Re:ブラッド・アビス ~女性のみの対魔徒決戦部隊に男の僕が入隊した件について~

黒犬狼藉

一章:エセル・トラグト

一話

 この世界は不自然だ、だけど僕らは従うしかない。

 だから僕は、彼女の告白を聞いたときこう嘆いた。

 なんて、嫌な世界なんだろうかと。


「私、対魔徒決戦部隊クラートに選ばれたんだ」


 それは祝福すべきことなのだろう、だけど僕にはどうしても祝福できなかった。

 対魔徒決戦部隊クラート、いわば世界の治安維持組織であり。

 世界に現れる魔徒という存在を討伐するために結成された、女性のみの部隊にして。

 僕らを守る、戦闘組織。


 彼女はソコの、特待生として選ばれたらしい。


 僕は笑みを浮かべながら、祝福できたと思う。

 僕はその時、泣いていなかったと思いたい。

 僕は本当に、彼女を祝福できたと思えた。


===


 最後のデートをした、僕は彼女との最後の時を過ごす。

 楽しいたのしい学園生活だったと、僕は胸を張って言い切りたかった。

 だからこそ、僕は最後の時を何も考えずに過ごした。


「ねぇ!! 楽しかった? 今日の遊園地、どう? また一緒に行きたいよね。また一緒にいけるかな?」

「……、行けるよ。うん、絶対に行ける」

「そう言ってくれると、私はとっても嬉しい」


 観覧車、その頂点に差し掛かる中で。

 艶のある黒髪を撫でながら、夜景に目を向ける彼女はとても美しかった。

 可愛らしく、可憐で。

 比喩できない、間違いなく彼女は僕の宝物だ。


「意図的に話題を避けてたのは知ってる、けど最後だから改めて言いたいの」

「……、何を?」

「私と、君の関係性。小学校で出会ってからさ、こうやってずっとお出かけして。笑いあって、こうして付き合って。順調にいけば、結婚することまで考えていたじゃない」

「そう、だね。けど、それは無理になったかもしれない」


 ソレより先は夢物語だ、童話のような夢物語。

 彼女もソレを分かって儚く笑う、それもそうだ。

 対魔徒決戦部隊クラートは、恋愛が禁止されている。

 詳しい規則を僕は知らない、だけどそんな僕でも知っている掟。

 違えることは、許されないだろう。


「突き放すようで、ごめん。だけど、この関係性は終わりにするしかない。僕は君と付き合えない、もうこれ以上」

「……、君は。君は優しいんだね、うん。そりゃそうだ、だって私が好きになっちゃった人だもん」


 溢れ出る涙を堪えて、嗚咽を漏らす口を食いしばる。

 何時の間にか、観覧車は一番下に辿り着いていた。


「また、あの日のように『兄妹たちの物語ヘンゼルとグレーテル』を読めたらいいね」


 掛けられる言葉に、僕は何の返事も返せない。

 彼女の姿を見ないように、観覧車から降りる。


 僕は、何処までも無力だった。

 こうして手の届かない所へ向かう彼女に、僕は何もできない。

 僕は無力だった、無力で無力で。

 それでも、その言葉に何かを求めるように背後を振り返ろうとし。


 叫んでいる、心臓が。

 叫んでいる、頭脳が。

 叫んでいる、身体が。


 見るな、と。

 知るな、と。

 振り返るな、と。


 だけど、僕は何かを欲しがった。

 何かを求めて、僕は瞬きをし。

 そうして、僕はソレを見てしまった。


 涙に濡れた目でも、僕ははっきりと見えてしまう。

 見てしまう、見えてしまったのだ。


 朱色に胸を染め上げて、地面に倒れるその姿を。


 その向こう側の、怪物の存在を。


 彼女が倒れていく姿、その背後でこの世のものと思えない怪物がいること。

 その姿を見たときに、僕が真っ先に感じたのは後悔だった。

 後悔が真っ先に訪れ、次に絶望が込み上げて。

 そして最後に、怒りが沸き上がる。


「うわぁぁああああああ!!!!」


 叫んで、叫んで。

 こぶしを握って、殴りつけようとして。

 けど、彼女を挟んでいた事で拳は届かなくて。


 熱い、体が熱い。

 熱くて、熱くて。

 絶望して、それでも怒りが沸き上がって。

 こぶしを握って、殴りつけて。

 避けられて、殴り飛ばされて。


 地面に吹き飛ばされた、地面に転がり。

 だけど、地面を這いつくばって彼女の横で体が限界を迎える。


 赤い、赤くて赤くて。


 とっても赤くて、それを見て。

 彼女から流れ出る血を見て、泣き叫びそうになって。


「ねぇ……、ひいくん……」


 だけど、涙は出なかった。

 涙よりも先に、彼女の声が耳に届いた。

 彼女の言葉が耳に届いて、僕は涙を堪えて。

 迫る化け物を見ながら、転がる彼女を見ながら。

 僕は、必死に彼女の言葉を聞く。


「もう、私助からないみたい……」

「そんなこと、そんなこと言うなよ!!」

「ううん、分かるんだ……。だからさ、せめて君だけでも生き残って……?」

「ふざけるな!! ふざけんなよ、一緒にまたくるっていっただろ!! 死ぬな、しぬなよ!!」


 弱弱しく、それでも慈愛の笑みを浮かべて。

