閑話 まだまだ時間がかかりそう
【Side.ファビアン・ワイヤック】
第二王子オドリックのお披露目パーティーから一週間。ファビアンは慌ただしい毎日を送っていた。
オドリックが
「やはり
その中でも特に動きが活発なのが、プロヴェール侯爵を中心にした第一王子派。一時は劣勢にあった彼らだが、お披露目パーティー以降は勢いを盛り返そうと積極的に動いている。
一方の第二王子派もベルカイム公爵を中心に陣営の引き締めを図っており、両陣営の対立は激化している。
ここで問題になってくるのがワイヤック公爵家がどう動くか。
第二王子に付くという選択肢はない。ただでさえノワールと遺恨がある上に、お披露目パーティでのアレだ。
オドリック本人はもちろん、彼の取り巻きたちもブランやブランが仕えるワイヤック公爵家を敵視しているのは想像に難くない。
世間一般ではそれを逆恨みと呼ぶのだが、そう簡単に割り切れないのが人間という生き物だ。
では、第一王子セドリックを推すか、というとそれはそれで微妙なところ。
もともとワイヤック公爵家が次期国王を巡る争いから距離を取ってきたのは、王家との遺恨に加えて、
そしてその評価は今も変わらない。第一王子派が盛り返したとはいえ、所詮は敵失。
なにより今さら第一王子に付いたところで得られるものはたかが知れている。
「やはり静観、或いは……ん?」
そんな思考を遮るように執務室の扉がノックされた。
「どうした?」
『旦那様、大奥様がお話があると……』
「……っ」
思いがけない答えに緊張が走る。
クラリスとオドリックの婚約が成立して以来、イヴェットがファビアンの執務室を訪れることは一度としてなかった。それ以前に最後に二人きりで会話をしたのはどれほど前のことか……。
そんなイヴェットがわざわざ執務室を訪ねてきたのだ。ファビアンが緊張するのも無理からぬことだろう。
「……どうぞ」
「忙しいのにすみませんね」
「いえ……」
やや緊張した面持ちのファビアンとは対照的に、いつも通りのおすまし顔のイヴェット。
二人分の紅茶を用意したメイドが退室したところでファビアンが口を開く。
「母上、お話というのは?」
「ブランのことです」
――やはりか。
お披露目パーティで彼女がブランに、彼と縁を結ぼうとする貴族たちのことを教えていたことはファビアンも把握している。
ブランのことを気に入っているようだから、変な相手に捕まらないようにと考えてのことだろう。
公爵家としてもブランを介して有力な貴族と繋がりを持てるのは悪い話ではないし、ファビアン個人としてもブランが望むならそれでもかまわないと考えている。
当のブランにはその気は一切なさそうだが。
「――そう考えていましたが、ファビアン殿の考えを確認しておこうと思いましてね」
「……と言いますと?」
「聞くところによると、ブランはノワールよりも強いというではありませんか」
「……っ」
「……まさかとは思いましたが、事実でしたか」
「その話は誰から?」
「私にもいろいろと教えてくれる者がいるのですよ」
そう言ってニヤリと笑うイヴェット。
「……っ」
ファビアンの脳裏によぎったのは王家の
だが、エルフの襲撃事件の折りにスパイの洗い出しは行ったし、それ以降も何度か内部の調査はしている。
にもかかわらず炙り出せなかったということは、相当な手練れが潜り込んでいるということ。
難しい顔で今後の対応を考えるファビアンであったが……。
「はぁ……」
そんな彼の様子を見て大きなため息を吐くイヴェット。
「……母上?」
「ファビアン殿は冗談も通じないのですか? ジールとルージュですよ」
「えっ……?」
「あの二人が教えてくれたのです。二人はずいぶんとブランに懐いているようですね」
「あ、あぁ、そういうことでしたか……」
ジールたちにはイヴェットに関することはほとんど伝えていない。
使用人たちがそれとなく近くに寄らないように誘導していたものの、ただでさえ好奇心旺盛な二人だ。どうしても限界があった。
数日前に王都の屋敷を探検していたジールとルージュが庭でイヴェットと遭遇し、三人でティータイムを楽しんだという報告があったから、おそらくその席で聞いたのだろう。
突然のイヴェット来訪に動揺して失念してしまっていた。
「まったく。ファビアン殿らしくもない……」
「……すみません」
誰のせいだ……と思いながらも、ファビアンがそれを口にすることはない。下手なことを言えば、めんどくさいことになるのが目に見えているのだから。
「さて、本題に戻りますが、この国において勇者は特別な存在です。そのうえノワールを凌ぐほどの実力も備えているとなると、他の貴族も積極的にブランの取り込みに動くことでしょう。あの
「ちょっ!?」
