第3話「美少女二人と初下校」
入学式の終了と共に体育館から吐き出された生徒たちの波はそのまま本校舎へと流れていく。
正門から見て右手にある体育館から、左手手前にある本校舎へは五分と少しと言った所だ。
開け放たれたガラス製スイングドアの昇降口入り口に到着した奴から順に下駄箱に向かっていくのを見つつ、春花は遅れてくるのだろうかと考えていると、横にいた沢渡が話しかけてきた。
「えっと、桐原君は何組?」
「さあな」
「私、六組なんだけど」
「そうか」
入学審査の結果は事前に書類で郵送されていて、クラスは全六組で成績順。
つまり六組は、一言で言えば落ちこぼれクラスであるわけだ。
にも拘わらず、沢渡は別段気にしている様子がない。変な奴だ。
そうこうしているうちにようやく到着した下駄箱で自分の場所を見つけると靴を脱ぎ、鞄の中に入れてきていた上履きに履き替える。
沢渡が来る前にさっさと行ってしまおうと、俺は廊下を歩き始めた。
「え、まってよ」
なぜか、沢渡は小走りで近づいてきた。なつかれてしまったらしい。
野良猫にうっかりミルクを恵んでしまったような気分だ。
「なあ、友達がいないからって、俺に付きまとうなよ」
「うぅ、ごめん。でも、助けてくれたし、一緒にいると安心するから」
意味が分からん。
俺は気にしないことにして、自分の配属されたクラスを目指すことにした。
一年生の教室はすべて一階で、俺が向かうクラスはその中でも一番奥の教室だ。
奥に行くにつれて人波の勢いが減少していく中、構わず歩く俺の横にずっとついてきていた沢渡が、三組の前を通り過ぎたあたりでまたも話しかけてきた。
「桐原君、強かったから一組かと思ったけど、違ったんだね」
悪意なく言ってそうだが、嫌味にしか聞こえない。
「組分けは対人戦闘能力で決められるわけじゃない」
「……え?」
「能力値がすべてだ」
「……うん、そうだね」
能力値が高ければ強い武器を顕現できる。逆もしかりだ。高い能力値の使い手が顕現した武器には固有能力もあるからな。
それは、努力で埋められる差ではない。絶対的な才能の差なんだ。
心底嫌な気分になりながら、一番奥の教室に到着すると、後ろの入り口から入った俺に。
「え? 桐原君も……?」
沢渡が驚いたような声を上げたが、無視だ。
電子黒板に映し出された席順を確認し、俺は窓際から二番目の列の一番後方の席に座る。
とりあえずこれで、沢渡から離れられると思ったのだが……。
沢渡は俺の左隣である窓際一番後ろの席に座った。
何だって、隣なんだよ。
「よかった、桐原君の隣で」
良いわけあるか。
これ以上話しかけてこないように釘をさすべきか……俺が迷っていると。
「みなさーん、そろってますかー?」
やや間の抜けたような、おっとりとした声と共に前側のドアから女が入ってきた。
到底教員とは思えないような、ふんわりとした様子そのままな服装の小柄な女だ。
おそらくはクラス担任だろう。
フレアデザインのロングスカートに丸襟と、趣味趣向が幼いのがわかる。
ここが、国防大付属だとわかってんのか、こいつは。
女は教壇に立ち教室を見渡すと、席がすべて埋まっていることを確認し、頷いた。
「はい! 全員出席、えらいです!」
女は、中学生と言われても信じてしまいそうな童顔で笑顔を見せると、ボリュームのあるショートカットの黒髪を気恥ずかしそうに触りながら続ける。
「今年から三年間、皆さんの担任教官を務めさせていただきます。
小沼はそう言って頭を下げると教卓に勢いよくおでこをぶつけた。
「あいでっ!」
ごつんという鈍い音と共に涙目になった小沼は今しがた教卓にぶつけたおでこをさすっている。本当にこんなんが担任で大丈夫か? 人事局は仕事してんのか?
「で、ではぁ……、初日なので、自己紹介をしましょぉー」
涙目の小沼が視線を送ったのは廊下側一番前に座る男子生徒で。
「はいっ!」
気合の入った声で立ち上がった男子生徒は、おそらく準備していたと思しき内容をつらつらと喋りだした。
そんな具合で、俺を含め最後の沢渡まで計三四名がつつがなく自己紹介を終えると、ようやく痛みが引いたのか涙目から復活した小沼が満面の笑みを見せてきた。
「はい! ということで、皆さん仲良くしましょうね。来週からは授業開始なので、係とか決めるのを明日にします! うっかりしないように気をつけましょうね! では、さようならです!」
ここで誰かが代表となって号令をかけるのが一般的だと思うんだが、どうするのかと思ってみていると、小沼のみが勢いよくお辞儀をした。そして。
「いでっ!」
おでこを教卓にぶつけていた。間抜けにもほどがある。
「ふえぇ~、もうやだぁ~」
小沼は泣きべそをかきながら足早に教室を出て行ってしまった。
残された生徒たちはどうしたらいいものか少々逡巡していたが、俺は真っ先に鞄を手にすると、立ちあがった。
「あ、桐原君……」
横の沢渡があわてたようにカバンを持って俺に続こうとするが、もちろん待ってやる義理はない。
俺が一人で教室から出ようとした、そんなタイミングだった。
「真輝ーっ!」
俊敏な動作で行く手を阻むように目の前に現れたのは春花だった。
そのまま、勢い良く抱きしめてくる。
春花の体温は温かく、柔らかな胸部が押し付けられると、なんとも言えない安心感があるな。
「春花。離れろ」
「やだー」
「周りの目を気にしろよ」
