聖女の矜持~騎士が愛していたのは、私じゃないはずでした~
弥生紗和
聖女の目覚め編
第1話 目覚めたらそこは
「この女に聖女の才能はないようですね。すぐに外に追い出しましょう」
ため息をつき、首を振る中年の男。彼は大きな器のような物を持っていて、器からは青い炎がゆらゆらと揺らめいているのが見える。
「そうですねえ。どこか遠い国から来たようですから、何か特別な力でもあるのかと思いましたが……見当はずれでした。オズウィン司教、お手を煩わせて申し訳ありません」
オズウィン司教と呼ばれた中年の男に、別の女が詫びている。
「構いませんよ。あの『聖女の霊廟』で見つかったのですから、何かあると考えるのは当然です」
そう言ってその場にいた全員が、一斉に中央にいた一人の女をみる。女は栗色の長い髪で、若く美しい顔立ちをしていた。事態が飲み込めていないのか、ぽかんと口を開けている。
「あの……」
「それではすぐにでもこの女を外へ……」
「あの! ちょ、ちょっといいですか?」
女は大きく息を吸い、自分を外に追い出そうと話している者達に声を張り上げた。
「まず、ここはどこですか? あと私の荷物はどこに行ったんですか? それに目覚めた私の手をその、青い炎の中に無理やり入れて手がジュってなったんですけど今の何ですか? それと何で私はあなた達の言葉が分かるんですか?」
一度に言い切り、大きく息を吐くこの女。彼女の名前はカレンと言う。日本で育ち、女優を目指して頑張っていたが鳴かず飛ばずの人生を送っていた。ある日気分を変える為に生まれ故郷に帰った所、突然気分が悪くなり、気を失った。
そして気がついたら、目の前にいるおかしな者達に取り囲まれていたのだ。いきなり青い炎がゆらめく器の中に手のひらを突っ込まれ、ちょっと手がジュっとなった。熱いと騒いだらすぐに別の若い女が手をかざし、暖かな光に手のひらが包まれたかと思ったら、手の痛みはすっかり消えていた。
オズウィン司教が目を丸くしながら、カレンに答える。
「ここはアウリス領にある『アウリス・ルミエール教会』という所です。あなたは何も荷物を持っていませんでしたよ。青い炎に中にあなたの手を入れたのは、聖女としての才能があるかどうか確かめる為です。それと、あなたが我々の言葉を理解しているようで何よりです。その理由は分かりませんが」
「えーと」
カレンは口を開けたまま、次に出る言葉を探っていた。
「あなたが『聖女の霊廟』で倒れていた所を、我々が発見して教会に運んだのです。この青い炎は『聖なる炎』と言い、聖女の力の源……。聖女の才能がある者は、この炎に耐えられますが才能がない者は身体を焼かれるのみ。よってあなたには才能がないとみなします。今すぐにここを出るとよいでしょう」
「えーと、理解が追いつかないんですけど、つまりここは日本ではない? ということですか?」
ニホン……? ニホンって何? みたいなことを呟きながら、その場にいた者達がざわざわし始めた。
「……あなたの国の名前は存じませんが、どこか遠い所から来たのは間違いないでしょうね。お気の毒ですが、アウリス・ルミエール教会では行く宛てのない者を保護することはできません。教会の外には市街地があります。そこにあなたのような困った者を保護する町の教会がありますから、そちらへ行くといいでしょう」
「待ってください、ええと、オズ……なんとか司教さん……? 教会って困った人を助けてくれる所じゃないんですか?」
「オズウィンと申します。ここは特別な教会でして……聖女様をお守りする為の場所なのですよ」
オズウィンが困った顔でカレンを見る。
その時だった。突然部屋の扉が開き、三人の男女が入って来たのだ。
「オズウィン司教。聖女の霊廟で見つかった女性と言うのは、その方でしょうか?」
先頭に立つ女性はとても美しかった。輝くようなプラチナブロンドの長い髪を揺らせ、高く美しい声が部屋の中に反響する。
