〔ペチャオナ〕、ショッピングモールデート(首輪付き)

「……だからってここまでするか?」

 光芒のチョーカーを着けたジュラが抗議する。


「仕方のないことです」

 ジュラがギソードに勝利し、流れで食事に行き、その後レィルと合流した夜の次の昼過ぎ。

 通常なら二日酔いでダウンしているはずだが、ジュラは驚異的な新陳代謝、レィルは謎点滴によって克服。ギソードがただ一人、なおも呻いているという状態だ。


 ……二人はいま、プラズマというショッピングモールに来ている。二十階建、数十の店舗がひしめく、都市リベリオの一大商業施設である。


 ジュラはペチャパイスキーのダンボールマスク。レィルは軽めに金髪をまとめたポニーテールに街歩き用の白い膝下のワンピースドレス。他の来客は時折、好奇の視線と共に携帯端末のカメラを向けてくる。地下興行でのインタビューで〔ペチャオナ〕(ペチャパイスキーと“クアンタヌ”オーナーの関係性をコンテンツ化したものの総称)が発生しているため、二人はそれを前提としたファンサービスをレンズに投げかけていく。


「昨晩、繁華街でふらついていたわたしを置いて帰ろうとしましたね」

「そうだな」

「反省してください」

「……あぁ」

 なぜなのかはわからないが、反論しても仕方ないので、ジュラはそう答えた。


「今回は挽回のチャンスとして、わたしの買い物に付き合ってもらいます」

「……はぁ」

「やる気のない返事、ですね」

「……そんなことはない」

「そうですか。ただ、念のため、です」

 ジュラがいつも通りデリカシーに欠けた行動をしないための拘束、らしい。


「ちなみに効果は?」

「わたしから離れなければただのオシャレなチョーカーですよ」

「条件は?」

「わたしから離れなければただのオシャレなチョーカーですよ」

「解除の方法は?」

「〜〜! こう、です!」

 ぷんすかしながらツカツカと歩き、レィルは十歩ほどジュラから離れた。そこからは何かに牽かれるようにして、ジュラも追随していく。


「っとと……。なるほど、わかりやすい」

 要は、レィルから一定以上離れると、自動的にチョーカーが引き寄せられる、というものだ。


「レィルの術式は、こういうふうに細かく要件を決められるのか?」

「えぇ。わたしの裁量次第で、細かく」

「例えば、いまレィルが一瞬で八メートルほどジャンプしたら、俺はどうなる?」

「重力や壁、天井を壊してでも近づくよう設定しました」

「へぇ……」

「……これ、デートの会話じゃないですよね?」

 不満げな視線でジュラを刺すレィル。


「デートの会話っていっても色々あるだろ」

「ジュ……ペチャパイスキーは、デートの経験が?」

「ないよ」

「っし!」

 力強いガッツポーズ。


「でも、会話を楽しむものだっていうのはわかる。俺はレィルの術式の話をしていて楽しかった」

「……、…………仕方ないですね! 今回は初犯ということで不問にします」


 暫し歩いて、ベンチスペース前のクレープ屋。

「…………」

 先行していたレィルがおもむろに足を止めるが、ジュラは変わらぬペースのまま(レィルの歩調に合わせたまま)通り過ぎる。


「!」


 レィルの【拘束令状レディ・タキオン】が適用され、糸で雁字搦めにされたように、全身が制止する。


 ……。

「美味しかったですね、ペチャパイスキー」

「……そうだな」

「甘いものは苦手でしたか?」

「別に……栄養になって毒にならなければ何でも食べる」

「むぅ。ん、ん!」

 人間らしさのカケラもないコメントに頬を膨らませながら、レィルはしきりに自分を指差す。


「あー、えっ、っと…………レィルは好きなのか? クレープとか、その……甘いもの」

「はい! 大好きですっ!」

 意味深な、しかし晴れ晴れとした笑顔。

「そうか。なら、俺も好きになろう」

「やればできるじゃないですかー! もう、もう!」

 拗ねたかと思えば、今度はとても嬉しそうにジュラをはたくレィル。120点だったようだ。


 ……。

 小物屋の前を通り過ぎた。


「!」

 再びの制止。すれ違ったアクターらしき男に気を取られていたジュラは、またレィルを追い越していた。


「……アクセサリー?」

「はいっ。ペチャパイスキーのおかげで少しまとまったお金も入ったことですし、ね」

 レィルの興味はブレスレットに向いている。中央に一つ、隣にある別売りのパワーストーンを嵌めることができるらしい。


「えー、迷っちゃうなぁー」

「もう少し高いのじゃなくていいのか?」

「はい。あまり贅沢はできませんからね」

「……そういうものなのか」

 店の中では下から数えた方が早いグレードの商品だ。斜陽とはいえ、いち機関の令嬢にして責任者、さらにクランオーナーであるレィルには、あまり相応しくない値段のものである。


