その37 肝心な舞台の仕込み

 生徒達の動揺で騒がしくなっているゼルトル勇者学園内。


 俺はこの騒動に紛れ、生徒会室を抜け出していた。

 アリアと白竜のふたりは、この状況で正直俺どころではないだろう。前代未聞の魔王の王国襲来。〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の代表として、早いタイミングで生徒の混乱を抑えるのも彼らの重要な仕事だ。


 対する俺はというと、魔王討伐に向けての舞台・・を用意している。


「グレイソン、セレナと双子を集めて欲しい。理由は後で話す」


 放課後の男子寮は騒がしい。

 それはいつものことだが、今日はあまりの恐怖に発狂する奴や、窓の外を見つめて世界の終焉を予感している奴もいて、聴覚的にも視覚的にも余計な情報が多かった。


 グレイソンの部屋の前に姿を現し、やけに落ち着いている彼に協力を頼む。


「あの膨大な魔力を感じなかったか? やけに冷静だな」


「膨大な魔力なら、僕は毎日キミから感じているよ。それに、僕達にできることは少ないと思うんだ。プロの勇者が対処してくれるのを待つことしかできない。寮の中でおとなしくしていることが最善だと思う」


「俺達にできることは少ない、か」


 半分頷き、半分首を横に振る。

 彼には申し訳ないが、今回もしっかり働いてもらおう。


「あの三人に声をかけるのは構わないけど、何をするつもりだい?」


「まだ理由は言えない。もう時間がない・・・・・


 俺はそれだけ言って彼に背を向けた。


 時間はたっぷりある。

 俺が三人を強制的にひとつの場所に呼び集めることも可能だ。だが、わざわざグレイソンにその役割を担ってもらっているのはなぜか。


 それは、俺が演出・・にこだわるからだ。


「急げ」


 これ以上は話さない。命令だけして姿を消す。俺はグレイソンを信頼している。彼が期待を裏切ることはまずない。




 ***




『久しぶりね、オスカー』


 中庭の噴水で水浴びをしている俺に、麗人の声が投げられる。


 上裸で体を洗い、透明な水で喉を潤す。

 黒髪は濡れ、綺麗な雫をポタポタと垂らしていた。俺のその姿を、官能的な美少女は艶っぽい唇に触れながら、誘惑するような瞳でじっと見つめている。


 こうして対面するのはだいたい一ヶ月ぶりだ。

 色っぽさが増しているように感じるのは気のせいだろうか。今の彼女からは前以上の自信と、奥の深さが伝わってくる。


「ルーナか」


 元カノに会ったかのように、平然とした口調で言った。


「この状況で優雅に水浴びなんて、素敵ね」


「この状況、それはどういうことだ?」


「あら、気づかないフリでもするつもり? それより、アナタの引き締まった体、もっと見せてちょうだい」


 とろけるような甘い声で、自然と距離を詰める美少女ルーナ

 これが彼女の武器であることはわかっている。


 相手の懐に潜り込む効率的な技だ。男に対しては特に効果的で、上手くいけば簡単に相手を仕留めることができる。


「悪いが、俺に色仕掛けは通用しない」


「好きな殿方の体を見たいと思うことは、当然のはずよ?」


「相変わらず美しい瞳だ」


 水浴びを終えた俺は、自分からルーナに近づいていく。


 一歩ずつ、堂々と。

 髪はまだ濡れ、上も着ていない。まさに混沌とした中庭だ。


「アリアと白竜に会った。アリアは俺を〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部にしたいようだな」


「そうね、ワタシも同意見だったわ。でも、エイダンとガブリエルは納得はしないでしょうね」


「安心しろ。その誘いは断った」


 今回話す時はしっかりとルーナの瞳を見つめている。


 あまりに虚空を見つめすぎてしまうと、人と目を合わせられない臆病者だと勘違いされることがある。あくまでそれは演出であり、決して目を見つめられないわけではないのだ。


 ルーナは俺の言葉に驚きを表さなかった。長い菜の花色の髪を触り、舌で自分の唇をペロッと舐める。


「ワタシはただ、アナタの本気が知りたいの。ワタシの組織がアナタと対立しようがしまいが、ワタシとアナタの間にある繋がり・・・が消えることはないわ」


「俺の本気、か」


 空はどんよりとした曇りだ。


 魔王襲来の悲劇が、美しかった空を絶望の余興として染め上げている。そこに希望の光を差し込むことができる存在は、どこにいるのだろうか。

 ゼルトル王国が俺の登場を待ち望んでいる。


 魔王の強力な魔力は健在だ。俺がこの魔力の波を感じている限り、奴は王都で好き放題に暴れていることだろう。そこに美学はない。知性も、理性も、ない。あるのは邪知暴虐のみ。

 生まれたての赤子より幼い生物だ。


「君が望むのなら、近いうちに教えてやろう。西園寺さいおんじオスカーが何者なのか」


 ルーナが瞬きする。その一瞬を見逃さない。

 彼女が再び開眼するまでの間に、俺の体は中庭から消えていた。不穏な風と共に、西園寺オスカーは去ったのだ。




 ***




 準備は整った。


 グレイソンにはあの後、俺の戦いバトルを盛り上げるのに不可欠な舞台の用意を頼んでいる。彼は西園寺オスカーの物語に欠かせない男だ。今後さらに実力が増してくれば、物語の盛り上がりも一気に跳ね上がることだろう。


 生徒会、グレイソン達、魔王。


 各々が違った思いを抱えながら、動き出す。


 そして俺は、そろそろ本気を出すか、と小さな声で呟いた。

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