その09 美少女との昼食
『明日は新しい技の習得に入るから、教科書を忘れずに持ってくるように。それでは、君達の大好きな昼休みだ』
授業終了の鐘が、学園全体に響く。
四時限目の〈剣術〉が終わり、昼休みの時間になった。
クラスの生徒が、それぞれ好きな方向に散っていった。
食堂で昼食を取ることも可能だし、自分で弁当を作ってきて好きなところで食べることもできる。
ちなみに、俺は後者の方だ。
弁当を作る、というよりは、自分で食材を用意する、と言うのが正しいか。
最高の
筋肉、魔力、柔軟性、体調……自分で意識して管理すべきものの数々。
なぜ他の生徒達が全て人任せなのか、理解に苦しむ。
自分の全てを知り、管理することができるのは、自分だけだというのに。
「ねえオスカー、さっきはどこ行ってたの? 急にいなくなるから捜したんだけど」
〈闘技場ネオ〉から出て、中庭へ向かう道中。
俺以外に話せる人がいないセレナは、昼休みはだいたい俺についてくる。
他人の心配などする義理もないが、正直、セレナに関しては俺以外に友人のひとりや二人作った方がいいと思っている。
「少し、な。用事があったのを思い出した」
ここで醸し出す意味深さは大切だ。
セレナは怪訝な顔をしていたが、いろいろ聞かれる前に次の話題に移る。
「それで、今日も俺と食べるのか?」
「とか言って、ほんとは私と一緒にいられて嬉しいんでしょ?」
セレナには自信過剰なところがあるのかもしれない。
特に、自分の容姿に関してはプライドも高そうだ。
こういう時の最適な返答は何か。
返す言葉次第で、彼女の印象を自由に操作することができる。
俺はふんと笑い、
「言っただろう。お前をひとりにはしない、と。たとえ世界がセレナを敵に回しても、俺はセレナの味方でいる」
太陽の光が俺達を照らす。
セレナの美貌が余計に際立って見えた。
性的感情など切り捨てた俺にとって、美しい女性も男性も、ただの芸術作品でしかない。欲情する対象にはなり得ないのだ。
ただ純粋に、長い金髪をなびかせるセレナは華麗だ。そう思う。
かけた言葉が
たとえ彼女の前では
中庭で昼食を取る人は意外と少ない。
多くの生徒が食堂に押し寄せるからだろう。
自分で食事を用意してくる生徒というのは、むしろ珍しいのだ。
俺とセレナはふたりでベンチに腰掛け、中央にある女神像の噴水に体を向けるようにして弁当を食べ始めた。
「今日も干し肉と野菜だし……毎日そんなのばっかりで飽きないの?」
ベンチは長いのに、なぜか至近距離まで迫ってくるセレナが、俺の弁当を強引に覗き見る。
「俺にもいろいろあるんだ……」
そんなものはないが。
ただ、自分で用意したものを食べたいという欲を貫いているだけだが。
小さな声で辛そうに呟いたことで、彼女の中では「いろいろ」が「大変な事情」にランクアップしていることだろう。
そこまで想像を働かせてくれればありがたい。
「たまには私のお弁当食べる? 今日は特別に食べさせてあげても──」
「断る」
「あーんしてあげるけど──」
「断る」
どうしてそこまでして自分の食料を
それが母性というものなのか。
それが女心というものなのか。
それが友情というものなのか。
俺には縁遠いものだ。
だが、セレナの弁当は確かに美味しそうだった。
俺のカサカサの干し肉とは違い、全ての料理に艶とハリがある。赤子の肌のようだ。
俺が断固として二度立て続けに拒否すると、セレナは何か思うことがあったのか、虚空を見つめ始めた。
その予想外の行動に鳥肌が立つ。
俺の行動が移ってしまったのだろうか。だとすれば、俺と彼女はそれなりに長い時間ずっと近くにいる、ということになる。
その事実に対し、さらに鳥肌が立った。
「オスカーって、普段何考えてるのかわかんないよね」
五秒の虚空タイムで導き出した質問がこれだ。
「それは誰もが同じだろう……もし俺の普段の考えが皆に知られれば……世界は再び混沌に包まれる」
「そういうとこ」
「そのうちセレナにもわかるようになるだろう」
「一生わかる気がしないんだけど」
彼女の一言に、俺は笑った。
それは作り笑いではない。決して小さな笑いでもない。声を上げ、純粋に笑う。
だが、その笑みもすぐに消えることとなった。
『西園寺オスカー君』
背後から感じる敵意に、声に含まれている鋭いトゲ。
ようやく来てくれたか、と。
俺は素早く冷静な表情を作り、ベンチから立ち上がって後ろを振り返った。
目をガッチリ合わせてくるのは同じクラスの
貴公子のような長めの金髪、そして
その瞳の奥は濁っていて、どこかモヤがあるように見えた。
「一ノ瀬か……そのうち現れるだろうと思っていた」
ファンなのか、友達なのか。女子生徒を二人連れているグレイソンに対し、少しも怖気づくことなく言葉を投げる。
俺に迷いはない。
あとは、彼の選択を待つのみだ。
女子生徒二人は
雰囲気も身長もずいぶんと異なるが、顔の造形は似ていて、姉妹のようだ。同じ学年なので言うなら双子、か。
とりあえずブルー姉妹と呼ぶことにしよう。
「西園寺君、僕は寛容だ。今からキミが頭を下げて僕に謝るというのなら、先ほどの件は水に流そう」
『グレイソン
彼の
その点で考えると、グレイソンは大人だ。
失礼な発言をした俺に対し、謝罪ひとつで許しを請うと言っているのだから。
だが、俺が求めているのは
――もっと怒れ。
グレイソンが激情し、俺との決闘を申し込むところまでが、一連の流れだ。
「謝る、か」
下を見ながら小さく呟く。
「俺は謝るつもりはない。正直に思ったことを言っただけだ。お前はこのままでは一生成長できずに終わってしまう。実力を過信することの愚かさに気づくといい」
「ちょっと、オスカー。あんた結構ヤバいこと言ってるからね」
俺の容赦ない
そして小声で警告しようとするセレナ。俺の無礼さに焦り、その報復を恐れている。
「
「ずいぶんと自己評価が高いようだ」
「これは最後の情けだ……キミは……僕と戦う覚悟ができているのかい?」
自分が負けることなど眼中にないらしい。
クラスの中に脅威がいないからといって、そこまで自信過剰になるとは。俺がざっと
やはり彼には
「ねえオスカー、駄目だって。あんたが一ノ瀬グレイソンに勝てるわけないんだから……」
セレナは必死に俺を止めようとしている。
ずっと左袖を引っ張っているが、いい加減邪魔なのでやめて欲しい。
「俺を信じろ、セレナ」
グレイソンも、ブルー姉妹も見ている前で、俺はセレナをじっと見つめ、自信と共にそう囁いた。
そして──。
「いいだろう、一ノ瀬グレイソン。俺が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます