第28話「本物の戦場」

 春花の秘策により移動した俺は、高崎駅直上付近から落下していた。

 風圧が顔を叩き、呼吸は苦しいが、耐えられない程じゃない。

 そんな事よりも、地獄と化した光景が眼下に広がる状況のほうが、よほど耐え難かった。


 倒壊したビルの数々に、二次災害的に上がる火の手と煙。逃げ惑う人々と……瓦礫の隙間に挟まり息絶えた人々の姿は、まるで特殊害生物発生初期の対抗策が確立する以前の光景のようで……幼いながらもたびたび目にしたその光景と、眼下の地獄が重なって見えた。


「くそっ……」


 何もできないことがもどかしいが、余計なことに意識を裂くわけにはいかない。

 まずは、川崎の安否確認と合流が優先だ。俺が単騎でどうにかできるほど、戦場は甘くないだろう。


 視界に入るだけでも紅の大型種が二体に紺碧の中型種が四体。それから、翠の小型種が五体。いったいどこからどうやって現れたのかは知らないが、今のところ俺の存在には気づいていないらしい。


 上空へ向かってブレスを吐かれたら、とれる手段は限られていたからな。どうにか無事に着陸できそうなことは、唯一の救いだろう。

 俺はズボンのポケットに入れていた無線イヤホンを左耳に突っ込むと、両手両足を広げて水平を保つようにして、落下に極力抵抗するようにした。


「直美! 聞こえるか!」

『っ! うん! なお坊! 無事についたんだねっ!』

「ああ、だから問題ないって言っただろうが。それより、川崎だ。現在地は?」


 生徒手帳から発せられる衛星位置情報が、その場所を示してくれるはずだ。


『なお坊の現在地から向かって左斜め前あたり! 足利銀行のビルがあるの! わかる!?』

「ああ」


 上空からでも足利銀行の文字がはっきりと視認できる。


『そのビルの裏手路地の通りあたりに反応があるよ!』

「……わかった」


 付近に中型種が一体……まずいかもしれないな。ビルの一部が壊れている。すでに襲撃を受けているかもしれない。


「直美。付近に特殊害生物がいる」

『ッ! 行くのかい?』

「ああ。軍は?」

『あと数分で展開が完了するみたい。それまで持ちこたえて。……間違っても――』

「正面切っては戦わない。わかってる」


 俺の実力ではどうにかできないことくらいはな。


「そろそろ接敵する!」

『武運長久を祈るよっ!』

「ああ!」


 俺は右手にスネークソードを顕現した。

 このままの勢いで降りたら、川崎のいる地点へ急行できないのはもちろんのこと、落下の勢いを殺し切れずに地面に着地することになる。そうなれば、体にかかる負荷は使い手であれども許容範囲を超えるのだ。戦闘などできるわけもない。


 足利銀行のビル上部には、おあつらえ向きに煙突のような排気ダクトか何かが設けられている。あれを利用しよう。

 俺はスネークソードを伸ばすと、そこに巻き付けた。

 火花が散り、コンクリート製の壁面に刃が食い込む。そこを支点として俺は振り子のように弧を描きながら中空を移動した。


「くぅっ……」


 風圧がかかり、肺への負担が増し、苦しい。だが、この程度……問題は、ない。

 落下の勢いが横方向の運動へと変わり、方向を修正しながら勢いを殺していく。

 川崎はどこだ……この先の裏手あたりと直美は言っていたはずだが……っ!


「あれはっ……」


 視界の先には川崎と雅之の姿に加え、その前に立ちはだかるA01中型種の姿があった。

 A01は紺碧の鱗を逆立て、喉元を青白く発光させている――間に合えっ!


「っ!」


 俺は軌道をA01中型種へ合わせ、体が慣性で跳んでいく方向を定めると同時にスネークソードを消し、再度剣を顕現する。ブレスを止めるには、一撃で殺すしかないが俺にはそれをなせるだけの能力がない。できるとしたら、口を無理やり閉じさせるだけの威力を叩きこむことくらいだろう。


 俺の能力値でそれを可能にするには……切ることは捨てて、重量を優先し、切れ味よりも鈍器としての活用が可能なレベルの大剣を生み出せばいい。

 俺はその思想で再構築し顕現した体の三倍はあろうかという大剣を振り上げると、上空からの移動により発生した勢いも乗せて、A01の頭上めがけて振り下ろした。


「間に合えっ……!」


 間一髪。今まさに放出されようとしていたブレスが、閉口したことにより爆発し、A01の顔を燃やした。

 俺は剣を消して上空で一回転すると、膝を曲げて勢いを殺しながら川崎たちとA01の間に立ちはだかるようにして着地し、再度片手直剣を顕現し構える。


「悪い、遅くなった」

「……桐原さん!」

「……っ」


 なんだ? 足首が僅かに傷む。

 いや……予想はしていたが、あの無理な移動で体に何かしらのダメージが出ているんだ。……だが、それでも戦闘継続は可能な範囲だ。


「川崎。雅之を連れて逃げろ」

「っ! でも……」

「時間がねぇ! 早く!」


 先ほどまで燃えていたA01の顔から炎は消え、融解していた肉が、皮膚が、逆再生する映像のように元に戻っていく。

 特殊害生物A01の基本特性だ。首を切り取らない限り、永遠に再生し続ける。

 俺単独でこいつの首を切り落とすのは無理かもしれないが、川崎が逃げる時間を稼ぎ出すくらいは――


「桐原さん」


 川崎は俺の横へと駆け寄ってくると剣を構えた。


「っ! お前、何やって――」

「桐原さんは、お兄ちゃんをお願いします」

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