八話

 入隊してからの日々は、基本的につらかった。

 朝は早朝から目覚め、武装を扱うための基本訓練を行い。

 夕方には基礎トレーニングと称して、筋トレが行われていた。


「……、ん。そんな物かしら、結構上達したじゃない。期間の割には、だけどね」

「は、ははは……。結構厳しいですね、皆さんはこんな鍛錬を毎日熟してるんですか……?」

「ん? 当たり前じゃない。まぁ、任務の都合もあるしもう少し厳しいことの方が多いかもだけど。バカはバカらしく、鍛錬だけをしてればいいのよ」

「は、はは……」


 乾いた笑いが出てくる、そして屋内鍛錬場の天井を見上げた。

 入隊してから一か月間、僕はいまだ任務の一つすらさせてもらえない。


===


 鍛錬が終わり、お風呂でシャワーを浴びる。

 眠い、体に眠気と倦怠感が付きまとう。

 規則正しい日々を送ってはいるものの、体力が思うようにつかない。

 それ以上に鍛錬が僕の体に合っていないようで、余計に体力を消耗してしまう。


 僕は、他の人たちと比べ体の柔軟性がない。

 多分だが、男性と女性の身体構造の違いだろうと予想している。

 柔軟性に関して言えば、女性は男性の数倍ほど柔らかい。

 クラートに所属する人間は基本的に女性だ、だからこそ身体能力向上を志すこの基礎訓練は女性用に調整されている。

 言い換えれば、僕は体に合わない鍛錬を必死にしていることになるのだ。


「っていうのは、言い訳だよなぁ……」


 期間の差異はあれど、僕以外の人は僕以上の動きをする。

 話によればスキルヴィングによる身体補助はあるらしいが、それを用いずとも僕よりも力は強い。


 実践的訓練の中で木刀での打ち合いがあった、それで伊勢さんと何度も戦ったが結局一本も取れない。


 実際に、僕はとても弱かった。

 もっとも、だから何だという話ではある。

 肉体に疲労は蓄積されていくが、眠れば回復しているし。

 僕はケガをしても他の人より回復が早い、こうしておいていかれている現状もあるのだからもっと努力をして追いつかなければならない。


 お風呂から上がって、髪の毛をタオルで拭く。

 滴る水滴は僕の体表を薄く流れ、地面に落ちた。

 白くて、軟な僕の体だ。


 女性的と言われれば、少し女性的だろう。

 というか、そういう風に何度も弄られてきた。

 ぶっちゃけ、同世代の男と比べれば確かに僕は小さいし女性っぽい。

 身長も170cmないしね!! うん。


 ここだけの話だけど、伊勢さんと小鳥遊さんが僕よりも結構高かったりするのは秘密だ。

 多分175cmは二人ともある、少なくともそう確信してる。


「あれ?」


 ズボンだけはいて、風呂場から出てくると支給品のタブレットに通知が入っていた。

 通知内容を確認する、送ってきた相手はクラートの本部らしい。

 内容は……、明日から僕が実地調査に任命させる!?

 慌てて部屋を飛び出す、そのままの足で古見路さんの部屋まで向かう。


 部屋にたどり着くと、僕は慌ててノックした。

 中から睨むように僕を見てくる古見路さん、彼女に自分の焦りを伝えようとすれば彼女は一つため息を吐き僕の顔面に傘を投げつけてくる。

 慌てて回避、そのまま抗議の意思を以て睨みつければ彼女は呆れたように肩を竦め僕に冷たく言葉を放つ。


「先ず一つ目、淑女の部屋に上裸のまま向かわないこと。そして二つ目、夜8時以降に尋ねるのならば周囲を気遣いノックの音を響かない程度にすること。最後に三つ目、自分より立場が上の相手に要件をまとめず話そうとしないこと。おおよその状況から察することはできますが、人間としてのまともな行為すらできてない人間に話すことはありません」


 投げつけた傘を静かにとれば、彼女は扉を乱雑に閉め扉の奥へと入っていく。

 呆然とその姿を見て、そして立ち上がり自分の格好に気付き。

 僕は一気に顔を赤らめた、色々な意味で慌て過ぎていた。


 部屋にとぼとぼと帰り、そのまま上着を着る。

 そしてしばらくすれば、チャイムが鳴った。


 ドアスコープから外をのぞく、そこには赤い髪を濡らした伊勢さんが立っていた。

 すこし不安げな様子で扉を見ている、僕はすぐにドアを開けた。


 そこには一人の美女がいた、例えるまでもない美女がいた。

 美しい女性だ、そこに居るのは。

 赤い、ルビーのような女性がいた。


 彼女は僕の部屋へ押し入ると、そのままスマホを取り出してポチポチ操作を始めた。

 そして、僕にスマホの画面を見せつける。


「古見路から色々説明しろって言われたわ、なので一回だけ説明するわ。明日から、魔徒の調査をあんたと行う。調べる先はアカザキ商店街よ、知ってるわよね?」

「アカザキ商店街? はい、もちろん知ってます。というか、ここに来る前は良くそこで夕食を買っていましたし」

「そう、ならいいわ。命令内容は単純で簡単、基本は聞き込み調査。不信個所を発見した場合は殲滅可能なら殲滅を、無理そうなら一時撤退するって感じ。ほかに質問はある?」

「……、なんで僕が任務に選ばれたんですか? 少し早くないですか?」


 彼女は少し不思議そうに僕を見た後、バカにしたように笑った。

 嫌みな笑い方ではない、ただ純粋に当然な話を尋ねられた親のような笑みだ。

 僕は少しムスッとして、視線を逸らす。


「ふ、ふふふ。あはっはっは、バカね!!? というかそれも知らなかったの? 自分に興味なさすぎじゃない? 説明してあげるわ。あんた、そもそもここに所属することになった時点で相当な評価されてるわよ。少なくともスキルヴィングの扱いに関しては、あんた結構な高評価されてるし」

