その39 学園からの討伐隊☆

 グレイソンの頬を汗が伝った。


 曇り空の下に四人。

 グレイソン、ミクリン、クルリン、セレナは魔王セトのところに向かっている。


 学園の一年生である彼らは、当然魔王と戦えるだけの戦力も知識も身につけていない。勇者になるべく勉学に励んでいるのであって、暴虐の魔王と一戦を交えようなどと考えるのは間違っている。


 しかし、同じく一年生のオスカーは魔王のところへと向かった。


「ねえ、ほんとのことなのよね? オスカーがたったひとりで魔王討伐に行ったって話」


 顔をしかめたセレナが、冷や汗を流すグレイソンに聞く。


「も、勿論だよ。オスカーが学園をひとりで出た姿を見たんだ」


「そんなことできないと思うけど。あの門番の監視をかいくぐる必要があるのよ? そもそも、頭がいいんだったら、それが無謀ってことくらいわかるんじゃないの」


「それは……」


 グレイソンがここまで動揺している理由。


 それは――。


『三人と共に〈王国通り〉へ来い。魔王の倒し方を教えてやろう。〈王国通り〉に着くまで、セレナには俺の実力を悟られないようにしてくれ』


 不穏な風と共に告げられたオスカーの言葉だ。


 彼の指示通りに女子三人を集めたグレイソンがオスカーを捜していたところに、伝言メッセージ付きの風が吹いた。この新しい指示を実行するためには、三つの難所がある。


 ひとつは、教師や門番に気づかれないように学園を出ること。


 二つは、魔王に気づかれないようにオスカーの戦いを観戦すること。


 最後は、セレナに気づかれないように〈王国通り〉に辿り着くこと。


 ゼルトル勇者学園は高さ五Мメルトルほどの外壁で囲まれている。

 さらにはその外側に水堀があり、外部の者が門をくぐるには人工川に架けられた橋を渡らなくてはならない。唯一の出入り口である橋は厳重に警備されており、王国の騎士が交代で二名ずつ見張りをしている。


 オスカーは瞬間移動ができる神能スキルを持っているので簡単に学園から出ることができたが、そんな技は彼にしかできない。グレイソン達には門をくぐるしか方法がないのだ。


(流石はオスカー。随分と無茶な任務を……)


 グレイソンはオスカーのことを誰よりも尊敬している。


 自分が愚かにも決闘を申し込み、無様に負けたあの日から、一ノ瀬いちのせグレイソンの人生は変わったのだ。オスカーの背中はまだまだ遠い。毎日彼との訓練でひとつ上のレベルに上がったかと思うと、異次元の力でその自信は淘汰される。


 永遠に目指し続けなくてはならない高み。永遠をかけても辿り着くことのできない高み。


 その領域に西園寺さいおんじオスカーは存在している。一見そこが頂点にも見えるが、彼はまだ登山の途中だと言う。本当の頂に辿り着くことはないのだ。


(僕達の実力で、まずこの学園のを越えられるのか)


 女子三人を引き連れる貴公子グレイソンの姿は美しい。


 中性的で繊細な顔立ちは整っていて、灰色グレーの瞳が闇も光も包み込む。耳を完全に覆うほど伸ばした金髪が、風に吹かれてさらりとなびいた。


「グレイソンしゃま、オスカーしゃまはだいじょうぶなのです?」


 門のすぐ近く。

 柱の後ろに隠れている状況で、ぽかんとしたクルリンが聞く。

 オスカーからの頼みだと聞かされただけで、グレイソンに連れられているこの状況がよく理解できていなかった。


 クルリンもミクリンも、グレイソンからセレナの取り扱いについては厳しめに指導されている。オスカーは彼女に対して実力を隠しているので、その実力を勘ぐられてしまうような言動は避けること。


