その33 罪深き神殺し

 暗い大地に雷鳴が轟く。


 ゴゴゴゴゴッと地面に落下した雷が、俺の目の前で弾けた。


『力には代償が伴う』


 雨で濡れた土の上を疾走しながら、剣を握る手に力を込める。空気抵抗を浴びる俺の黒髪。血と汗にまみれた修行生活。だが、俺は決して涙を流すことはなかった。


『もし汝が最強を目指すのであれば、人間を超越しなくてはならない』


 毎日肉体を鍛え、精神を追い込んだ。


 時に雷に打たれながら、時に腹を切り刻まれながら――だが、俺は不屈だ。自分で決めた道を諦めるつもりなどない。これは己が選んだ道なのだ。

 どんな苦しみも喜んで受け入れよう。


『最強には程遠いが、魔力も肉体もを受け入れる器に達した。今の汝ならば、をも殺せるかもしれない』


 十二歳で始めた、〈破滅の森〉での最強への挑戦。


 必然的に俺の師となった〈とある神〉は、俺に数々の苦行と試練を課した。

 全て、たった独りで乗り越える。


 決して奴が手助けしてくれることはない。俺の悶え苦しむ醜い姿を、深くかぶったフードの中から傍観しているだけだ。


 そうして三年がたった。


 実家には一度も帰っていない。


 〈破滅の森〉を出て、身元がバレないようにゼルトル王国南端の都市メロエの剣士と交戦したこともあった。


 濃密な三年を共に過ごそうと、奴との距離が縮まることはない。俺はまだ、一度も奴のフードを取った姿を見ていないのだ。


『このスペイゴール大陸には、スペイゴール十二神という強大な力を誇る神々が存在する。しかし、その他にも、無名ではあるが神という地位に就く者が多く存在する』


 師の声が頭の中で反響する。


『無名の神々を狩れ。神を殺すことで、彼ら特有の神能スキルを得るのだ。信仰するだけでなく、殺して自分の所有物ものにすることで、その真価が発揮される』


 俺に課された最後の試練は神殺し・・・


 神々の信仰が古くから行われているこの大陸スペイゴールでは、重罪となる行為だ。


 〈とある神〉は言う。

 スペイゴール十二神以外の無名の神々を全て殺せ、と。そうすれば、試練は終わりだ、と。要するに、無名の神々を全て抹殺することで、俺は最強の力を手に入れることができる。


 無名の神々というのは、天界に存在することが許されていない。神々の中にも階級格差ヒエラルキーというものがあり、十二神以外の神は地上で生活することを余儀なくされるのだ。

 〈とある神〉によれば、その数は現在百二十二。


 それぞれが何かを司る神であり、それぞれに強力だという。


 俺の肉体と魔力は十五歳の限界に達していた。

 素人アマチュアの勇者であれば、少年の俺でも勝つことができる、というまでに。

 そこに百二十二の神能スキルが加わることにより、俺は最強の勇者にも勝る力を得るという。


 最初の抹殺対象は浄化の神アロケルだった。


 日も沈んだ薄暗い夜。

 アロケルは音もなく静かに消された。気配を殺して近づいた俺が、首に一撃。静寂がアロケルの聖域である〈アロケル湖〉を包み込み、俺の頬を涙が伝う。


 過酷な三年間で初めて、俺は泣いた。


 犯してしまった罪は大きい。

 これでも俺はまだ人間であり、心を捨てたわけではない。


 随分と呆気なく死んでいったアロケルだが、それなりに魔力がなければ、神を葬ることはできない。ここまで過酷な訓練を乗り越えた俺だからできたことだ。


 さらに言えば、人間が神を襲うなどあり得ないことであるため、無名の神々には戦闘能力がほぼない。

 簡単には死なない、というだけだ。


『すまない……神アロケル……』


 初めて神を殺し、味わう強烈な罪悪感。


 今の俺に残されているものがあるとするならば、力への渇望だけだ。


 神は殺されても惨い姿で地上に残ることはない。

 塵となり、純粋なエネルギーだけが地上に残る。アロケルの澄みきったエネルギーが俺の体に流れ込んだ。


 アロケルを殺して得た対価スキルは〈可憐なる浄化ゼロ・ピュリファイ〉。

 

