第20話「作戦完了」
そこからは戦闘などと言えるものではなかった。殲滅だ。
迫る銃弾を避け、弾き、常人では到達できない速度で駆ける二人は、遮蔽物から身を乗り出した小銃兵の額、喉、鎖骨を正確に狙い、文字通り両断していく。
最後まであがいた計六名の小銃兵は、あっけなく地面に倒れたのだった。
怜奈は乱れた髪を直すように邪魔になった髪を耳にかけながら、インカムに手を伸ばす。
「
『
通信を終えた怜奈は、インカムから手を離すと奥でしゃがみ込んでいるテイラーのほうへと歩み寄っていく。
当然、テイラーは負傷したわけではない。床面に走る排水溝を指でなぞっていたのだ。
怜奈の影が落ちたことで気づいたテイラーは、振り返らずに再度興味深そうに溝を見つつ、何かを探す。
「
「
「
テイラーは排水溝の汚泥に隠れたラッチを見つけ、ニヤリと笑う。厚さ数インチはあろうかという強化鋼鉄製のハッチの継ぎ目をなぞってから腰のホルスターへと手を伸ばした。
「
テイラーが取り出したのは、鈍い輝きを放つ特殊鋼のマルチツールだ。
こういった潜入任務の際にテイラーが愛用している代物で、小型バールと、隠しネジを回すためのスクリュードライバーに加え、内部回路を直接操作するピックが一体となった、軍の工作員専用品である。
慣れた手つきで作業を進めるテイラーの手際に感心しながら、怜奈は確認する。
「
「
テイラーはツールの先端にあるヘラをコンクリートと鋼板のわずかな隙間に叩き込むと、テコの原理で広げた。それは、僅か数ミリであったが、テイラーはツールの側面から細長いピック状のピンを引き出すと迷いなくねじ込む。
「……
テイラーが手首を小さくひねると、見事な手つきで内部の小さなラッチが外れる。直後に聞こえた排気音は、ハッチを締め付けていた高圧油圧が抜けた音であり、つまりロックが物理的に解除されたことを示していた。
仕上げにテイラーはツールからフックを取り出すと、ハッチの縁にある緊急開放用の穴に噛ませて一気に引き抜いた。
響いた金属音は閂が外れた音であり、これで容易に開けられる。とはいえ、ハッチは数トンの重さがあるので、人力で開けるのが容易なのは、使い手であるからなのだが。
「
「
「
怜奈は呆れたように笑いつつ、鋼鉄ハッチを軽々と跳ね上げた。
その下には、垂直に伸びる昇降路があり、わずかな光からそこが大した深さではないと判断した怜奈は、迷いなく飛び込んだ。これに、テイラーも続く。
コンクリートで作られていることを除けば、まるで軍艦の底部区画のようにも見える通路であり、二人がギリギリ行違うことが可能な程度にしか幅がない。
怜奈とテイラーは前後を入れ替えると、周囲を警戒しながらテイラーが先行する。
敵の気配がない中、進んで行くと、そこには開けた空間があった。壁一面にアナログのゲージやバルブがあることから、そこが計器室であることを怜奈が理解し、テイラーがその部屋に足を踏み入れた直後――
「っ!」
死角から飛び込んできた剣がテイラーの首を切り裂こうとした。だが、それをまるで事前に知っていたかのようにいなすと、返す刀で手首を斬り飛ばし、足をかけて転倒させ、その勢いのまま両足も切断した。
背後から、もう一本の剣が迫ったが、これもまたテイラーに届く前に後続の怜奈によって弾き飛ばされる。
敵が驚愕に目を見開くと同時、怜奈もまたテイラーと同じく敵兵の足を切り落とすと、倒れこんだところへ追い打ちをかけて手首を刎ねた。
激痛に表情を歪め、地面に転がった二人は使い手であった。ゆえにこの程度で簡単に死ぬことはないが、その苦痛は長く続くだろう。
特に、手足がないということの恐怖は計り知れない。
そんな中、怜奈とテイラーから一定の距離をとり、剣を構える男がいた。
年はテイラーと同じくらいか。ブラウンの髪にブルーの瞳。動きやすい普段着のような恰好は、一般的な武装が役に立たない使い手であれば不思議のない恰好ではあった。
怜奈が疑問を持ったのは、悔しそうな表情でテイラーを見つめたまま、切りかかってこないことである。
抱いた疑問を解消したのはほかでもない。横に立つテイラーであった。
「
怜奈が僅かに視線を向けた先にあったテイラーの表情は、今まで見たこともないほどに、驚愕と焦燥が複雑に混ざり合った、やるせなさを感じさせるものだった。
「……
テイラーは気丈にふるまい、普段よりもわざとらしく肩をすくめた。
「
「
「
悔し気に舌打ちをするテイラーに、怜奈は尋ねることにした。
「
「
「
「……
テイラーがそう言い終わるかどうかというほど早く、怜奈は踏み出した右足で床を蹴った。
瞬間的に距離が詰まるが、ジムも手練れの使い手である。有機的で独特な曲線の緑がかった刀身は、怜奈の切り上げた剣をいともたやすく受け流し――
「っ!」
怜奈は瞬時に後方に跳んだ。ジムの剣先が意思を持ったように変形し、ありえない軌道で自ら怜奈を斬ろうとしたのである。
真輝がいたならば、即座に見抜いたであろう彼の剣の固有能力は、敵の攻撃が当たった際に必ずそれを受け流し、カウンターを行うというものであった。
対特殊害生物戦はもちろん、対人戦でも無類の強さを誇ったジムの実力は確かなものである。……だが、二対一は分が悪かった。
「っ!」
ジムが気づいた時には自らの足は斬られ、その事実に気をとられた瞬間に、手首も両断された。
「
「ちっ……
そう、テイラーがやったのだ。
これで、敵勢戦力は制圧完了と言って問題がない状況となった。
「
「
テイラーはいつも通り手際よく使い手の回収作業に入っていく。この場に転がっている三人は、連行される先がグラースであるなどとは、まだ知る由もなかった。
怜奈は、乱れた呼吸を整える間も惜しんで、目の前の気密扉へ手を伸ばし、ハンドルを片手で造作もなく開けた。
開いた先には、大型のデスクが二つと壁際には簡易サーバーラックが並んでいた。
そして当然、前情報通り、主要幹部が雁首をそろえている。
軍服を着てはいないが、海軍将校とわかる恰幅のいい男が一人。その隣には政財界の人間であろうスーツ姿の男。そのほか、通信兵とこの場の指揮をとっていたのであろう人物を含めた三人を加え、計五人がその部屋にはいた。
怜奈は顕現した剣の切っ先を向け、鋭く睨みつける。
「
怜奈の言葉に反応したのは海軍将校だった。
「
ふてぶてしい態度に、嫌悪を感じながら怜奈は再び警告をする。
「
最後の警告だった。だが、海軍将校はそれでも止まらなかった。
「
「はぁ……」
怜奈は深いため息をつくと、呆れた様子を隠すことなく口にした。
「
「…
「
「…
「
まるで機を見計らったかのように怜奈の背後から武装した突入部隊の内三名が部屋の中になだれ込んでくる。
「
「っ!」
グラース。その言葉の意味を理解した瞬間、その場にいたものたちの表情からは目に見えて血の気が引いて行った。
正規の組織でない以上、この場にいる者たちがどんな立場であろうが、それで盤面をひっくり返すことはできないと理解したからだった。
抵抗することがいかに無意味かを悟り、海軍将校は膝から崩れ落ちる。怜奈は、その無様な様子を見降ろしながら、徹底して冷めた声で指示を出した。
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