前夜①

「会計はわたくしが持ちます。それでは、また」

 そうしてオズマ・イミテは、彼のジュラ・アイオライト観を語り退店していった。


 少し間を空けて、“クアンタヌ”も退店。全員の寝ぐらとなっているクアンタム製術機関ビルへと帰っていく。道中、会話はなかった。



◆◆◆



「確認ターイム!」

 ランニングマシン三台が並び、その正面にトレーニングベンチを用意してレィルが座る。


「確認タイム?」

 レィルの号令に、ジュラが聞き返した。


「いや、必要だろ今回は」

 ギソードがスピードを調節しながら加わった。

「なんの確認だ?」

「帰りでみんな黙ってただろ」

「そうだな。てっきりお腹いっぱいだからだとばかり」

「さすがにそれはないよ、ペチャパイスキー」


「お嬢さん、前提から確認してくれるか」

「……そのようですね…………」

 頭を抱えながら、レィルは続ける。


「レギュレーション:デッドエンドの醍醐味は、あとのないクランが決死の大逆転を狙うところにあります」

「そうだが」


「では、もう一つの醍醐味とは?」

「……裏切り?」

「わかってるじゃないですか、ペチャパイスキー」

 アクターの三人は時速15キロほどで軽く流しながら、レィルの言葉に耳を傾ける。


「裏切ったアクターは、上手くやれば一躍大スターです」

「上手くやればな。なにせ過去二人……その他大勢はバッシングを受け更にクランから除名。前例というにはあまりにも……」


「そこなんですよ。過去に二人、ある理由で支持されたアクターがいました。ペチャパイスキーはどうです、盛り上がるならその方がいいのでは?」


「ヤラセはなしだ。それは変わらない」

「では、何らかの正当な理由で、ギソードさんやユイさんが“イミテレオ”の側に着いたら、ペチャパイスキーはどう思いますか?」


「……、別に」


(いまちょっと考えたの可愛すぎませんか?)

「マジかよコイツ」

「最近ちょっと人間っぽいなって感心してたらこれだよ!」


「じゃあ俺が裏切ったら二人はどうなんだよ」

「すげー腹立つ」

「悲しい。興行の合間に人間やってる人が、興行でボクを見捨てるってことでしょ? それはもう、ほかの人の全部よりじゃん」


「……そういうものか」


「普通こうですよ。じゃないと見所になってませんし」

「やっぱお嬢さんもあっち側だよな」

「油断すると出るからびっくりだよね」

「お二人もこっち側の素質があると見込んでいますよ?」

「ヤダー!」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」

異常ストーカーあっち側と同じ括りはやめろって言ってるだろ」


「……ともかく!」

 手を鳴らして、立ち上がるレィル。


「向こうからのオーダーです。その場に合わせて、礼儀と節度を持ち、誠実に、隙あらば裏切りましょう! ダメそうならわたしが頭を下げて、オズマ氏も連帯責任です!」

「おー!」

「すげぇ言葉だな。そういうことになるんだろうけど」

「…………わかった」


 ……。


 ジュラ特製謎蛍光ドリンクを飲み、恒例のリアクション大会が偶発し、再びランニングへ。


「次は日程の話ですね」

 愛用のタブレットを取り出し、レィルは続ける。


「ランク戦開始は明日夕方から。開会式を行い、本戦は明後日ですね。先ほどメールをいただきましたが、“イミテレオ”とのデッドエンドは最終日で決まりました」


「そうじゃないと、一番ポイント持ってるクランと入れ替われないもんね」

「その時点で“イミテレオ”がトップの確証はあんのか?」


「……まぁ、まず負けないだろう。前例・実績というのは大事だ。実力もさることながら、ファン投票もある……デッドエンド以外でクラン戦首位を“イミテレオ”から奪い取るのは不可能だ」


 ポイントの内訳はオズマが話した通り、参加した興行のランクとその戦績のほか、これまでのクランの実績という下駄、ファン投票なる泡銭から成る。強いだけでも、由緒正しいだけでも、人気なだけでもだめなのだ。


 “イミテレオ”は実力もさることながら、数度のランク戦優勝や冒険の成果、それに裏打ちされた人気も十分に兼ね備えている。この三本柱が揺るぎないものと判断された場合はクラン殿堂入りとなるのだが、現在でもその席が埋まったことはない。


「せっかく見せ場を作ってくれるんだ。しっかり、余さずいただこう」



◆◆◆



「それで、術式の調整ということだね?」

 皆が寝静まったころ、ジュラはメイの研究室を訪れていた。


「あぁ。それと、普段ダンボールを分けてもらっている礼もしたいしな」

 なにを隠そう、マスクド・ペチャパイスキーが被っている通販大手JUNGLEのダンボールは、メイからの提供である。


 ジュラは肩に担いでいたクーラーボックスを開け、中の特製発光ドリンク数本をメイに見せた。


「いやいや、アレはこちらも処分に困っているからね。こちらこそ助かるよ……術式の実験台になってくれるどころか、エナドリより効いて安全な飲み物を作ってくれるのだからね」


 クーラーボックスを受け取ったメイは、待っていたとばかりに一本を飲み干した。


「いやぁ、美味い!」

「……それ、みんな不味いって言うんだよ」

「相談かい? まぁ、これはどちらかというと不味いだろうね。何の味なのかね、これは」

「普通にその辺で買えるものだよ。変なものは入っていない」

「良薬口に苦し、とも言うしね。気に病むことではないさ」


「……そういうものか」


「効果は確かなのだろう? 現に文句を言いつつ飲んでくれているそうじゃないか」

「そういうものか」


 折り合いをつけたジュラは、適当な高さのところに腰を下ろした。


「……きみ、ちゃんとそういう面を仲間に見せているのかね」

「メイには見せてるだろ」

「ワタシが仲間……か。いや、染み入ってる場合じゃないな。ギソードくんもメイくんも、術式の検討のついでに相談に来るよ、キミのこと」


 二本目を少しずつ飲みながら、メイはクーラーボックスに座り込む。


「…………」

「人間だからね。そりゃ、仲良くできるならそうしたい。同じクラン、同じ目標に向かうメンバーなんだろ? 尚更ってものじゃないのかね」


「俺は……二人とは違う」


「そうだったな。お嬢もきっと、別の方向を向いている。なに、詮索するつもりはないさ。事情があるんだろう?」

「そうらしい」

「オイオイオイ……マジか……」


 飲みかけのボトルを机の上に置き、ジュラの隣に移動。


「いまそうらしいって言ったのか?」

「言ったが……」

「確認は? しなかったのか?」

「したさ。復讐のためにクラン運営をしているって言うから、それについて」


「それで?」

「知らなかったのか? って」

「ふむふむ」

「知らないって答えたら、それで構わないと言われた。少し引っかかる言い方だったが、レィルもあえて引っかかる言い方をしたらしいし……まぁ、大丈夫なんだろう」


「……はぁー……マジか、マジか」


 頭を抱えるメイ。


「友人としてのアドバイスだ、ペチャパイスキー。もう少し、お嬢のことを気にしてやってくれ」

「わかった」

「わかってなさそうだねぇ……。なに、時間はあるんだろう? プレゼントでも持って、また話を聞きに行くといい」


「あぁ、ありがとうメイ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る