ようやく落ち着けるかと思ったところにこの発言。
当然ファビアンは慌てるわけだが、イヴェットはそんなことはお構いなしに話を続ける。
「お披露目パーティーでの一件もあって、他家がすぐにブランに接触してくることはないでしょう。ですが時間が経てばそれもどうなるか……。いくら貴族といえど、お行儀のいい家ばかりではありませんからね。愚かな者たちが妙な真似をする前に、より分かりやすい形で当家に取り込んでおいた方が良いのではないかと思いましてね」
「……と言うと、ブランに貴族籍を与えると?」
「えぇ。分家の中には跡継ぎのない家もあるでしょう。そのいずれかを継がせるも良し、適当な家に婿養子に入れるも良し。或いはルージュを娶らせて新たに家を興すのも良いかもしれません」
優れた人材を取り込むために婚姻や養子縁組によって貴族籍を与えるというのはよくある話だ。
貴族としても優秀な人材とその血を取り込むことができるし、取り込まれる側としてもその家格に応じた待遇を受けることができる。
さすがに伯爵以上になると分家への婿入りになるケースがほとんどだが、それでも男爵や騎士爵。公爵家の分家ともなると子爵クラスまでもが視野に入ってくる。
さらに本家という大きな後ろ盾があることを考えれば、同格の貴族よりもはるかに恵まれていると言えるだろう。
平民はもちろんのこと、貴族の次男坊や三男坊であっても一も二もなく飛びつく条件だ。
当然、ファビアンもブランに同様の提案はした。幸いルージュの婚約者も決まっていないし、ルージュもブランに懐いている。
もし二人に異存がなければ……、そう思っての提案だったが……。
「あっさり断られてしまいました」
「まったく、あの子は……」
当たり前である。
同世代ですら恋愛対象としてはちょっと……というブランに、年齢一桁の少女と結婚する気があるかと聞いたところで、いい返事が返ってくるわけがない。
これが分家の未亡人ならもう少し悩んだのかもしれないが……。
とはいえ、ブランが縁談を断ったからといって何かが変わるわけでもない。
ファビアンとしてもあくまで選択肢の一つとして提示しただけのつもりだったし、この程度のことで関係が悪化するほど浅い付き合いでもない。
せいぜいノワールがブランに“義兄上”と呼ばれずに済んでホッとするくらいのものだろう。
それにブランに付け入る隙があると思わせておくことで得られるものもある。
それが他家の人間との繋がり。
学園に入学すれば他の学生たちと接触する機会が増える。中には親の指示でブランに接近しようとする者もいるだろう。そんな者たちを逆に公爵家で取り込もうというわけだ。
ライオ・ユニオールのように授かった職のせいで冷遇されている者はそれなりにいるのだ。
「なるほど。そこまで考えているのでしたら、これ以上言うことはありません」
ファビアンの説明を受けてあっさり引き下がるイヴェット。彼女としてもファビアンの意向を確認したかっただけなのだろう。
そのまま席を立とうとするイヴェットにファビアンが声を掛けた。
「しかし意外でした」
「……なにがでしょう?」
「母上がそこまでブランのことを気にかけているとは思っていなかったので……」
「…………」
ファビアンの言葉にイヴェットは何か思案するように黙り込む。
そのまま二十秒ほど経っただろうか。ようやくイヴェットが口を開いた。
「そうですね……。初対面の時に私とノワールとの会話に割って入ったことは評価しています。もっとも――」
「……もっとも?」
「お世辞のセンスはもっと磨く必要があるでしょうが」
「……っ」
そう言って穏やかにほほ笑むイヴェットにまたもペースを乱されるファビアン。
母親のこんな表情を見るのはいつぶりだろうか。この数年はロクにコミュニケーションも取ってこなかったから、当然といえば当然なのだが……。
「お気づきでしたか……」
「当然でしょう。あのような世辞をどれほど言われてきたか……」
王女として生まれ育ったイヴェットがこれまでに受けた世辞やおべっかの類は数え切れない。
ストレートなものから婉曲なものまで、ありとあらゆる言葉で褒めそやされた彼女にとって、その場しのぎのブランの世辞を見破るなど容易いことだ。
「ですが、父上やピエールは母上が上機嫌だったと……」
「はぁ……。二人には気取られていましたか」
「えぇ。ですがどうして?」
「従者が主の会話に口を挟むなど言語道断。ですが、あのままノワールが言葉を続けていればどうなっていたか……。それを察知して割り込んだのはいい判断でした」
あの場で口論になっていればノワールとイヴェットの関係は完全に決裂していたかもしれない。
そうなると王家や他家に隙を見せることになってしまう。この手の話は広まるのが早いと相場が決まっているのだ。