「えぇ!? そんなことになってたんですか?」

「当たり前よ、というかスキルヴィングは本人との適正が高くなければ扱えないのは前提としてそれ以上に使用は訓練必須なの。それなのに初使用で特殊能力まで開眼させてれば、当然嫌でも評価されるわよ」


 僕のスキルヴィング、『使い古された切り札クラシックジョーカー』を指差しながら伊勢さんは話し続ける。


 スキルヴィング、対吸血鬼決戦武装。

 その効果は多岐にわたる、とはいえ実際のところ僕が使う機能は三つほど。

 一つ目は、血液を対価として発動する特殊能力『血脈の軌跡トラジェクトリー』だ。

 『使い古された切り札クラシックジョーカー』では相手と自分の実力差という不幸、その不幸をエネルギーとして一発逆転する力があるららしい。


 二つ目は、血液を用いて蜂起する力『血液の力ポテンシャル』になる。

 コレは基礎的な身体強化にあたり、魔徒と戦うにはこの力を使い熟さなければならない。

 僕が訓練していたのはこの力の制御、発動でありこの力を使えば僕みたいな非力な人間でも鉄の塊を曲げられ巨大な岩を殴り壊せる。

 とはいえ僕の場合は意識しないと使えない、慣れれば何も考えずとも使えるようになるらしいが。

 

 三つ目、それは『構造変化機構SCM』だ。

 コレはスキルヴィングをアクセサリーのような状態から、武装へと形状を変化させる機構。

 物理学を無視した体積変化を行っているが、細かい理屈は気にするだけ無駄だろう。

 略称出ない書き方としては『structural change mechanism』、意味もそのままらしい。


 伊勢さんによれば三つ目は兎も角、一つ目と二つ目の扱いを評価されたらしい。

 訓練期間こそ短いものの、実践力に値すると。


「僕なんかでも戦えますか……?」

「雑魚なら大丈夫よ、私も守るし。ただ問題は吸血鬼ね、アレは雑魚とは一線を画してる。血の魔法を使うし、それ以上に持ってる特殊能力が厄介だわ。アレが出張ってきたら小鳥遊の協力は必須になるわね……、まぁ今回の任務では出てこないと思うわよ。商店街だし、人通りも多いし」

「吸血鬼……? そういえばテキストにも載ってましたけど、どんな存在なんですか?」

「うーん、簡単にいえば化け物……? かしら」


 言い淀みなが僕の質問に返していく伊勢さん、明かされた内容は学校では習わない内容だった。


 魔徒には大きく分けて二種類の存在がいる、一つ目は知性理性などが存在しない『血を渇望する白鬼ワイター』であり基本的に魔徒と言えばコチラを指す。

 勿論、『血を渇望する白鬼ワイター』だけが魔徒ではなくその上位種とされる『血を渇望する角白鬼ガルワイター』という通称中位魔徒も存在している。


 だが、そんな雑魚とは比較にならない存在がいるのも事実だ。

 ソレこそが、より強力で上位の存在となる『赤褐に浮かぶ夜人ヴァンパイア』という化け物。


 『赤褐に浮かぶ夜人ヴァンパイア』、そう呼ばれる上位存在をまとめて吸血鬼と呼ぶ。

 そんな彼らは化物地味た強さを持っており、過去に発生した大規模時間の全てはその上位存在によって行われているとの事だ。

 二年前に起きた渋谷進行戦などは、その代表例らしい。


「私も一度戦ったことがあるけど、まず勝てないわ。何せアイツら、スキルヴィングと同じような超能力を使うのよ。その時は能力も割れてて有利に立ち回れたとは言え、大苦戦したわ」

「……強いんですね? その吸血鬼は」

「いいや、等級としては寧ろ雑魚も雑魚。なのに化け物地味た強さを誇ってて、恐ろしく感じたわね。もう、あんなのとは二度と戦いたくない」


 初めて伊勢さんの弱音を聞いた気がした、驚いて彼女の顔を見る。

 僕の視線に気付いたのか、顔を赤らめ背けると彼女は部屋を出て行った。

 僕は少しだけ考え、そしてベッドに眠る。


 ベットに入って、僕は少し思い出をたどった。

 声が聞こえていた、あの時に。

 僕は声が聞こえ、偶然にも何らかの力が目覚めていた。


 スキルヴィング以外に、僕には特殊能力が宿っているのだ。

 あの日、あの時、一度だけ聞こえた声のようなモノ。

 僕はそれを知っている、その名称こそ『愚かな驢馬エセル・トラグト』であり。

 僕の命を助けた、超能力。


「……、人間。なんだよな? 僕って……、本当に」


 少しだけ、恐怖を覚えて布団を目深に被る。

 気にしてはいけない、今は目を逸らすべきだ。

 そう思いながら眠りに着いて、そうすればいつの間にか朝になっていた。

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