夢の楽器

海風

 穏やかに波打つ海が近くに見えるこの場所は、海氷街の最も外側に位置する港。

 

 港では他の街から船に乗ってくる人や、他の街で作られた製品が運ばれてくる。

 だから、けっこう人が多くて、栄えてる。

 

 そこで黄昏たそがれれる一人の美少女は、一体誰なのでしょう。

 

 そう、私で……このへんでやめておこうかな。

 

 私は海氷街の外周付近のエリアをうろついていた。

 

 最近は中心近くのエリアばっかり歩いてたから、たまには海を見ながらの散歩もいいと思って。

 

 海際だけあって、潮風が軽く吹いている。あとでお風呂に入るときは念入りに洗わないと、体がベタベタしそうだ。

 

 私の髪は腰より長いけど、束ねたりはしてない。風で吹き飛ばされちゃわないように、ちょっと気を使う。

 

 海辺から少し町の方に行くと、商店街がある。おいしい食べ物がいっぱいあるって聞いた。

 後で行くつもり。

 まだ朝早いし、朝からがっつりしたものを食べられるタイプじゃないから。

 

 すると私と同じように、一人で歩いている女の子の姿を見かけた。

 

 その顔にはどこかで見覚えがあるような、考え出して、意外とすぐにピンときた。

 

 ユメだ。この前も一瞬しか彼女の姿を見れてないから、気づくのに時間がかかった。

 

 話しかけようか迷っちゃうな……。

 本当はあれからのことをいろいろ聞きたいけど、あんまりいい話じゃないから、思い出させるのも良くないかもしれないし。

 

 考えていたら、ユメが先に私に気づいた。

 はっと目を開いて、こちらにかけ寄ってくる。

 

 ユメの服装はスカートじゃなくて、かっこいい系のズボン。長い髪の金髪が特徴的。

 染めてるのかな?

 耳にはリング状の、銀色のピアスをつけている。

 

 あのボスがこだわって狙っていただけあってか、かなりの美人だ。

 顔の善し悪しのわからない私でも、そう思うくらいには。

 

 前の騒動の時に比べたら、明らかに元気そう。

 顔色もいいし。

 当然と言えば当然だね。

 

「この前の人……だよね?」

 

 否定する理由はないから、うなずいた。

 

 すると、ユメはなぜか安心したように、ほっと胸をなで下ろす。

 

「会えて良かった。お礼を言いそびれちゃってたから。助けてくれてありがとう」

 

 私の事を探していたようだ。

 わざわざ覚えているなんて。私の素性も何も、彼女にしてみればわからないだろうに。

 

「どういたしまして」

 

 また会うつもりはなかったから、会ったときにどう対応するかなんて考えてない。

 なんて言うかちょっと困った結果、素直な返答をした。

 

「あの後は大丈夫だった?」

「ええ。そう、そのときのことを含めて、聞きたいことと話したいことがあるの。予定、あいてる日があれば教えてくれない?」

「いつでもいいよ。今でもいいし」

「じゃあ今にしましょう。いいお店を知ってるから、ついてきて」

 

 私からも聞きたいことを聞けるいいチャンスだ。いいお店も気になるし。

 

 ◇

 

 いいお店って言うからには、さぞおいしいご飯があるんだろうなぁと思ってた。

 

 連れてこられたのは、まさかの楽器店だった。

 楽器店としては、かなり大きいほうだと思う。

 確かにいいお店ではあるけど、予想外。

 

 売り物の楽器が並んで通路を作っている。

 壁にも、重ならないようにうまくぶら下げられている。

 名前を知ってるものから見たことすらないようなものまで。

 

 氷で作られたものも、古くからある素材で作られたものもある。

 ただ、前者は比較的手に取りやすい値段で、後者は高級品。

 

 家具と似たような感じ。

 木製のものとかは、貴重だから。

 

 店内にお客さんは、まばらにといった様子。

 今日は平日だからにぎわってはないけど、楽器が好きな人は休日平日問わず、用があればここに来るんだろうね。

 

 で、楽器店の中をぶらぶら歩きながら、話を進めることに。

 

「もう一度言うけど、この前はありがとう」

「気にしないでいいよ。私の目的のためだったから。結果的に、たまたまあなたが助かっただけ。あいつは交通事故にあったみたいなもんだよ」

 

 ふっと、ユメは口元を緩めて笑う。

 笑い顔も美人だ。私も負けないようにしないと。

 笑顔って努力でどうにかなるのかな。

 

 いや、無駄な話は置いておいて。

 私の聞きたいことから先に聞かせてもらおう。

 

「先にちょっと質問していい?」

「何でもどうぞ。恩人だもの」

「あの後は大丈夫だった? ボスが逃げ出したりしてないといいんだけど」

 

「ちゃんと警察が捕まえてた。もし脱走なんてしたら、私のところにも身を守るように連絡が来るって。それが来てないってことは、大丈夫じゃない?」

「リョウはどうなった?」

「まだ病院だと思う。全治一ヶ月だって。ちょっと骨をやられたみたい」

 

 けっこうちゃんとケガしてるね。

 

 頼んできたのは彼のほうだけど、彼のおかげでなんとかなったから、もしまた会うことがあればお礼を言わないとだ。

 

「最後になんだけど、警察の人から、何か教えてもらってない? ボスがたくらんでたこととか」

「いいえ、何も。私も知りたいことはあったのに、これ以上変なことに関わらないで生活するように注意されちゃった。それももっともだし、あんまり首を突っ込まないようにしてる」

 

 おっと、なら悪いことを聞いたかな。

 

 どーせ最後の質問だったし、これ以上は控えよう。ボスのことを知りたいなら、直接警察に聞きに行くか、他のグループの人間、それか氷銃のブローカーを捕まえるしかなさそうだね。

 

「ん、私から聞きたいことはもうないよ。あとの話は任せるね」

 

 以上、と宣言した。

 でも、ユメはどこか不服そうだった。

 雰囲気を感じ取った。気に障ることを言っちゃったか。

 

「……お金を人からだまし取ってたことには、何も言わないの?」

 

 私は首をかしげた。

 

「何かある?」

「あなたみたいな人は、そういう行為を非難するかと思ってた」

 

 彼女はまだ私の事をよく知らないから、正義の味方にでも見えているのかもしれない。リョウは……そういうのに怒るかもね。

 

「ボスをしばいたのは、あいつが悪いやつだったからじゃなくて、ちょっと用があったからだよ。私、人が何やってるかとか、興味ないし」

「本当?」

 

 いぶかしげに、ユメは私を見つめる。

 

 もちろん、いい悪いに個人的な感情はある。

 けど、私の力で全てに干渉しだしたら、それはある意味犯罪者と変わりないから。

 

「ユメは、こっそり氷で武器を作ったりしてないよね?」

「え……してないに決まってるけど」

「なら大丈夫。私のスマホを盗んだりしても怒らないから」

「それは怒るべきよ。その口ぶり、もしかしてされたことあるの?」

 

 さあ、どうでしょう。

 とぼけたフリをしたら、楽器を試しにいている人のピアノの音色が、効果音のように鳴った。

 

 狙っていたわけじゃないよね?

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