第21話
退勤時。いつも通り足早に帰ろうとして、目の前のガラスに反射してこちらを見つめる百目鬼さんと目が合った。
背後から感じる恐怖の正体はこれだ。
「あ…」
「…………」
沈黙が長いな。私は心を殺してゆっくりと振り返り息を吸う。
「正直に言います、忘れてました」
「前坂さんフォーマット済みUSB持ってたよな?」
あれ反応ないな、しかしさん付けか怖、と疑りながら自宅にあります、と返事をすると「へぇぇ〜〜そっかぁぁ〜〜」と圧を感じ始めた。
「取、りに帰ります」
「うんうん。そうだよなァ。勿論そうだよなァ。流石優秀な可愛い可愛い部下。アッ俺も行くよォ」
「え?」
「なに変なこと言った?だってまた忘れられちゃったら困るしさァ、同じ社宅の同じマンションだしさァアアアア」
「キャアアアア」
瞳孔の開いた百目鬼さんを従えて帰ることになった。
——だから、すっかり忘れていたのだ。
「どうして帰りだったんですか? USBならさっきでもよかったんじゃ」
エレベーター内で何となく尋ねてみる。五十子くんと言えば何か言い掛けていたアレも何だったのか…。くそぅ…野生の百目鬼さんが飛び出して来なれければ…。
“採用方針”……? だっけ?
「早めに貰うと持って帰るの忘れそうだから」
「そうですか」
我儘オジサンめ。
21階。後ろをついてくる百目鬼さんに呆れつつ我が家に差し掛かった時。
ハ、と。
思い出した。
正確には思い出すより早く勝手に身体が震え出したのだ。
『まぁーた震えてんのかおまえ』と。
そう、声が聞こえた気がして、
「ん、前坂? 何、鍵会社に忘れた?」
そうだ。
そうだった。
そういえば
「キリ」
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