特定って良くないと思うの
男の人に着いていくと、いわゆる会議室のような、広めの部屋に通された。
四角く配置された長机に、持ち運びしやすいよう軽めに作られた氷の椅子が、等間隔に並んでいる。
「こちらにどうぞ」
男の人はわざわざ椅子を二つ引いて、私とヨウナの座るところを作ってくれた。
こういう所作は、取り引きとかでお客と接することが多いから身についたものだろうね。
ちなみに椅子を三つじゃなくて二つ引いたのは、コトリは先に帰った、というか私が返したから。
どう考えてもコトリに長話は無理だろうし、今は私がいるからヨウナの安全保障は私で十分でしょ。
実際、コトリに好きに遊んできて言い寄っていったら、羽が生えたみたいにウキウキと飛んで行ったし。
私は別に緊張するタイプじゃないし、いつものように椅子に腰掛けた。
一方ヨウナは、こういう会社に招かれるとかのシチュエーションはダメみたい。
椅子に座るモーションがカクカクとしていて、縮こまった小動物みたいに席に着いた。
「ヨウナさんにはすでに自己紹介させていただきましたが、改めまして。私は企画担当のキヨシと申します」
「私はユキだよ」
私が名乗ると、正面に座るスーツ姿のキヨシは、ああ、と何か思い出したリアクションをした。
「ユキさんですね。では……本日のご用件を、もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
丁寧な口調で、そう聞いてくる。
目線は私とヨウナを交互に見ていて、特にどちらに聞いてるわけでもなさそう。
だから、私が答えることにした。
「さっきも言ったけど、この会社がどんな感じか見学させてもらいたくて」
「建前はいいですよ。本当の用件は何ですか?」
口調は自然で何の圧もないけど、言葉は鋭い。
私がごまかしていることは見抜かれているみたい。
なんで?
そんなに私は表情に出やすい?
「なんでわかったの?」
「以前、ヨウナさんからあなたのことを聞いていましたので。あまり、本音を話さない人だと」
ちらっとヨウナを見ると、気まずそうな笑顔が返ってきた。
別に、隠しておいてほしい訳じゃないから構わないんだけど、ヨウナから見るとそういう評価なんだ。
今度から、語尾に『コレは本音だよ』ってつけてしゃべることにしようかな。
さて、相手がそこまで言ってくれるなら、話をさっさと進めてしまおう。
「ヨウナから、あなたの提案が信頼に足る物なのか、一緒に考えてほしいって相談されたの。それでついてきた」
ちょっとした意趣返しに、ヨウナから、と最初に付け加えた。
またちらっとヨウナのほうを見る。
声には出さないだけで、『あー!』と声が出てそうなくらい口を開けている。
やり返して満足!
まあ、この程度のことなら何も問題はない。
こういうのも隠してたって、どーせそのうちバレるから。
スポンサードのだって向こうから持ちかけてきたものだし、むしろ不信感をあらわにしてくれるなら、向こうは信頼を勝ち取るべきだと理解してくれるでしょ。
「……なるほど。うちは一般的にみれば大企業ですし、名前の信頼性はあると思いますが、どこに疑いを持たれているのでしょうか?」
「ちょっとしたネットのうわさだけど。そんなのを信じてるわけじゃないけど、火のないところに煙は立たぬっていうから。気になっちゃった」
今度はわりかし本音をぶつけてみた。
キヨシはうわさと口にしたとき、一瞬眉を上げた。
私から説明しなくても、思い当たる節があったに違いない。
「崩れた海氷街で極秘の研究をしており、そこに弊社が多額の出資をしていた、という話ですか?」
「うん、それ」
私はぜんぜん知らなかったけど、世間的には有名なうわさ話なんだね。
企業の内側の人でも知ってるくらいだし。
「……私からは確定的なことは言えません。確かに弊社はすでになくなった海氷街に出資をしていましたが、他の街との取り引きは別部署でやっていまして。私程度では、あなた方と同じく同僚のうわさ話でしか知りません。多くの企業、海氷街に対して出資を行っていますし、その件を担当していた人間でないと、詳細はわかりませんね。しかし、そもそもの話、出資した事業をわざわざ潰す必要はないと思いますから、偶然だと考えるほうが自然かと」
思っていたより丁寧な回答が返ってきた。
うわさ話なんてあてにするな、と
お堅そうな見た目のその通りで、真面目な性格なんだ。
「ヨウナのチームをスポンサードしたいっていうのは、あなたのいう出資の一つなの?」
「広い意味で言えばそうですね。ここの海氷街の一部をスポーツの地として盛り上げようという企画がありまして、その
これも話を聞く限り、真っ当な理由。
大企業の名前もあるし、疑いはないように見える。
信頼するには十分かな。
あと聞くとすれば一つある。
「じゃあ最後にもう一個。ヨウナのチームをスポンサードして、あなたに何の得があるの?」
やはり、みんな自分の利益を大事に生きてるから、こういう質問はしておくべきだ。
ある意味、仕事をしてお金を稼ぐことと、お金が欲しいから強盗することは、変わらない。
もちろん、倫理的にはめっちゃ変わるけどね。
とにかく、どんな答え方をするかでその人の考えはある程度読めるから。
私が最初に本音を言わないみたいにね。
キヨシは一瞬言葉をまとめるために天井を見て、ゆっくりと話し出した。
「……本音で、とあなたに言いましたから、私も正直に言いましょう。私にも、ヨウナさんと同じくらいの息子がいまして。愚息とまでは言いませんが、遊び歩いてばかりで。それに比べて、ヨウナさんのチームは学校外でスポーツに打ち込み、上を目指しているにもかかわらず、限られた資金の中でやっているとなれば、ぜひ支援をしたいと思わされました。事件に巻き込まれた、という話も聞きましたが、大企業の名前があれば多少は怪しい連中も近寄りがたいでしょう。ちょうど会社内でスポーツ事業の話が進んでましたから、ちょうどいい機会でしたしね」
ほう。
親の目線として、子どもへの共感って話?
けっこうきれい事っぽい話でまとめてきたね。
いや、これをきれい事だと言ってしまうのは、私の心が汚れてるから?
実際、横のヨウナは照れて顔を伏せた。
最初にスポンサードの勧誘を受けたときも、こんな感じだったのかな。
「息子さんはそんなに遊んでるの?」
「ええ、毎日のようにゲームセンターに通っていて。この前に至っては、夜にほっつき歩いて事件に巻き込まれたと! 心配がつきません。勘弁してもらいたいものです……」
アレ?
どっかで聞いたことある気が。
そういえば、親が大企業の役員とかなんとかの話を聞いたような、ないヨウナ……。
「……今は入院中だったりする?」
「ええ、その通りです。……よくわかりましたね」
「あ、そう……。たまたま当たっちゃったかな」
息子さんの名前、リョウだったりする?
と聞いてしまったら、この人がお父さんだと確定しちゃいそうだから、やめておこ。
世界って、狭いんだなぁ。
いや、この海氷街だから狭いのか。
知る権利があるように、知らないでいる自由もあるはずだよ、きっと。
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