 僕を心配するように、優しく笑みを浮かべて。

 笑みを浮かべて、アクセサリーのようなものを握り彼女は言葉を告げる。


「コレは道標、君を導く白い石。コレの名前は『使い古された切り札クラシックジョーカー』、さぁ進んで?」


 一気に、アクセサリーが変化した。

 一瞬にして、そのアクセサリーが拳銃へと変貌する。


 漆黒の、彼女に似つかわしい拳銃。

 黒くて黒くて、漆黒で。

 物騒で、彼女が持っているところを想像できなくて。

 でも、間違いなく彼女に似合うと確信できる銃だ。


「せめて、君だけでも生き残って」


 そういって、それを渡される。

 黒い拳銃、もしも銃に明るい存在がいるのならオートマグⅢと言うのだろう。

 装填ができない、弾丸が装填できない。

 だけど、そんなことにも気づかない愚かな僕は。

 それを化け物に向けて、叫んだ。


「来るな、近寄るな!! 撃つぞ、お前を撃つぞ!!」


 叫ぶ、叫んで叫ぶ。

 殺す、殺すと叫んでトリガーに指をかける。

 叫んで叫んで、殺すと叫んで。


 ふと、化け物が笑った気がした。


 衝撃、そのまま腹部が熱くなる。

 熱い、下を見る。

 ピンク色の、何かが見えた。

 なんだこれは、なんだこれは……。


 ああ、内臓か。


 不思議な納得感、内臓が無いようだ。

 意識が遠のく、血液が足りない。

 そうだ、血だ。

 血液が、もはや致命的に足りない。


 死ぬ


 死ぬ


 死んでしまう。


 まただ、まただ。

 何も成せないままに死ぬ、何もできないままに消える。

 いつも、いつも僕はそうだった。

 僕は、いつもいつもそうだった。

 何もできなくて、ここぞというときで僕は手を上げられなくて。

 僕は、弱くて。


 ああ、力が欲しい。


 ほんの少しの、勇気が欲しい。


 ちょっとだけ、ほんの少しだけの勇気が欲しい。

 ほんの少しの勇気と、死にかけの彼女を守れる力が。

 僕には、欲しい。


『力が、ほしいか?』


 声が聞こえた、不思議な声だった。

 薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえる。

 僕は幻聴だと思った、だけど。


『力が欲しいか? 彼女を救える力が』


 幻聴ではなかった、それは確かに僕の耳に届いていた。

 確かに僕の耳に、それは届いていた。


 欲しい、欲しい。

 力が欲しい、無力な僕に力が欲しい。

 欲しい、欲しい。

 彼女を助けるだけの力を、どうか。


「『愚かな驢馬エセル・トラグト』」


 口が動いていた、体が動いていた。

 血煙が巻き上がり、内臓が勝手に修復する。

 拳銃を向ける、薄れる意識の中で勝手に体が動いていく。

 殺す、今の僕にはその一歩を詰めるだけの勇気があった。


 血液が、体からあふれ出た血液が拳銃に染みわたる。

 拳銃が唸りを上げ、弾丸を形成し。

 目の前の、化け物を殺さんと収束する。


「死ね、死ねぇぇぇぇぇえええええ!!!」


 もはや、宣告ではない。

 宣言ではない、それは絶叫だった。

 絶叫でしかなく、恐怖でしかなく。

 血濡れの僕の、叫びだった。


 弾丸は軽く放たれた、弾丸は軽い音と共に一条の光を作り上げ。

 簡単に、そして容易く貫いた。

 化け物の体を、化け物の動体を。

 たしかに、貫いた。


 真っ先に安堵が訪れる、次に襲い掛かったのは心配だった。

 背後で倒れる彼女、今にも死にそうに横たわる彼女。

 死んじゃだめだ、死んではいけない。

 その思いと共に、背後に振り向き。


「一般人にしては良くやったわね、けど一つ警告があるわ」


 僕は、まるで紅蓮を見た。


 あるいは炎だった、輝ける太陽であった。

 真紅の髪を静銀の星々に反射させて、世界へ己を主張している。

 苛烈熱狂にして、厳しさと共存する優しさを孕んでいる。

 僕は、思わず息ができなくなった。


「魔徒を殺した直後、それが最も警戒すべきタイミングよ」


 その言葉がいい終わるや否か、一瞬の赤が生まれ薙刀が血飛沫を発生させる。

 襲い掛かろうとする怪物、僕を守ろうとする彼女。

 振り抜かれたソレ、音なく切り裂かれる一撃。


 それらすべてが芸術だった、まるで劇場の一幕だった。

 美しくて、格好良くて。

 息をするのも忘れるほどに、死の恐怖を感じて。


「さて、一つ質問。あんたの名前は?」


 彼女から向けられる声が怖くて、怖くて。

 とても怖くて、恐怖でおびえながら僕は言う。

 コレが一つの運命であり、そして混じり合った奇妙な出会いであったと悟りながら。


「ひいらぎ、柊 真琴ひいらぎ まことです」


 僕の名前を聞いて、彼女はふっと笑う。

 そうして、近寄る彼女に怯えながら。

 僕は目線を向け、そして安堵した。

 どうやら僕の彼女想い人は、生きているらしいと。

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