第18話「反日組織への侵入」

 ブリストル港湾地区の北端にあるアヴォンマスは、市営から民営化されてまだ日が浅いものの、工業地帯を支える役割を一部担っていることもあり、昼間は喧騒が絶えることはない。だが現在、深夜二時を回っているため、静まり返っていた。


 巨大なコンテナヤードが山なりの影を作り、わずかに軋んで聞こえるのは、海風に揺られた鉄骨のうめきである。

 この日、この夜は荷役作業がなく、港湾局の夜勤スタッフは最小限であった。加えて、反日組織幹部の中心人物が、会合のために倉庫へと集まっているとの情報もキャッチした。


 知っていながら、こんな絶好の機会を逃す手はない。


 怜奈たちグラース英国支部の実働精鋭部隊は、倉庫の北西側にある三段積みのコンテナの影に隠れていた。

 怜奈は腕につけていた時計で時刻を確認する。深夜二時という時間にやって来たのには理由があった。

 一週間に一度、監視カメラの自動再起動を行うのが、このタイミングなのだ。たった三分であるとはいえ死角が生まれるため、絶好のチャンスとなった。


 怜奈たち八人は黒づくめの戦闘服に身を包み待機している。内、参戦している使い手は怜奈とテイラーのみであり、この両名はいつものフード付き外套を身にまとっていた。


 少数精鋭での突入にした理由はほかでもない。十中八九、近接戦が想定されるため、必要以上の人員は邪魔になるからだ。

 怜奈はコンテナの影から敵拠点倉庫の屋根を見上げ、静かに息を整え、耳についたインカムへ意識を傾けつつ通信を待つ。


『……突入班〇一、こちら技術班〇四。Kilo-1 Actual, Echo-4.監視カメラ、再起動確認CCTV rebooting.送れOver.

技術班〇四、こちら突入班〇一、Echo-4, Kilo-1 Actual.了解。Copy.終わりOut.


 怜奈がテイラーに視線を送ると、短く首肯で返答し、蛇行した形状の刃をもつ独特な剣を顕現させて、一人、倉庫の側面へと素早く移動した。


 危険を察知できる剣を持つ、テイラーが適任であった。


 テイラーが向かって行ったのは、倉庫の裏手にある非常口だ。

 事前の調査で分かったことだが、この倉庫の正面入り口は旧帝国派の助言により、海軍規格の多重ロックがかけられている。これを正面から突破するのは、できなくはないが骨が折れるのだ。

 ゆえに、裏の非常口が選ばれた。民間倉庫としての構造が基礎に残っており、電子ロックが後付けされているだけなのである。


 裏口までたどり着いたテイラーは、腰のホルスターから、掌に収まるほどの黒い薄型の小型端末を取り出した。これは、電子錠に対応するための解析用端末であり、グラースの技術者が開発したものをベースに英国海軍対策用のパッチが組み込まれた代物なのだ。


 扉脇にある電子錠の金属製パネル下部に設けられた五ミリ程度のメンテナンス用スリットにテイラーは迷いなくケーブルを差し込む。すると、端末の画面が青白く点灯し、画面に複雑な数列が高速で流れはじめた。その内容は、当然ながらテイラーが理解できるものではない。


 完了を待つまでの間、周囲へ意識を向け、警戒を厳にする。約二十秒弱という、普段であれば刹那の時間が、今のテイラーには何倍にも感じられた。

 まだか、と高鳴る鼓動を鎮めようと努めていたテイラーは、端末の画面が切り替わったことを見逃さなかった。


 ――Code Accepted.


 待ちわびた文字列であった。

 すかさずテイラーが端末側面にあるスイッチを押すと、内部のロックボルトがゆっくりと引き込まれる金属音がかすかに聞こえてきた。と同時に、テイラーは素早く端末を回収すると拳を握り、二度、静かに上下へ振った。


 これを目視で確認した怜奈は頷き、単身テイラーの元へと素早く駆け寄っていく。倉庫の壁に背を向けたまま、怜奈は目を瞑り、扉の向こうに敵がいないか神経を研ぎ澄まて確認し始める。


 当然、完全に気配を把握できるということはない。だが、使い手としての技量の高さから、通常の精鋭兵では遠く及ばないほどに敵勢力の存在を把握できる耳を怜奈はもっていた。


 数秒で、怜奈はテイラーのほうへ頷いて見せる。これは、十中八九敵はいないという意味であった。テイラーもこれに首肯で返す。つまるところ、使い手にとって危険と判断されるレベルの敵は絶対に存在しないことの証明であった。


 怜奈は剣を顕現すると、左手で扉のノブを下げ、ゆっくりと開けていく。油切れの蝶番が鈍い音を立てるが、内部の者が気づく様子はない。怜奈は右手に剣を握ったまま、堂々と入っていった。


 本来であれば身を晒す行為が愚策であるが、怜奈のような使い手にとっては、この場面において、いつでも剣を振れる状態こそが最適解だからだ。


 怜奈の視界に入ったのは薄暗い通路と、積み上げられている荷物を載せるためのパレットのみであり、敵はいなかった。

 天井の蛍光灯は半分程しか点灯しておらず、鉄骨の梁が影を作り、コンテナとラックが迷路のように並ぶ中を怜奈とテイラーは進んだ。


「っ!」


 人の気配に気づいた怜奈が、即座に足を止める。視界の端に、巡回している警備員の影が映ったのだ。怜奈は剣を消すと、姿勢を低く落とし、コンテナの影に身を寄せた。

 敵との距離は十メートル程度で、怜奈からは敵がハッキリ視認できたが、相手からは死角になっており、気づかれる位置ではない。加えて、警備兵二人は銃を肩にかけて会話に気をとられていた。


