第8話 花のベッド

 モンクリーフの移動用魔法で『癒しの森』に着いた一同は、ロッティが小屋に入らず違う方向へ歩き出して慌てて追いかけた。


「おねーさま、小屋に入らないの?」

「うん。こっちよ」


 数分ほど森の中を歩くと、やがて青白い光を放つ花園へ到着した。

 花園はマーガレットやスズランの花が、絨毯のように地面を覆っている。そして不思議なことに、地面から青白い光が湧き出ていた。


「キレイなところだねえ…」


 掌の上にメイブを乗せたまま、感嘆したようにフィンリーが呟く。


「ぴよぴよ」

訳:[『癒しの森』の中で、最も美しく清らかな場所なのですよ]

「そうなんだね~」


 メイブは口を噤んで、内心ダラダラと汗をかいた。


(やっぱり…通じているのです…)


 花園を更に奥へと進んでいくと、淡い紫色の牡丹のような形の大きな花が咲いている場所に出た。


「この花の上に、王女様を寝かせて」


 ロッティが牡丹のような大きな花を示す。


「はい」


 レオンは花の中心に、そっとチェルシー王女を寝かせた。


「でっかい花だねえ。花のベッド?ってかんじ」

「まさにそれ」


 驚きを隠さないフィンリーに、ロッティは真顔で頷いた。


「この花園は『癒しの森』の癒しの力がもっとも濃く湧きだしている場所なの。そしてこの花のベッドは癒しの力をしっかり患者に注いでくれる。ここで寝ていれば数時間で完全回復できるくらいね。まあ『魔女の呪い』には無理だけど、苦しみと痛みがだいぶ和らいで、少しはラクになると思う」


 フィンリーの掌の上でおとなしくしていたメイブは、チェルシー王女の顔の横に降り立った。そして頭をそっと頬に擦り付ける。

 やがてチェルシー王女が薄っすらと目を開いた。


「あ…ここ…は」

「姫様!」


 歓喜してモンクリーフが傍らに膝をついた。


「まあ、モンクリーフ…」

「お加減は如何?苦しくないですか?痛くはない?」


 涙を浮かべてまくしたてるモンクリーフに、チェルシー王女は柔らかく微笑んだ。


「少しラクになったかんじがします…」

「ひめさまあ」

「はい、ちょっとおどき」

「ああん」


 ロッティはモンクリーフを邪険に押しどける。


「初めましてチェルシー王女殿下。私は”癒しの魔女”ロッティ・リントンと申します」

「…お名前は以前、モンクリーフから伺ったことがあります」

「あまりゆっくりした時間がとれませんので、本題に入らせていただきますね。殿下はご自分の身に起こったことは、覚えておられますか?」


 チェルシー王女はしばしぼんやりしたあと、少し考え込んだ。


「謁見の間でお父様と一緒に政務にあたっていました。その時突然、”曲解の魔女”殿が姿を現したのです。そして身に覚えのない言いがかりをつけられました…」

「ホントあったまきちゃう!あのクソババア!」

「おだまり小娘」


 ロッティのグーが、ポカッとモンクリーフの脳天に炸裂する。


「”曲解の魔女”殿のペットをわたくしが害したとのことですが、本当に何もしておりませんし、ペットの存在すら知りません。怪我を負わせたり死に至らしめるような行為を、わたくしはしておりません」

「なるほど…」

「本当に判りません。何故こんなことになってしまったのか」


 戸惑いと悲しみが同居した表情で、チェルシー王女は目を閉じた。


「”曲解の魔女”殿はとてもお怒りで、そして悲しんでおりました。”曲解の魔女”殿が杖をわたくしに向けた後、胸のあたりが急に痛み、苦しみ、そして意識を失ってしまい…今に至ります」

「とんだ災難をかぶってしまったわね、殿下…」

「はい…」


 重苦しい空気が花園にのしかかる。


「殿下が受けたその苦しみの原因は、『魔女の呪い』という強力な呪いです。相手を散々苦しませ、苦しみぬかせて死に至らしめる残酷な呪いなの」


 感情を抑えたロッティの言葉に、チェルシー王女はグッと口をつぐんだ。


「でも安心してください。その呪いは私が解くことができます」

「まあ」

「ただ、呪いを解くために必要な材料が手元にありません。私とレオン、モンクリーフ、フィンリーの4人でそれを取ってきます」

「ぴよぴよぴよおおお!」

訳:[わたくしめも!わたくしめも!]


 忘れられたと思って、メイブは慌てて声をあげた。


「もちろん、メイブも一緒よ」

「ぴよ!」

「殿下はこの花のベッドで身体を休めていてください。『癒しの森』が殿下の苦しみと痛みを和らげてくれるでしょう」


 そして、と、ロッティが森のほうへ声をかけると、何やらぞろぞろ現れ花のベッドの周りに集まりだした。


「この子たちは私が創り出した魔法生物ゴーレムです。とてもいい子たちで働き者なの。殿下のお世話をしてくれます。おしゃべりはできませんが、殿下の言葉はちゃんと理解していますよ」


 ペンギンに似たような形をした魔法生物ゴーレムたちは、不安そうにするチェルシー王女に、ぺこりと頭を下げた。その愛らしい様子を見て、チェルシー王女の顔が安堵してほころんだ。


「私たちが戻るまで、どうか安心して、ゆっくりお待ちください」

「はい。ありがとうございます、”癒しの魔女”殿」


 背後に控えていたレオンとフィンリーが、前に出て王女の傍らに跪く。


「姫様、御身をお守りできず、本当に申し訳ありません!」


 心の底から絞り出すように謝罪するレオンに、チェルシー王女は驚いて目を見開いた。


「まあレオン、あなたは何も悪くないのですよ。そんなふうに謝らないで」

「姫様…」

「俺と団長は、メイブたんと魔女殿を護衛して、目的を果たしてきます。心を安んじてお待ちください」

「お願いしますね、フィンリー」


 にこりと微笑んだ後、チェルシー王女は目を閉じ眠ってしまった。


「姫様…」


 悲しみを堪えるような声を出し、モンクリーフは身を乗り出してチェルシー王女をのぞき込む。


「体力をこれ以上奪わせちゃダメよ。今はとにかく、ゆっくり休ませてあげないと」

「うん」


 ロッティに背中を叩かれて、モンクリーフは立ち上がった。


「この場は魔法生物ゴーレムたちに任せて、場所を変えましょう。私の小屋へ行くわよ」


 歩き始めたロッティに、みんな後に続く。その時レオンはふとあるものに気づき、何気なく口にした。


「”癒しの魔女”殿、あの棺は?」


 その瞬間、モンクリーフがレオンの胸を裏手で激しく殴打し、そして鋭く睨みつけた。メイブも力いっぱいレオンの顔に体当たりする。


「ぴよぴよぴよ!」

訳:[弁えなさい下郎!]


 モンクリーフとメイブの態度に、レオンは気圧されて黙った。その様子を見ていたフィンリーは、


(触れちゃいけないモノだな…)


 何も言わず振り向きもしないロッティの背中を見やって、恐縮したように肩をすくめた。

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