん! 待って! あたしは――」
エリザベスの言葉はもう俺には届かない。
この夏休み、俺が図書館に顔を出すことはこれ以降なかった。
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