「とはいえ、あれを忠義というかは微妙なところですが……」
「えぇ、どちらかというと友人の方が近いのかもしれません」
「友人……。そうですね。たしかにその表現の方がしっくりきます。あのような者が……っ」
「……?」
そこまで言ってハッとしたように口を噤むイヴェット。その表情にはこれまでとは打って変わって僅かな緊張が感じられた。
「母上……?」
「いえ、何でもありません」
「ですが……」
ファビアンが繰り返し問い直すも、黙したまま続きを語ろうとしないイヴェット。
だが、ファビアンとしてもここは引くわけにはいけない。これを逃すと彼女の真意を聞く機会は二度と訪れないかもしれないのだ。
「もぅっ、分かりました……! ファビアン殿も存外しつこいのですね」
しばらく押し問答を続けて、根負けしたのはイヴェットの方だった。
その拗ねたような言い草にファビアンは思わず噴き出しそうになったが、ここで彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。
笑わないように太ももを抓りながら言葉を返す。
「当然です。息子として母上のお考えを知るのも大事なことですから」
「まったく……。一度しか言いませんからね?」
「はい」
「ふぅ……」
そうして覚悟を決めたように一つ息を吐き……。
「……あのような者が傍にいればノワールも安心でしょう」
「――っ」
イヴェットの口から出たのはノワールを案ずる言葉。
たしかにあの一件に関して沈黙を貫いていることを考えれば、彼女が積極的に関与していたとは考えにくかった。
だが、今の今までファビアンはそれを直接問い質すことができなかった。
可能性が低いと言ってもゼロではない。万が一クロであれば……。そんな思いが邪魔をしていたのだ。
また、イヴェットが事実上の監視下にあることを受け入れていたこともファビアンの決断を先延ばしにさせていた。
どうせ何もできない。何か企んだとしてもすぐに察知できる。そう自分に言い聞かせていたのだ。
だが、いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。王都の学園は全寮制だが、ノワールが王都の屋敷を立ち寄ることもあるだろう。
二人の和解とまではいかなくとも、それまでに彼女がシロかクロかははっきりさせておきたかった。
そんな中でのお披露目パーティー。そこでの彼女のオドリックに対する厳しい評価を知り、ファビアンは一歩踏み込むことを決めた。
そのタイミングが予想以上に早くやって来たことで狼狽えてしまったが……。
問題はこの話をノワールに伝えるか――。
「ファビアン殿、今の話はノワールには内緒です。もちろんブランにも」
「ですが――」
「いいですね?」
「……っ」
有無を言わさぬ態度に押し黙るファビアン。
イヴェットの言わんとすることも理解できるのだ。
お披露目パーティーでクラリスと顔を合わせたときのノワールの様子を考えれば、今もあのことを引きずっているのは間違いない。
そんなノワールに今さら“イヴェットは悪くなかった”と伝えたところで素直に受け入れられるかどうか。
思わぬところに憎しみの矛先を向ける可能性を考えると、現状維持というのも決して悪くはない選択肢なのだ。
「ですがそれでは――」
「この話はこれでおしまいです。忙しいのに悪かったわね」
そう言って部屋を出て行くイヴェットをファビアンは黙って見送ることしかできなかった。
この家族が本当の意味で打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
はい。またまたご無沙汰しております。こんぽです。
リクエストでいただいた「ブランに対する印象」というのを書こうとして、とりあえずイヴェットさんから行くかーと思って書いていたら、なぜかこういう話になっていました……(汗)
ま、まぁ、次章に入れようと思いつつ入れどころに悩んでいた話(公爵家によるブラン囲い込みの話)も入れることができたし、イヴェットさん絡みの話にも触れることができたので、これはこれで良しということで(笑)
で、本編の再開ですが、もうしばらくかかりそうです。
どうも私は頭の切り替え?というのが不得手みたいでして、書籍の方を書きながらだと、なかなかこちらの執筆ペースが上がらず……。
複数の作品を手掛けている作者様っていったいどうされてるんでしょうね?
とまぁ、そんなわけでチマチマ書き進めていますので、もうしばしお待ちいただけると幸いです。
こんぽ
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