第6話 おや旦那が迎えにきたようだ
メリーはキャメロンと共に屋敷をパタパタと掃除していた。
なぜか分からないが、ただ飯喰らいは良くない、ということで働かされている。
「……シンデレラ?」
メリーは時折、はたきを振るう手を止めてつぶやいたりしてみた。
出戻りとはいえ、コンサバティ侯爵家の娘であるメリーが掃除に駆り出されるのはおかしいだろう。
仕事をするにしても。
書類仕事とか、針仕事とか。
肉体労働ではない部類の仕事も、この家にはたくさんあるはずなのに。
なぜ掃除?
「メリーさま、手が止まっていますよ」
メイド長の鋭い声が飛ぶ。
メリーは、メイド長の厳しさそのものは嫌いでなかった。
だが、その厳しさが自分に向くとなると、ちょっと違うかなー、とも感じる。
この屋敷のお嬢さまであった私がなぜ掃除? 解せぬ。
メリーはそう思いつつも、大人しくはたきをパタパタと振った。
「お嬢さま、お上手です」
「ありがとう、キャメロン」
なぜならキャメロンが褒めてくれるからだ。
「ナイスポーズです。その調子で続けたら、ますますスタイルがよくなってモテモテになっちゃうかもですよ、お嬢さま」
「あら、そう? まぁ、それは大変」
キャメロンは褒め上手である。
ついつい乗せられてメリーは気分よく掃除もやってしまうのだ。
もともとメリーは掃除が嫌いなタイプではないらしく、キャメロンと一緒に楽しく作業が出来てしまっていた。
この感じ、嫌ではない。
「でも掃除は、一番格下のメイドがするものなのではなくて?」
「そこは気になさらず。細かいことを考えているとシワが増えますよ」
「それもそうね」
掃除をするといっても全てをひとりでするわけでもないし、とメリーは手を動かした。
屋敷内は広いので、はたきをかけるだけでもかなり手間がかかる。
「美容体操のつもりでやればよいでしょう。お嬢さまの手が荒れないように、水仕事は断固阻止しますので安心してくださいませ」
「ありがとう、キャメロン」
キャメロンが上手に自分を転がしてくれるのを感じると、メリーはキュンキュンする。
元婚約者だということを言われたからだろうか。
性別が変わったり、婚約者であったことを忘れてしまったりなど謎めいたことが沢山あるが、この国では魔法が使える。
些細なことで驚いていては、心臓がいくつあっても足りない。
「あら?」
メリーは、はたきをかけながら窓の外に視線を向けた。
すると、大きな窓ガラスの向こうにトレンドア伯爵の姿が見えた。
キャメロンが眉をしかめて言う。
「旦那さまがいらっしゃいましたね」
「元旦那ね」
「いえ、まだ書類が整っていませんから、旦那さまですよ?」
キャメロンは小首を傾げた。
はたきを両手で抱えるようにして上目遣いで見上げるキャメロンは、キュルンとした感じでとてもかわいい。
思わずメリーの胸は高鳴る。
キャメロンが元は婚約者で、男性にもなることを知ってからメリーの心身の働きがおかしい。
忘れていたときには普通に女性メイドとして扱っていたのに、我ながら変だ。
「元婚約者だというのに、トレンドア伯爵に腹は立たないの?」
なんとなくメリーは聞いてみた。
「別に。お嬢さまの幸せが一番ですから」
はじけるような眩しい笑顔で言い切るキャメロンに嘘はないようだ。
「でも、女の子になっちゃうくらいはショックは受けましたよ」
さりげなく加えられた一言にキュンキュンする。
メリーはちょっと自分が分からない。
キャメロンを見て、トレンドア伯爵を見て。
再びキャメロンを見る。
どうしてキャメロンを捨ててトレンドア伯爵と結婚したのか。
メリーは自分でもさっぱり分からなかった。
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