女児な伯爵の物語

14. 予想外な妻がやってきた



 俺は全くと言っていいほど女性経験がない。


 ずっと婚約者はおらず、学生時代は勉学と交友関係の構築に努め、色恋沙汰は避けてきた。ろくに話したことがあるのは家族と領民のみ。

 そう、だから、当主として妻を娶ることになり、俺は内心焦っていた。


 ……が、結果として、女性云々どころではなかった。

 何から何まで、理解不能で驚きの連続だった。


         *


 彼女が嫁いでくる日、俺は門の前で待っていた。

 本来は案内などは使用人に任せ、玄関などで待つべきだっただろうが、因縁深きコルベール家の娘に、皆警戒していた。それに、敷地内に向こうの家の使用人は入れられない。

 最初から敵意の中にいるなんて、流石に可哀想だと思った……のだが。

 馬車から降りてきたのは、ただ一人だけだった。


「これからよろしくお願いいたします」

「……ああ」


 あのコルベール家の娘が、頭を下げただと!?

 まず第一の衝撃はそれだった。


「……荷物はそれだけか?」

「はい、そうですが……」


 そして、持っているのは小さなトランク一つのみ。それで日常生活が送れるのだろうか。そんなものでは三日分の服すら入らなそうなのだが。


「少ないな」

「大変申し訳ございません。私は結納金について何も知らず、手紙を書……」

「待て、何の話だ」


 そして思わず聞いてしまえば、まったく別のことを言われた。頭がくらくらする。なぜそうなる。その前に自分の荷物の少なさに気づくべきだろう。結納金なんて全て済ませてある。


「その、荷物が少ないと仰られたので」

「すでに関連するやり取りは済ませてある。……コルベール家の令嬢は、山のようにドレスを買っているのでは?」


 いうか今着ている服もなんだそれは。パッチワークか何かか? 最新のオシャレというやつか? それとも何か思惑が?


「いえ……それは私の妹のことでございます」


 目を伏せる娘に、衝撃で吹き飛んでしまっていたが、コルベール家には二人娘がいたことを思い出した。

 正妻の娘である長女と、後妻の娘である次女。最初は次女の方を迎える予定だったが、病弱だとかで長女に変わった。

 なるほど。この様子を見るに、童話ではないが、いじめられているのだろう。本当は妹も病弱などではないのかもしれない。


「そのボロ切れのようなドレスは、演出じゃなかったのか」

「……ぼ、ボロ切れ」


 どこからどう見てもボロ切れだった。貴族らしくなく、また口に出してしまうと、彼女は少々ショックを受けた様子だった。いやしかし、腕の部分なんて


「擦り切れている」


 これではちょっと転べば破けるんじゃないのか。……いや、断じて卑猥な妄想なんてしていないが。俺は学友とは違う。


「そ、の布はまだほつれていなかったので、補強していなくて……」

「なぜほつれている前提なんだ」

「元は使用人の方々の古着ですもの」


 使用人の古着だと?

 なんなんだ一体。あのコルベール家に金がないはずもないのに、前妻との娘にはドレスの一着も買わないのか? そしてこの娘はなぜそれを受け入れているんだ?


 問い詰めようとして、彼女の困惑したような怯えているような顔を見た。


 その時、昔こっそり飼っていたリスを思い出した。森で怪我をしているところを拾い、手当をしようとしたら噛まれた。あの痛みは今でも覚えている。小さく少ない歯なのにものすごく痛かった。信用を得ていないうちに、手を出してはいけないのだと学んだ。

 コルベール家の娘は、身長も高く、スラリとしていて見た目は似てもつかないが、雰囲気が似ている。


「……まあいい」


 なんとか言葉を飲み込んで、トランクを持ち、とにもかくにも家へ案内することにした。

 弱っているものには、衣食住と時間を用意しなければならない。

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