5.提案
――土曜日。
私は藍のペースに流されてデートすることになり、真っ赤なハートのモニュメントの前で待ち合わせをした。
ここはインスタ映えする有名な場所で恋人や友人同士の待ち合わせに使われることが多い。
5分前に到着したけど、彼は先に到着していて私の姿に気づいた瞬間両手をブンブンと大きく振る。
「あやかーーーっ!! あやかーーーっ!! こっちこっちーー!!」
「そんなに大きな声出さないでよ……。恥ずかしいでしょ」
文句を言いながらも、見慣れない私服姿に目線が貼りつく。
黒のダメージデニムに五分袖のグラフィックTシャツ。
正直私好みのコーデだ。
……いいや、そんなことはどうでもいい!
今日こそは事実を伝えないと!
「どこ行きたい?」
「映画! いまちょうど観たい映画があるんだよねぇ」
「へぇ、どんな映画?」
「恋愛映画なんだけどね。感動作品みたいだよ」
彼は私の思惑など知らない。
泣ける映画なら悲しい雰囲気を活かして別れ話に持っていけるはず。
……と、思ってさっそくショッピングセンター内にある映画館へ移動して映画を観ていたのだが。
恋人が別れるシーン辺りに隣からなにか聞こえてきた。
ふと目線を横に向けると……。
「うわっ、マジ? グスッ……。ズズズッ…………。うわっ、俺、こーゆー別れ方無理かも……」
彼はスクリーンの光を浴びたまま鼻頭を赤くして号泣している。
女子でもドン引きするくらいに。
「ちょっっ、泣いてるみたいだけど大丈夫?!」
「うん。へーきへーき。ずびっ……」
「全然平気そうじゃないけどね」
「お互い好きなのに、別れなきゃいけないなんて残酷だよな」
「あーー、うん。そうだね……」
残念ながら、作戦はまんまと失敗する。
彼の中では私と両想いということになっているから、このあとに別れを告げたら同じ反応が返されるような気がしてならない。
別れを切り出したあとに泣かれるのは嫌だ。
一旦別れ話は保留にしてもう少し深刻にならない方法を考えないと……。
それから彼のテンションを上げるために別のフロアにあるゲーセンへ。
店頭にズラリとクレーンゲームが並んでいて、私たちはその近辺を歩く。
だが、その中の目新しい台につい足が吸い寄せられてしまった。
「うわぁ! 景品にオルゴールがある。クレーンゲームでは珍しい」
「ふーん。オルゴールかぁ」
「うん。実はオルゴールを集めるのが趣味なんだ。だから、オルゴールがあるとつい見ちゃう。……ねぇ、私これやりたい!」
「じゃあやってみよっか!」
「うんっ!!」
「で、どうやって遊ぶの?」
「クレーンゲームの遊び方を知らないの?」
「ゲーセンに来るの初めてだから」
「そ、そうなんだ……」
いまどき高校生にもなってゲーセンに来たことがないなんて珍しい。
そう思いながら、カバンの中の財布を出して200円をつまみ出す。
「まず投入口にお金を入れる。上と横のボタンで一度ずつアーム操作ができるからそれぞれ動かしていくの。目的地がきまったらボタンを離す。そうすると、アームがおりて景品を掴む仕組みになっているの。景品が掴めても掴めなくてもアームは景品取り出し口まで移動していくんだよ」
「へぇ、おもしろそう! やってみたい!」
「じゃあ、私が先にお手本でやるから交代でやっていこうか」
さっそくゲームを始めて、ピラミッド形に積み重なっている頂上のオルゴールにアームは届くが少し位置がずれる程度。
何度挑戦しても商品の角度が傾くだけ。
簡単に取れるはずはないが、1000円くらい使い切ったところで「そろそろやめよう」と伝える。
だが、彼は首を横に振って台から離れようとしない。
「もういいよ。無駄遣いになる」
「だーめ。彼女の願いは叶えてあげたいの」
「そこまで欲しくないからいいよ!」
そんなやり取りをしていると、店員がそれに気づいて取りやすい位置までオルゴールを配置してくれた。
それから数回チャレンジしたあとにオルゴールは見事にゲット。
彼は満面の笑みでハイタッチを求めてきたので、私は戸惑いながらハイタッチを返す。
本当のことを伝えなきゃいけない自分と、デートを純粋に楽しんでくれる彼。
心の温度差は私の胸を窮屈にしめつけていく一方だった。
――ゲーセンを出てから彼に「連れていきたい場所がある」と言われ、到着したのはあじさい寺。
開花時期ということもあって、小道の両脇には青や紫や白やピンクのあじさいが景色を彩っている。
青々とした香りと視界いっぱいに広がるあじさいを見て思わずテンションが上がった。
「うわぁ、きれい! ……私ね、花の中であじさいが一番好きなんだ。淡い色の花びらがたくさんついていてかわいいでしょ」
「知ってる。だからここへ連れてきたんだ」
「へっ? 私、言ったっけ?」
「ああぁ……えっと……、この前、富樫と喋ってたところがたまたま聞こえて……」
「それも全然覚えていないんだけど……」
「まぁ、いいから! 実はここ、俺のお気に入りの場所なんだ。あっ、そうだ。さっきゲットしたオルゴールを出して」
