その35 魔王襲来

 アリアからの生徒会への勧誘。


 それは、俺の実力が認められ、学園に必要不可欠な存在として働かされることを意味する。ほとんどの生徒にとって、生徒会長から直々に勧誘を受けるのは名誉なことだ。

 だが、西園寺さいおんじオスカーがここで素直に頷くはずがない。


「俺の生徒会入りを望まない者も多数いるだろう。生徒会長としては、ここで俺を〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の一員メンバーとして迎え入れることは最善ではないはずだ」


 白竜はくりゅうに視線を送りながら、アリアの勧誘に答える。


 この言葉に即座に反応したのは副会長の白竜だった。

 陽気に微笑みながら、大きく両腕を広げる。


「確かにそうかもしれないねぇ。でも、ボクとしては、きみのような面白い新人が入ってくるのはサイコーなんだけど、きみはそれを望まないだろう?」


「よくわかっているな」


「よっ、お褒めの言葉いただきました!」


 彼の話し方からして、副会長としては、俺が生徒会に入ろうが入るまいがどうでもいいらしい。

 

 俺を入れたいという必死さはなく、事態がどちらに転がったとしても、彼に大きなダメージはない、ということか。

 それとは裏腹に、生徒会長アリアの瞳からは熱意が伝わってくる。どうしても西園寺オスカーをここで仲間にしておきたい――そういう風に俺は捉えた。


「オスカーさん、わたくしもアレクと同じく、優秀な人材が今の生徒会に欲しいと考えております。規格外の実力を持っていると推定できるオスカーさんは、学園の脅威となりかねません。わたくしは〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉幹部の席を、貴方様のために用意してもいいと考えておりますの」


 アリアのこの台詞セリフに、白竜が目を丸くする。


「おっ、アリア君? それは初耳だね。彼をいきなり幹部にしたら、エイダンや幹部を希望している生徒からかなりの反感を買うことになるよ」


「ですが、こうでもしないと、オスカーさんは入ってくださいませんよね?」


 アリアが透き通った笑みを浮かべ、いたずらな瞳で俺を見た。

 今も異質な光を放っている魔眼。魔力量だけでなく、対象の性格まで見通すことができるのだろうか。


「確かに、幹部というのは悪くない響きだ」


 かつて何か大きな組織に所属していたかのように、過去を思い出すような目をして言う。


 正直に言えば、今のアリアの提案は魅力的だ。

 〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部、というだけで「かっこよさそう」だし、この学園で絶対的な肩書きを手にすることになる。


 誰がこの甘い提案を断ろうか。


 この話を断る愚か者は俺以外・・にいないだろう。


「魅力的だが、断らせてもらおう」


 もうすでに、俺は彼らに背を向けていた。


 学園のトップ二人に向けられる最強の生徒の背中。

 たとえ二人が実力者であったとしても、俺の実力には及ばない。この背中は、誰にも届かない、遥か彼方に存在する背中だ。


 神を殺し、その力を奪う。


 どんなに体を鍛え、心を清め、人間を超越した存在になろうとも、俺の目指す頂はさらにその向こう側にある。一生かけてその高みを追い続けるのなら、俺の進化についていくことのできる者は、この世界に存在しない。


「やっぱりきみは面白いなぁ。それじゃあ、きみは生徒会を完全に・・・敵に回すことになるよ。それでもいいのかな?」


「人間は自らの力で制御できないものは破壊してしまおうとする。確かに、誰も俺の手綱を握ることはできない。だが、それで俺を破壊しようとすることは、まだ君達が世界を理解できていない、ということだ」


 脅し文句に対し、意味深な発言を返す。


 とうとう白竜が腹を抱えて笑い出した。


「その通り! 世界を理解する、なんてできっこないよ! でも、本当に大丈夫かな? ガブリエル君はほんの序の口だ。エイダン君やアリア君、ルーナ君、そしてボク! この学園でも指折りの生徒と戦うことになるんだよ?」


「なに、俺はそもそもエイダンという生徒を知らない。仮に生徒会が束になって戦いを申し込んでこようと、俺はそれを圧倒的な力で叩き潰すだけだ」


 黄金色の瞳が発光する。


 その光はアリアの魔眼から放たれる光と交じり合い、かつてない黄金ゴールドの光彩を作り出す。ファンタジックな空間が二人を魅了した。


「オスカーさん、貴方様は、一体……」


 うっとりとした表情のまま、アリアが問いかける。彼女と俺の放つ輝きが生み出したハーモニーは、この世界にずっと残り続けるだろう。


 だが――。


「――ッ!」「――ッ」


 この瞬間、白竜が身構え、アリアが瞠目した。


 世界がうめき声を上げている。

 想像を絶するほどの魔力の波がゼルトル王国全土に広がり、国民の恐怖を引き起こす。ここにいる俺達だけではない。どんなに魔力感知に疎い者でも、これだけの魔力エネルギーを無視することはできないだろう。


「魔王だ」


 俺は動かなかった。


 ふたりに背を向けたまま、仁王立ちの姿勢を維持し、ただ一言、はっきりと断言する。そのまま眉に手を添え、軽く微笑んだ。


「遂に来たか。待ちわびたぞ、魔王よ」

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