「ぶー」
嫌だと言わんばかりに俺の胸に押し付けられた春花の頭部が左右に振られると、ポニーテールが元気に跳ね回り、それによってふわりと運ばれてきた春花の香水と汗のブレンドが鼻腔をくすぐった。
「桐原君?」
しまった。背後に沢渡がいやがる。春花に気を取られて失念してしまっていた。
春花は声に反応して俺から離れると、沢渡の姿をとらえて満面の笑みを浮かべた。
「うわぁ! すんごい美少女だ!」
春花は目をキラキラさせながら、沢渡の所へ駆け寄ると、その手をぎゅっと握りしめた。
「私、岸春花! あなたは?」
「あ、えっと、沢渡愛里です」
春花のあまりの勢いに、沢渡は気圧されていた。
「愛里ちゃんか! うん、名前も可愛いね! ねぇ! 一緒にお昼いかない?」
「え?」
沢渡が驚いて固まっているが、その疑問符には俺も同意見だ。
なんで、沢渡とお昼に行かなきゃならんのだ。
「真輝とこれからお昼いくからさ、一緒にどうかなって思ったんだけど……もしかして、先約があった?」
「いえ、とくには」
「じゃあ行こっ!」
春花は沢渡の手を引くとそのまま俺の横を素通りし、廊下へ。
俺のことなど待つそぶりもなく下駄箱に向かって歩き始めてしまった。
「ったく」
仕方がないので、俺もその後ろをついていくことにする。
他クラスも今日は終わりのようで、廊下は生徒たちですでにガヤガヤとうるさい。
そんな中でも春花の元気な声は、よく通って聞こえてくる。
「愛里ちゃんのその髪、綺麗だよね! 地毛なの?」
染めてたら大問題だろ。
「あ、えっと、突然変異って言うのか……。両親は黒髪らしいんですよね。それに、血も純粋な日本人のはずで……」
両親の髪の色を、らしい、ときたか。なんだか、面倒な事情がありそうだな。春花、それ以上突っ込むんじゃないぞ?
「そう言えば! うちの担任、すっごい普通の先生だったんだよねぇ……」
日本で軍に入隊できるのは十八歳以上だからな。
あんまり厳しいと使い手協会や人権団体が五月蠅いだろうとか寝ぼけた忖度で、高等学校としての側面が色濃く出ているって話は聞いていたが、まあ、予想以上ではあったな。
特に六組の担当教官の様子はあまりにも予想外過ぎだ。
「愛里ちゃんのところはどうだった?」
「私のクラスも普通……あ、いや、天然な感じの優しそうな人で……」
「てか、愛里ちゃん、なんで敬語なの? 同い年じゃん」
「あ、えと。岸さんは、新入生代表の首席ですし、私は本当におこぼれ入学みたいなもので……」
「関係ないよ! もう、お堅いなぁー、春花でいいよ!」
「あ、えっとじゃあ……。……春花ちゃん、でいいですか?」
「ですか、もいらない!」
「あ、えっと……春花ちゃん……で、良い?」
「良い!」
ハイテンションな春花はそう言ったと思えば振り返ってきて、興奮気味な笑顔を見せてきた。
「美少女にちゃん付けで呼ばれちゃったよぉ~」
「そうか」
お前のほうが美少女だけどな。
「愛里ちゃんはどこに住んでるの?」
「あ、寮に」
「寮生なんだね! 厳しいって聞くけど、どうなの?」
「あ、まだ、入寮したばかりでそこまでは……」
「だよねぇ……。あ、ちなみに私は真輝と一緒に国道の向こう側にある住宅街のマンションに住んでるんだ」
「……え? 一緒に住んでる、の?」
沢渡さんが、いぶかしむように俺のほうを見てきた。何だってんだ。
「私、真輝と付き合ってるからさぁ~、えへへ」
春花は下卑た笑顔を浮かべていた。恥ずかしいから、やめてくれ。
沢渡さんも驚いたような顔してるぞ。
「春花ちゃん。付き合ってるって言っても、さすがにこの年で同棲は……」
「え? 何か問題があるのかなぁ?」
「えっと、いろいろ……ない?」
「あ、確かにある」
「……やっぱり」
沢渡が俺のほうをジト目で見てきたぞ。何だってんだよ。
「ナイトブラ付け忘れて真輝に今朝注意された」
「……へ?」
沢渡さんの表情が固まっていた。いや、そんなに不思議なことか? 胸の形状はスタイルにおいて重要な要素だと思うんだけどな。
「愛里ちゃんは、全裸のままブラ付け忘れて寝ちゃうことない?」
「……え? ……は?」
沢渡さんには理解できないらしい。
まあ、それもそうか。
寮生だって話だし、気の張りようは一人暮らしの比じゃないだろうからな。
特務科高校の寮は一人部屋もあるらしいが、とはいえ何かの拍子に変なところ見せるわけにはいかないだろうし。
「春花ちゃん、一つ、聞いてもいい?」
「なに?」
「マンションの部屋って、どのくらい大きいの?」
「え? うーんと……」
春花は覚えていないらしく、振り返って俺のほうを見てきた。
「2DKだ」
「だってさ!」
沢渡は再び難しい顔をすると、少々逡巡してから意を決したように口を開いた。
「ねえ、個室は?」
「え?」
「春花ちゃんの部屋とか……」
「ないよ?」
「……ベッドは?」
「キングサイズなんだよ! おっきいよ!」
「あ……うん。そう、なんだね」
沢渡は困惑した様子を見せたかと思うと、気まずそうに視線をそらしていた。
まあ、人の生活環境を聞くのは気まずいもんかもな。踏み込み過ぎて、悪いと思ってるのかもしれないが、春花はどうせ気にしてなんかいないだろう。
などと、考えているうちに下駄箱までたどり着いていた。
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