第10話「文化祭に思いをはせて」
「春花のクラスは何やるんだ?」
「なんだっけ……ええっと……飲み物!」
「どんなだよ」
「うーんと、たしかねぇ……」
春花はしばし考えこむと、思い出したように顔をあげ、
「太いのを咥えて吸い上げるとね、口に含んだ瞬間に暴れるような粘り気の塊が飛び込んでくる濃厚な飲み物だよ!」
「は?」
全く想像ができず、そんな飲み物があったかと記憶を探っていると、周りにいた女子二人のうち一人があきれた様子で春花を見た。
「ねえ、わざとやってるよね?」
「うん……てへ」
「てへじゃない」
……わざとって、一体何のことだよ。
まあいい。で、結局何なんだよ。
「真輝、タピオカミルクティーって知ってる?」
「ん? ああ」
たまに見るよな。
「あれがね、なんか流行ってるんだって~」
「……そうなのか」
流行っているのはティラミスじゃなかったか? よくわからないな。
「春花はそういう流行りに興味がないよな」
「だって、私は真輝のミルクがあれば十分ですから」
「……」
春花はなぜか、鼻高々になっている。
絶対に誇らしげに言うセリフではないだろうと俺にもわかるぞ?
「真輝さん、春花、いつもこんなこと言ってるんですよ?」
その女子は、いいんですか? とばかりに聞いてくるが、
「そうだろうな」
別段珍しくもないので、そう言われても反応に困る。
「……真輝さんの前でも、いつでもこうなんですか?」
「比喩で済ませている分、ソフトともいえるな」
いや、比喩をしているから逆に過激なのか?
「真輝はね、そんな私が好きなんだよ」
胸を張っている春花に対し、周囲の女子たちは否定的な表情を見せる。
「いや、さすがに引くでしょ」
「そんなことないよね、真輝! 可愛いでしょ?」
「……ああ」
面と向かって言うのも恥ずかしいが、ここでちゃんと口にしないのはダメだろうと思った。
「にゅふふ……真輝はエッチな私が大好きなのだぁ~」
春花は嬉しそうに下心しかなさそうな笑みを浮かべながら俺の二の腕にくっつくと、胸を押し当ててきた。
「……空き教室、行くか?」
「行く!」
「ダメッ!」
春花の誘惑に俺が負けかけた瞬間、そのにいた一組女子が間髪入れずに割って入って来る。
そうだった。仕事があるんだったな。
「……春花、帰ったらしよう。それまでは、我慢な」
「うぅ……絶対だよ! 二回はするからね!?」
「……わかったよ」
二の腕に頬ずりしてくる春花の愛らしい姿を眺めていると、先ほど制止してきた女子が口を開いた。
「ていうか、真輝さん」
「ん?」
「春花、流行りにいつも疎いんですけど、一緒にデートに出かけたりしないんですか?」
「……」
しないな。いや、まったくしないわけではないが……
「エッチしてると時間が無くなるもんね」
答えあぐねていたら、さらっと春花が答えた。
「……」
一組女子二人が納得したような顔をしていたのが……なんとも解せない。
いや、少々呆れ気味の視線を向けられているからだろう。
かといって言い返すこともできずにいると、もう一人の女子が、
「春花もたまにはSNSとかの流行り見てさ、真輝さんと行けばいいのに」
「そうそう」
二人目も便乗するが、春花は不思議そうに首をかしげて見せた。
「うーん。ていうかさ……SNSって、エッチなイラストを収集するための物じゃないの?」
「……は?」
女子二人は耳を疑っているようだった。
ゆえに春花は、ほかの用途も上げるべきだと思ったらしく、
「あ、あと、セクシーな女優さんの近況を見たり!」
「……」
続いた言葉は、いける印象が変わるものではなかった。
まあ確かに、春花はそういう使い方をしているんだろうな……。そもそも俺は、アカウントすら持っていない。
使っているだけ春花のほうが進んでいると思っていたのだが、友達は春花の肩に手を置きうなだれた。
「春花……あんたって子は」
「ほぇ?」
春花は周囲と比べると、少し性的なことへの興味が高いんだろう。そこが魅力的な部分でもあるのだが、周囲からするとズレて見える部分もあるのかもしれない。
まあ、そんなことはともかく。
「とりあえず、準備がまだあるんだろ? やったらどうだ?」
これ以上、油を売ってると準備に支障が出かねないだろう。
「あ、そうだった! じゃあ、真輝! また夜にね! いっぱい搾り取ってあげるから!」
「ほぉら、春花。下品なことばっかり言ってないで仕事仕事」
名残惜しそうにしながらも、引きずられるようにして教室内へと入っていく春花の後姿を見ていると、
「桐原君!」
「ん?」
小走りに沢渡がこちらへやって来ていた。
「どうした?」
「まったく、探したよ。どこ行ってたの?」
「いや、俺に仕事はないんだろ?」
「う……それは……まあ、そうなんだけどね」
沢渡はバツが悪そうに視線を逸らした。
ああ、なるほどな。
「仕事ができたのか」
「その、手を離せる人がいなくてね。これ、買ってきてほしいんだけど」
沢渡は制服のポケットから、よれたメモを取り出すと渡してきた。
「……また買いだしか」
「お願い」
まあ、何もしないって訳にもいかないだろうしな。
「ったく、しょうがないな」
沢渡に渡されたメモを見るに、行く先は今年もセキチューが無難だろうと判断した俺は、裏の車両等搬入口のほうへ来ていた。
去年、会長が言っていた軽貨物車両の貸し出しを利用しようという算段だ。
とはいえ、俺は自動車免許を持っていない……というか、年齢的にもまだ取得できないのだ。そんなわけで、車両を使う三年を見つけたらとっ捕まえて便乗しようと思っていたんだが……。
「……」
人がいないな。どういうわけだろうか?