 どんなに濃い毒も、どんなに重い呪いも、それを俺に与えた者が「西園寺さいおんじオスカー」という俺の本名フルネームを口にするだけで、浄化することができる。




 ***




 神を殺して回ったことで、ひとつの誤算が生じた。


 ちょうど八柱の神を殺した頃だった。

 〈とある神〉から、衝撃的な事実を告げられる。


「もう地上に無名の神はいない。汝の神殺しの脅威は、思いの外すぐに他の神々の耳に入ったようだ。この件の深刻さは、無名の神々かれらが天界に避難することを許されるまでに至った」


 森は雨で濡れていた。

 雷鳴が轟き、闇に包まれる森は僅かの間だけ照らす。


「まだ百以上もいる。それが全員逃げたと言うのか?」


「我の想像以上に神々は賢く、そして愚かだった」


 フードの奥から発せられる声は中性的で、感情の起伏が感じられないほどに平坦だ。

 相変わらず、まだ彼/彼女の正体は掴めない。


「西園寺オスカー、これにて、短い三年間の修行は終わりだ」


 なんとなく、そう言われるような気がしていた。


 良くないことだが、俺も神殺しに慣れてきていた。

 ちょうどその時機タイミングで、無名の神々は天界に逃げ果せた。俺に殺されることがないように。


 その結果、俺はまだ、最強を名乗るには程遠い位置にいる。


「最後に、ひとつ聞きたいことがある」


 俺は別れを覚悟し、〈とある神〉に向けて口を開いた。


「なぜ俺をここまで鍛えた? お前にメリットはなかったはずだ。ただの十二歳の少年のわがままを、どうして――」


「我が、それを望むからだ」


「――ッ」


「汝もその時・・・が来ればわかる。何を犠牲にしようとも、高みに憧れを抱き続けられる者こそが、この世界に求められている」


 雨が止む。


 空は暗いままだ。俺達の周囲だけ、雨が落ちるのを拒んでいるかのようだった。


「我から頼みが二つある。ひとつは、ゼルトル勇者学園を卒業し、正式に勇者となることだ」


「ゼルトル勇者学園? そんなところにわざわざ行かずとも、俺は――」


「汝の実力を我が知らないと思うか? おそらく、学生のレベルでは今の汝に勝る者はいない」


「それは……」


「この頼みは、二つ目の頼みに深く関係することでもある」


 そうして、〈とある神〉から二つ目の頼みが告げられた。


 耳をつんざくような雷鳴が響く。

 再び俺達にも大粒の雨が降り注いだ。


「まさか……」


 想像もしていなかった頼み。説明を求めるように師を見つめる。だが、見えるのはフードで隠された闇だけだ。


「強いて言うのなら、これが我のメリット・・・・であろう。オスカー、忘れるでない。高みの追求に終わりはない。上を目指す登山に頂上はない。汝が上を見続ける限り、新たな道は開ける」


 それが、〈とある神〉の最期だった。


 俺が剣を構えるより先に塵となったかと思うと、それは温かい光となって俺の体に注ぎ込んだ。殺した神から力を得る時と同じ。

 だが、〈とある神〉から得た神能スキルはない。ただ、俺に覚悟を与えてくれた。そんな気がした。


 その最後の一押しをしたのは、師である〈とある神〉だ。


 結局正体も掴めなかったというのに。


 痛めつけられた思い出しかないというのに。


 黒雲が空から消え、〈破滅の森〉の木々が儚く尽きる。

 俺の真上には美を超越した星空があった。温かい光を放つ満月。


 そんな美しい景色を、どうして今の俺に見せる?

 感動している余裕などない。大切に育ててくれた両親を見捨て、八柱の神を殺し、師匠が消えるのを黙って見ていることしかできなかった。


 前よりずっと強くなったはずなのに、自分の無力さに失望する。


 俺は全身の水分がなくなってしまうまで、泣き叫び続けた。






《魔王セト襲来編の予告》

 八柱の神々からの神能スキルを持つオスカー。

 そんな彼に、新たなが迫っていた。


 ――魔王セト。


 暴れん坊の新人魔王が、ゼルトル王国を襲撃する。

 西園寺オスカーがそんなイベントを黙って見過ごすわけがない。美しい剣術、華麗な体捌き、豊富な神能スキルを駆使し、魔王と戦う!


 オスカーは魔王セトを倒すことができるのか!? 生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉及びセレナ、グレイソン、クルリン、ミクリンの動向はいかに!

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