「セリーナ様。この女がそうです」
オズウィン司教が膝を軽く曲げ、さっと跪く。それと同時に部屋の中にいた者達が全員セリーナに跪いた。
「まあ、あなた。変わった服を着ているのね……」
セリーナと呼ばれた女は、カレンに近づくとまじまじと顔を見た。まるで人形のような整った顔立ちに、カレンは思わず息を飲む。
「オズウィン司教。この女はどうするのです?」
セリーナの後ろにいた、剣を携え、背が高く体格のいい男がオズウィン司教に尋ねた。
「聖女の才能がなかったので、町の教会へ行っていただこうかと」
「聖女の才能がない……?」
男はじっとカレンを睨むように見る。男は顔立ちが整っているが、ダークブラウンの髪から覗くその瞳は鋭い。
「残念。聖女の霊廟で倒れていたなんて、いかにも聖女の登場みたいなのにね」
もう一人の男も、隣の男と同じ格好だ。隣の男よりも少し細身だが、やはり彼も背が高い。癖のある金髪に少し垂れた青い瞳を持ち、隣の男に負けず劣らず美形である。
「オズウィン司教、この女性を外に追い出すのはやめていただけませんか?」
「……!? セリーナ様、なぜそのようなことを?」
セリーナが突然言い出したことに、その場にいた全員が驚いた顔をした。
「この方が何故聖女の霊廟で見つかったのか、その理由が分かるまでは彼女を外に追い出すわけにはいきません。今、聖女の才能がなかったとしても、今後才能が発現する可能性がないとは言えません。しばらくの間、この方を教会で保護するべきではないかしら?」
「し、しかしセリーナ様。あなたのお気持ちは分かりますが、聖女の才能がない者をここに置くわけにもいきませんし……」
オズウィン司教は困惑している。周囲の者達もどう答えていいか迷っているようだ。
そこへ、ダークブラウンの髪の男が一歩前に出た。
「オズウィン司教、それならばこの女はうちの『アウリス騎士団』で預かる、と言うのはどうです?」
「へえ、ブラッド。お前がそんなことを言うなんて、珍しいじゃないか」
「エリック。セリーナ様がこう仰ってるんだ。確かに聖女の才能がない女を教会に置いておけないが、うちの騎士団で保護するのなら問題はないだろう」
「……まあ僕は、副団長の決めたことならば文句はないよ」
どうやらこの二人は騎士団に所属する騎士のようだった。ダークブラウンの髪の男がブラッドと言い、副団長という立場のようである。そして隣に立つ金髪の男はエリックと言う名前のようだ。
「助かります。ブラッド、それならば、この女性をお願いしても?」
「お任せください、セリーナ様」
背の高いブラッドが美しいセリーナに跪く様子は、まるでカレンが昔見た映画のワンシーンのようで、まるで現実感がなかった。
「あのー……」
おずおずと手を上げ、発言しようとするカレンを無視して、彼らはどんどん話を進めていく。
「ブラッド副団長がそう言うなら、我々も反対はしませんよ。この女には使用人として仕事を与えるとよいでしょう」
「そのつもりです。人手はいくらあっても足りませんから」
「どこから来たのか分からない女に、仕事なんかできるかなあ」
腕組みをして、にやけた顔でエリックがカレンに目をやる。
「簡単な仕事ならばできるだろう。それではセリーナ様、俺はこの女を『騎士団の館』まで連れていきますのでここで失礼します。セリーナ様はエリックに送らせますので」
「ええ、お願いね」
セリーナとブラッドは軽く頷き合う。この簡単なやりとりの中に、二人の間の深い信頼関係がうかがえた。
話が終わったのか、ブラッドはカレンに近寄ってきた。
「さあ、行くぞ。俺について来い」
有無を言わさぬ言い方だ。カレンは言い返すこともできず、ただ頷くことしかできなかった。
これが、カレンが初めてこの不思議な世界にやってきた日の出来事だった。
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