軽貨物車両も置いてない。全部はけた後なのか?
俺は特に何の当てもなく、車両を探しながら歩を進めていった。
去年は会長に連れられてやって来て、助手席に揺られて行ったのだ。
……ふと、数か月前の出来事が思い起こされる。
俺が死にそうになっていたあの時、駆け付け抱きしめてきた会長の心配した声。
どうして、そこまで俺にこだわっているのか……いや、俺もそうか。
愛しているのは、間違いなく春花だ。それは、迷いなく断言できる。
けど、会長のことも特別だ。会長が俺にもたらしてくれたものは大きいし、大切な仲間だと思っている。
「……」
会長。そう、言いかけた時だった。
「桐原さん」
「っ!」
反射的に振り返ると、そこにいたのは川崎だった。
「なんだ……川崎、か」
「むぅ……なんだって、何ですか?」
川崎は不満気に頬を膨らませていた。
「いや、別に」
その横には山下の姿もあり、スッと俺の耳元に顔を寄せてくると、
「ミスクライスのことでも考えていたのだろう?」
「っ……」
俺は反射的に距離をとるも、山下はニヤニヤしながら俺を見ていた。
気持ち悪い奴だなったく。
「で?」
そしてもう一人、横山の姿もあった。
横山はなぜだか申し訳なさそうに、ぺこりと軽く頭を下げてくる。
「お前ら、そろいもそろってどうしたんだよ」
「友と同じさ。買い出しを……と言っても、僕はミス千夏の付き添いだけれどね。ミス千穂は下駄箱のあたりでうろうろしていたので連れてきたんだ。買い出しの車両貸し出しのことがよくわからないというんでね」
「いや、俺達免許持ってないだろ」
俺の問いに、山下は意外そうな顔をした。
意味が分からずいると川崎が、
「今年は、先生が車を出してくれることになったんです。三年生の免許取得率が低くて、動かせる人がすくないからって」
「なるほどな」
端的な説明に納得していると、裏門から一台の車が入って来た。
トヨタ自動車の……車種名はわからないが、業者などが使っているそれなりに人も荷物も乗る大きめの車だ。
「友よ。来たようだね」
「言われなくても見ればわかる」
入ってきた車が止まると、大きな荷物を下ろしつつ、複数人の生徒が下車してきた。
意外だったのは、運転席から下りてきた人物が小沼だったことだ。
小沼は背伸びをすると、心配そうに荷物を下ろす生徒たちを見ているが……俺はあんたがその背丈でこのサイズの車を安全に運転できるのかのほうが心配だ。
「友はどこに行くんだい?」
「セキチューでいいだろ」
「ほう。では同じでいいね」
そんな中、横山が申し訳なさそうに俺のほうを覗き込んできた。
「あの……うち、この辺のお店とか全然わからんくて……コーナンってこの辺にありますか?」
「コーナン?」
聞いたことがないな。
俺の反応から近辺にないと理解したのか、横山は困ったように眉間にしわを寄せていたが、そこで山下がパチンと指を鳴らす。
「ミス千穂。大丈夫さ」
「おい、山下。いい加減なことを言うなよ?」
「友よ、僕を何だと思っているんだい? コーナンはセキチューと同じホームセンターさ。つまり、ミス千穂の用事も同じくセキチューで済むということだろう」
「ほんまですか?」
「もちろんさ」
横山は胸をなでおろす。
「よかったです。この辺の地理全然わからへんし、生徒手帳の地図アプリで調べても知らん名前ばっかりで不安やったんで」
「レディーを安心させられたのなら、なによりさ」
キザったらしいセリフは鼻につくが、こいつは本当になんでも知ってるな。
山下の知見の広さに釈然としないながらも感心していると、遠くから声がかかった。
「みなさーん。乗りますかぁー?」
「山下、お呼びのようだぞ」
山下はなぜか俺にウィンクしてから、小沼のほうへと歩いていく。
「ミスティーチャー小沼先生。お誘いいただきうれしい限りです。ぜひ、素敵なデートとなるようエスコートさせてください」
「ふぇぇっ! そ、そんな、生徒とデートだなんて、いけませんよぉ~」
あんな様子の小沼の運転に命を預けていいのか一抹の不安はあるが……まあ、大丈夫だと思うほかないだろう。
「行くか」
山下に続き、俺と川崎、横山も歩き出す。
……今頃、会長はどうしているんだろうかと、俺は頭の片隅で考えていた。
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