二十一話
下水道をゆっくりと移動する、伊勢さんの状態はあまり芳しくない。
芳しくない、というよりは相当致命的だ。
まず、当然として血液を作るためには栄養が必要である。
わかりやすい例としては献血だろう、献血が終われば大量のお菓子などが渡される理由というのは血液を多く抜きすぎて血液を生産せねばならず。
その血液を生産するための、栄養が不足しているのだ。
だがここは地下、栄養補給は不可能に等しい。
食べられるもの、食べ物といっても魔徒の死体やゴキブリの他にネズミぐらいしか存在しておらず回復する手立ては存在していないのだ。
ソレらも血液を回復させるために必要な良質なタンパク質や、鉄分を含んでいるとは考えられない。
それ以上にまずウイルスや寄生虫、細菌や疫病などの心配が先行する。
これだけの血液を失っている状態でインフルエンザに罹れば、最悪死を覚悟しなければならないだろう。
「とりあえずここまで逃げれば、安全だと思います」
「……そう、それは良かったわ」
気怠げ、もしくは瀕死の状態で応える伊勢さん。
僕はその状態の彼女の様子を見て、頭を抑える。
早く輸血を、そうでなくとも栄養性が高く吸収率がいい食べ物を食べさせなければすぐにでも死んでしまうだろう。
今こうして生きているのは、彼女の根性だ。
少しでも、少し以上でもリスクを取って。
封鎖されているマンホールを打ち抜き、地上に出るのが最善か。
そう思考して、だが首を振る。
スキルヴィングの出力が低下している、それ以上にマンホールが封鎖されてから時間が経過しすぎているのだ。
マンホールを封鎖していたのは対魔徒相手でもそう簡単に破壊できない特殊コンクリートだ、速乾即効性でありながらその硬度は下手な鋼を上回り無作為的な破壊をおこねば内部の構造が固まりより破壊を困難にする代物。
入る時は乾燥し切っていない柔な部分を狙い撃ちし、無理やり穴を開け貫通させたが下からでは柔な部分を発見できない。
当然、破壊しようにもより強化に結合し脱出が困難になるだけだろう。
「……いや、けど通信できるだけの穴さえ開けば」
僕らクラートの隊員の制服には通信機が搭載されている、地下であれば満足に通信できなくとも少しでも穴が開けば復活し僕の位置情報を本部へ送るだろう。
そうなれば、小鳥遊さんか……。
あまり来てほしくはないが、猫山さんが駆けつける可能性がある。
当然、他の人間も来るだろう。
「逃げ続けるのも限界だ、やる価値は……」
有る、ただしスキルヴィングの残弾数に目を瞑れば。
残弾数、と言うより残りの血液量は3割を悠に切っている。
穴を開けるのに10発を想定すれば、防衛に使えるのは20発が限界か。
当然、穴を開けるのならば大きな音が鳴る訳だ。
そうすれば必ず、魔徒が駆けつけるだろう。
声は静かに叫べるので大きくは集まらなかった、だが破壊音は流石にバレる。
少なく見積もって50体、多ければ100体以上。
僕は生き残れるか、彼女を守り切れるのか。
「考えるまでもない、やらなきゃ先がない……!!」
どう足掻いても最後は死ぬ、この選択は愚かだろう。
だけど、愚かでも生き残る上で最善なのはこの選択肢を選ぶこと。
ならば僕は、選ぶべきなのだ。
彼女を突き当たりの場所へ寝かせる、幸運にもそこには水が満ちていなかった。
そのまま近くの梯子を上り、スキルヴィングへ血液を収束させていく。
より強く、より致命的な、一撃で全てを粉砕するような。
そんな弾丸を意識して、至ったと思った瞬間に僕は引き金を引く。
カアアアアァァァァン…………
マンホールの蓋を貫通した弾丸は、その先のコンクリートに阻まれ消失する。
やはりダメだ、一撃で貫通させることも。
それ以上に、このコンクリートに穴を開けることも難しい。
だがそれでも、僕が穴を開けなければ道はないのだ。
続け様に二発、三発と弾丸を放つ。
ボロボロと金属クズが落ちてきて、同時に衝撃が全身を襲った。
腕が、梯子が、それら全てが銃の衝撃に耐えられないのだ。
だが、それでも僕は手を止めない。
さらに四発、五発と連射する。
一瞬、連射が止まり排莢動作が発生。
そのまま六発七発と血液の弾丸が突き刺さり、光が少し見える。
そのまま連続して九、十と弾丸を放てば明確に小さいながらも穴が開いた。
「通信機は……、機能してるッ!!」
即座に通信機の機能を使い、SOS信号を送信。
そして、僕は下に飛び降りた。
無数の、大量の足音が聞こえる。
魔徒だ、魔徒が僕の方へと迫っている。
改めて僕はスキルヴィングを握りしめた、あとは誰かがここに来るのを待つだけ。
その間、必死に伊勢さんを守ることのみが僕の使命である。
直感、僕は指を無意識レベルの反射神経で動かす。
ヒット、明確に頭部に当たった。
だが銃弾の威力が足りないのか、別の理由か。
一撃で頭部を破壊できず、魔徒はまだ向かってくる。
だからどうした、そのまま僕は銃を発射。
重ねるようにして、さらに頭部へ弾丸を当てる。
再度の命中、今度は頭が後ろへ吹き飛んだ。
だがそれだけではない、まだまだ迫り来る音が聞こえる。
戦え、殺せ、生き残れ。
脳内で囁く声に導かれるように、僕はドンドンと弾丸を発射して。
だがそれでも数はなかなか減らない、満足に殺しきれない。
数が多すぎる、そして銃弾の威力が不足している。
これでは、このままでは。
守りきれない、僕が彼女を守り切ることはできない。
「弱音を吐くなよ、僕ッ!!」
そうだ、弱音を吐いていられない。
逃げられない、逃げてはいけない。
戦え、戦わなければ生き残れない。
そうだ、生き残れないのだ。
戦って、戦って、魔徒を殲滅する以外では生き残れない。
血液が不足した、実にあっという間だった。
わずか十分未満、それだけの短い時間で残留血液全てをうち尽くしたのだ。
もはや血液は残留していない、けど血液はここに存在している。
「死ねない……、死にたくないッ!!」
手を切り裂き、その手で銃を握る。
僕の体から血液が吸収され、同時に拳銃に血液が収束した。
連射される、僕の血液の弾丸は目の前の魔徒を殲滅せんと血液の弾丸が。
鮮血が飛び散る、敵と僕の。
スキルヴィングから放たれる血液は魔徒の頭蓋を貫通し、死体の山を築いていく。
築かれた死体の山を乗り越えるように、魔徒は進んで。
そうして僕の弾丸に貫かれて、進退無く行われる戦い。
諦めると言う行動はできない、勝てるまで弾丸を放ち続けなければならない。
銃を縫うように移動した魔徒へは、己の拳で地面へ叩きつけた。
勝てないと思っても最後まで戦う、戦って戦って倒すために戦う。
スキルヴィングに装填された血液が再度欠乏する、再度手のひらを傷つけ血液を装填する。
撃って撃って射って射って、全てを蹂躙するように全てを打って。
それでも、魔徒は襲いかかっていた。
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