「それに、ですね」

 青紫の石を二つ、メンズとレディースのブレスレットを一つずつ選んだレィルは、柔らかに微笑んで続けた。


「このくらいの値段のものをおそろいで着けてると、ファンからの好感度が上がるんですよ」

 意気揚々と会計に向かうレィル。術式のせいで、ジュラもそれに渋々と着いていく。


「プロデューサーって怖いなぁ……」


 ……。

(……またアクター? 何かあるのか?)

 変わらずレィルの一歩半後ろに続くジュラ。すれ違う人々の中で、アクターを見つけるのはこれで五人目だ。


 ジュラ・アイオライトはそのバトルスタイルの都合上、相手をよく見る。対戦相手の持ち味を活かし、それを真正面から圧倒するには、人並み外れた観察眼が要求されるためだ。


 彼らの顔に覚えがあったわけではない。ペチャパイスキーとして活動してからも、常々ほかのアクターのチェックを怠らなかった。活動を再開するまでに新たなアクターも当然増えたが、今日すれ違った者たちとは合致しない。


 特徴的だったのは、魔力の毛羽立ちだ。魔力の制御が下手だったり、心身が不調であったりするとああなるが……およそ、ショッピングモール内でそうなることはない。だからこそ、見覚えもないのに目に留まったのだ。


(……何かのイベントだろうか)

 リングの中だけがアクターの居場所ではない。鍛えた肉体と磨いた魔術に対するニーズは多岐に渡る。このショッピングモールで何かの催しを任されたアクターたちなのだろうと、ジュラはそう納得した。


 その数秒後、ジュラは自分の呑気さを悔やむこととなる。

 中央の全階吹抜けの辺りで一休みしようとしたところ、突如降ってきた黒の特殊ジャケットを着込んだ男がレィルを攫っていった。


「⁉︎」

「――!」


 手袋にニット帽、遮光ゴーグルで人物の区別が効かない……が、その魔力の荒れには覚えがあった。


 完全に不意を突かれた二人は、致命的な一瞬を防ぐことができなかった。レィルはジュラに術式を割いているため、魔術による反撃はできない。ジュラもまた、生来の術核を喪い外付けのアダプターやデバイスも持ち歩いていない。対して男は、何やら空間を掴んだり足場にする術式を使えるようだ。吹抜けから現れ、そのまま吹抜けへと去っていく算段だろう。


「レィル、十メートルだ!」

「……! はい!」


 状況は追跡へと移行した。

 レィルの【拘束令状レディ・タキオン】が自身を縛る距離を変更させたジュラは、一旦周囲に誘拐犯の仲間がいないことを確認し、吹抜けを降りる男に続いて飛び降りる。


「ちょっと待ったァーッ!」


「今度は何だ⁉︎」

 ダンボールマスクを手で押さえ自由落下するジュラを、小柄な少女が追ってきた。


 三階ほど降りたところでレィルを担いだ誘拐犯がポールのように虚空を掴み回転、遠心力でフロアへと侵入。意外に足も早く、限界距離に達したため、ジュラは重力を無視して水平に引っ張られ、同じフロアへ。手摺とガラスに激突しそうになったが、無事乗り越える。


「そっちか!」

 魔力放出で加速した少女がそれに続く。


(くそっ……! ヤツらの目的は何だ? 金か? 身なりがよかったからな、レィルは……。仲間は今日見た五人だけか? それに……)

「待てェーッ!」

「誰だよお前は!」

 人混みを掻い潜るジュラと謎の少女。


「訳あって名乗れない! 趣味は人助け!」

「……そうか!」

 薄桃色のふわふわとしたミディアムヘア、琥珀色の瞳が煌めく柔和な童顔。


 変なヤツだが、悪いヤツではない……輪をかけて変な格好をし、マスクド・ペチャパイスキーなどという変態のような名前で活動しているジュラに、彼女を咎めることはできない。なにより、レィルが攫われつつある今、動ける魔術使いはありがたい。


「手を貸してくれ!」

「趣味に付き合ってね!」

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