彼は近くのベンチに座ってからスッと手のひらを向けた。
「もしかして、ここでオルゴールを鳴らすの?」
「そうだよ」
私はカバンの中のオルゴールを箱から出して渡すと、彼はゼンマイを巻いてメロディを流したので隣に座る。
目の前いっぱいに広がるあじさいと、オルゴールのゆったりとした音色。
幻想的な雰囲気に時を忘れてうっとりと曲を聞き入ってしまう。
「素敵……。こんなにロマンチックな楽しみ方があるなんて……」
「喜んでくれてよかった。オルゴールを聞くならここだと思って。それに、一緒にあじさいを見たかったし」
結局彼のペースに乗せられていることを理由にして、私は自分の首をしめていた。
ラブレターを入れ間違えたことを早く伝えなきゃいけないのに、彼は1分先の笑顔を引き出すことを考えている。
だから、言った。
「ごめんなさい……」
「ん、なにが?」
「実は、藍が受け取ったラブレターは別の人に渡すはずだったの」
「えっ」
「下駄箱に入れ間違えたことをすぐに伝えなくてごめんなさい。デートも沢山楽しませてくれたのに最後に嫌な想いをさせてしまって……。本当に本当にごめんなさいっ!!」
私は誠心誠意を込めながらおへその位置まで頭を深々と下げた。
もしかしたら許してもらえないかもしれない。
私たちが恋人になったことをクラスで大々的に発表したのに、即失恋させてしまったのだから。
――およそ15秒間、無言が続いた。
心臓はバクンバクンと鼓動を打ち続けて壊れそうになるくらい罪悪感に苛まれている。
すると、彼は重苦しい口調で言った。
「お前の反応を見てたらなんかおかしいなと思ってた。告白してきたのに、全然恋してるような雰囲気でもなかったし」
「ごめんね。言わなきゃいけないと思ってたけど、なかなか言いづらくて……。だから、あの日のことを忘れて欲しい」
……言った!
とうとう言った!
たったこれだけを伝えるのに、どれだけ遠回りしたことか。
藍が好きでいてくれる分申し訳ないと思っているけど、間違いは正していかないと。
私は真実を伝えたことによってホッとひと息ついていたはず……、だったが。
「なに言ってんの? 俺は別れないよ」
「えっ」
「無理。お前が好きだから」
予想外の返答によって頭の中が真っ白になる。
「だ、だって、私には他に好きな人がいるし……」
「そ? 俺はお前を落とすつもりだけどね」
「なによ、その自信……。どこから湧き出てくるのよ」
罪悪感と混乱でなんと伝えればいいかわからなくなった。
胸までの長い髪を耳にかけて一度深いため息を落とす。
「自信なんてないよ。ただ、別れるならもう少し俺のことを知ってからにして欲しい」
「じゃあ、それまで藍の彼女でいるってこと?」
「そ。7月31日まで期限つきってのはどう?」
「えええっ!! ……そんなのダメに決まってる。31日まで4週間近くもあるよ」
「どうして? お前がラブレターを入れ間違えたせいでぬか喜びさせたくせに? それが原因でクラスで発表しちゃったのに? クラスのみんなが俺たちの恋の祝福をしてるとわかってるくせに?」
「うっ……」
穴があったら入りたい。
あの時ラブレターを入れ間違えなければ、こんな面倒くさい展開にならなかったのに……。
「じゃあ、31日まで藍を好きにならなかったらどうするの?」
「そしたら諦める。お前のことをさっぱり忘れるよ」
「……ほ、本当にさっぱり忘れてくれるの?」
「努力する。その代わり、期限までに俺を好きになってくれたら気持ちを伝えて欲しい。そしたら俺、人生を賭けてお前を幸せにするから」
凛々しい瞳がまっすぐに届けられると、気まずくて目線をおろした。
7月31日……かぁ。
梶くんへの失恋はほぼ確定だし、クラスでは交際が祝福ムードになってる。
期日まで藍のことを好きにならなかったら別れてくれるみたいだから、提案自体は悪くない。
「大げさなんだから。……わかった。31日まで藍のことを好きにならなかったら別れるという条件なら飲むよ」
「マジ? よっしゃぁぁぁぁああ!!」
「そんなに喜ぶこと?」
「だって、あやかのことが好きだから」
「もうっ……。ただし、こっちにも条件がある」
「なに? 条件って」
彼はコテンと首を傾けて聞く。
「恋人になっても……て、手は出さないでよね!」
「どうして?」
「どうしてって、当たり前でしょ! こっちは期間限定恋人なんだからっっ!!」
「あはは。冗談だよ。オッケー」
無事に真実を伝えられたところはホッとしたけど、今月31日まではいまと一緒か。
なんか、調子狂わされるな。
本当のことを伝えれば無事に別れられると思っていたのに。
でも、いまのペースならあっという間かもね。
――この時は、彼の提案を甘く見ていた。
彼がどんな想いで提案してきたのか。
恋人期間がなぜ7月31日なのかさえ考えもせずに了承してしまうなんて。
そして、この翌々日に私たち二人の間に爆弾が投下されることも知らずに……。
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