 気が緩んでいる今が狙いどころだろう。


 怜奈は腰の右側につけたロープロファイルホルスターから、日本陸軍正式採用の四四式拳銃を静かに抜いた。寝たグリップとマッシブな多弾数フレームが特徴的なそれは、怜奈の要求に合わせて銃身を特注品に換装した、怜奈専用のカスタム品でもあった。


 続いて左腰のポーチからサプレッサーを取り出すと、ピッチを粗く取り直したスレッドバレルの一条目を指先で完璧に捉え、掌の摩擦で一気に滑らせるようにして装着した。


 金属同士が触れ合うわずかな音すら殺すような手慣れた動作で、怜奈はこの作業を約三秒で終えるという神業を当たり前のようにこなすと――コンテナの影から滑り出るように身を出し、銃口を音もなく持ち上げた。


 両手でグリップを包み込み、フードに包まれた怜奈の視界の中でフロントサイトが手前の警備兵のこめかみに吸い込まれるようにして重なる――瞬間、トリガーが絞られた。


 一瞬前まで笑顔で会話を交わしていたはずの男は、痛みを自覚する間もなく言葉を途切れさせて膝から崩れ落ちる。

 奥の男はこの襲撃に即座に体が反応し、会話していた相棒のほうへと視線を向けようとした――その、コンマ数秒で決着はついた。


 怜奈は一発目の反動をあえて殺し切らず、跳ね上がりを利用して銃口を水平にスライドさせていたのだ。この流れるような動作により、奥の男の耳の上あたりへ照準が合う。


 一発目の空薬莢が宙を舞い、地面に金属音を奏でるよりも速く、二人目の男もまた脳の神経回路を銃弾によって貫かれていた。

 二人の死体は、ほぼ同時に床を叩く。怜奈の纏う外套が、ようやく遅れてはためき、空薬莢が戦いの終結を告げるかのようにわずかに音を立てた。


 怜奈は呼吸を乱すことなく勢いよくサプレッサーを外し、指先で瞬時にポーチに押し込むと、倒れた敵がまだ動く可能性を考慮し、右手に再度剣を顕現させてから近づき、冷たい視線で見下ろした。

 数秒。間違いなく二人がこと切れていることが確認できると、怜奈は剣を消して耳のインカムに手をあてがう。


突入班〇三、こちら突入班〇一Kilo‑3, Kilo‑1 Actual.死体二名の回収を、Two hostiles silenced. Recovery required.送れOver.

突入班〇一、こちら突入班〇三Kilo‑1 Actual, Kilo‑3.了解Copy.四名送るFour men inbound. 終わりOut.


 今回、怜奈が銃での襲撃を選んだのは、接近するわずかの間に無線で応援を呼ばれるリスクを考慮してであった。サプレッサーをつけていても音は響くとはいえ、他の警備巡回兵が二十メートル以上離れていれば、気づかれる可能性は低い。加えて、姿をさらすリスクを負うくらいならば、銃で始末したほうが怜奈の現在地を割り出されないという利点もあった。


 使い手としての技量にとどまらず、十八歳という若さでこれをやってのけるのが、クライス怜奈という人物である。間近で見ていたテイラーも、さすがの手腕にニヤニヤしつつ興奮が止まらなかったわけだが、こういう緊張感のない軽薄さが、怜奈の悩みの種でもあった。


 とはいえ、今はテイラーのそんな反応に気を揉んでいる暇などない。怜奈はハンドジェスチャーで進むように促し、テイラーを先行させた。

 そうして全周警戒しつつ、慎重に進むこと数分。ついに、敵も感づき始めたらしく、倉庫の奥から漏れてきた声を怜奈は聞き逃さなかった。


三号門巡回二班、こちら警備指揮所、Gate Three Patrol Two, this is Command.定時報告を……Sit-rep...おい、巡回二班、応答しろI say again, Patrol Two, come in.。……おかしいな...That’s odd.……ん...Wait,? 巡回二班のGPSがPatrol Two’s GPS signal数分前から動いていない has been static for several minutes.……おい、機材の故障か?...Hello? Is there a kit failure?


 明らかに困惑しているとわかる声だった。この様子であれば、まだあと数分は気づかれないだろう。

 怜奈がそう結論付けた次の瞬間、状況は一転した。


「……待て、三号門の...Belay that. Check the accessログを確認しろ logs for Gate Three.


 三号門というのが、怜奈たちの侵入してきた裏口の呼称であろうことは、怜奈自身理解していた。そして、この状況下において的確な指示を出した人物の発言に怜奈は、表情を歪める。

 まずいかもしれない。そう、表情を歪ませた直後だった。


「……なんだこれは...What on earth?。……認証がバイパスされて...Authentication bypassed,外部メンテナンスモードで解錠されているunlocked via external maintenance mode. 。……ちっ強制アクセスだ!...Blast, it’s a breach! 誰か、今すぐ確認に行け!Someone get down there and check it, now!

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