 双子姉妹もこのことはよくわかっていた。

 だが、彼女達も、そしてグレイソンにも、ひとつ本当にわからないことがあった。


『実力を隠しているのに、オスカー君はどうしてセレナさんを連れてくるように言ったんですか?』


 グレイソンがふたりにこの件を持ち掛けた際、ミクリンがその疑問を言葉にした。


『それは僕にもわからない。でも、彼には彼なりの考えがあるんだと思うよ。オスカーのことは世界でさえも理解できない。それを考えるだけ、無駄なのかもしれないね』


 遠い目をして、虚空を見つめるグレイソン。


 毎日のようにオスカーからの訓練を受け、授業や休み時間も共に行動している彼にも、あの病・・・が移ってしまったようだ。


 敬愛するオスカーの頼みに応えるため、まずは第一関門である学園からの脱出を試みる。


「オスカーならきっと大丈夫だよ。僕達も早く加勢に行かないと」


 最強である彼に加勢できるだけの実力が自分にあるのかと思いながら、クルリンを安心させ、セレナを丸め込むために言葉を紡ぐグレイソン。


(門番は二人……最悪彼らと交戦することになるかもしれないけど、勝てる見込みもないし……)


 魔王が王国に襲来してからだいたい三十分が経過している。


 ほとんどの生徒の混乱は落ち着き、教師陣から寮にこもっているように指示されていた。すでにこの時点で、グレイソン達は教師の指示に背いている。

 しかし、グレイソンにはオスカーの頼みが何よりも重要なことだった。


 この状況でオスカーならどうするかを考えるが、オスカーはグレイソンにできないことができる。それこそ瞬間移動をしたり、壁を一撃で破壊したり、飛び越えたり――とにかく規格外の男だ。


 騎士が二人で警備している出入り口の門。その先には水堀に架けられた橋が見える。


 すぐそこにあるのに、届かないもどかしさ。

 グレイソンは頭を抱え、双子姉妹は先が不安でそわそわしている。セレナはというと、頭の中で不思議な・・・・生徒、西園寺オスカーのことを思い浮かべていた。




 ***




「皆さん、魔王セトはわたくし達の手に負えないほどの、驚くべき力を持った怪物です。五人いるからといって、絶対に気を抜かないようにお願いします」


「今回は吾輩が指揮官を務める。魔王との戦闘では天王寺てんのうじとアレクサンダーを前衛、会長を中衛に配置し、〈月光の癒しホーリー・ルーナ〉が使える月城つきしろと、指揮官の吾輩を後衛に置く」


「どこにいるのもおめぇらの勝手だけどよぉ、俺様の邪魔だけはするんじゃねぇ!」


「あら、やる気満々だこと」


「きみ達って、やっぱりサイコーに面白いよ」


 柱の影に四人の生徒が隠れていることを知らず、〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部五人は、学園の門に向かっていた。


 正式に魔王討伐の命令が出され、学園最強の彼らも動き出したのだ。

 

 当然、これには教師も参加している。

 学園の防衛に残る教師がほとんどだが、〈剣術〉の教師である桐生きりゅうレイヴンに、〈体術〉の教師である立花たちばなリックといった、高い戦闘能力を誇る教師が十名ほど派遣されていた。


「あの五人はやる気満々なようだな」


「魔王セトは、到底生徒が敵うような相手ではない。彼らには魔王との戦闘を経験・・してもらうだけであって、主力となって戦うのは我々教師の仕事だ」


 どこか嬉しそうに生徒会の五人を見つめる桐生に対し、真面目シリアスなリックが言う。


 ――魔王討伐。


 それは学園を卒業した一人前の勇者が行うことであり、経験に乏しい学生ができるようなことではない。今回はゼルトル王国の外にいる勇者パーティが駆けつけるまでの時間稼ぎだ。

 熟練した教師である二人にとっても、魔王との戦闘はなるべく避けたいものだった。


 それに、彼ら教師陣は生徒五人の命を預かっている。

 もしこの戦いで誰かの命を失ってしまえば、それは教師の責任だ。


「案外私達より、彼らの方が上手に魔王と戦っている、なんてことがあるかもしれない。彼ら五人は、ここ数十年でも類を見ないほどの可能性を秘めているからね」


 教師陣の前を歩く五人の背中に目を向けながら、レイヴンが呟いた。

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