第5話「救いの女神」

土砂降りの雨の中、ぬかるみの足元に気をつけながら、先を急ぐ女性がいた。


辺りは暗く、雨で先も見えずらく、城の明かりが頼りな程である道に、突然…森の中から物陰から人が現れた。


白髪の少年なのか?…少女なのか?…分からない子供である。


その子はフラフラしていて、いきなり倒れ込んで苦しそうに息をしていた。


慌ててその子に近づき、抱き上げると、朦朧としていて、衣服には血が滲み、血塗れだった。


何処かで囚われ、ここまで逃げて来たのだろう…


その子の手首と足首には何かで繋がれていた痕跡があり、首輪をしていて、足元は裸足だった。


身につけている衣服も、咄嗟に手にした物を羽織っただけ…と思われる身なり。


どうやら、怪我をしているらしく、熱もあるようだった。


そこへ一台の馬車が通りかかり、彼女の横を通って止まった。


窓から美しい女性が声をかけて、彼女は返事をする為近づいて答えている。


朦朧としていた意識の中、力強く温もりのある腕に、僕の身体が支えられた。


そしてすぐに意識を失った…。




僕が目を覚ましたのは三日後…だった。


怪我は手当されており、衣服や身体の汚れも綺麗に拭き取られ、ベッドで寝ていた。


だが、僕は自分の両手足がベッドに拘束されていると気づく。


ふと、ヤツとの事がフラシュバックして震え出す。


が…

「目が覚めたようだな…」

女性の声がして、そちらに顔を向ける。


褐色の肌の細身だから筋肉質の身体をした女性が警戒心丸出しで僕を睨みつけていた。


「お前は何者だ? 何をしに来たっ。」


彼女の有無を言わさず尋ねてきたが、僕は喋れない事をどう伝えるかを考えながら、左手を動かす。


ガチャガチャと拘束具がなる。


すると、

「あら、ルカ…あの子は目を覚ましたかしら?」

と、別の女性が現れた。


綺麗なドレス姿の美しい金髪の女性…が尋ねてきた。


「姫様…はい、今目を覚ましたようですが、こちらが尋ねても答えないのです。」


ルカと言う女性は姿勢を正し、姫様に答える。


「そう、私(わたくし)にも幾つか質問をさせてもらえるかしら?」


「はい」

と答え、一歩下がるルカと入れ替わるように姫様は僕に近づき、顔を覗き込む。


「私はリオ…あなたのお名前は?」


優しい声で尋ねられるも僕は喋れないと、左手を動かし、懸命に伝えようとした。


「ルカ、この子…喋れないのではないかしら…」


「で、ではどのように尋問すれば…」


彼女達の会話中…僕は左手を動かし続ける。


「あなた、字は書けるの?」


ふと、姫様に尋ねられ、僕は頷く。


「そう…ルカ、この子の手枷を外してあげて」


「ですがっ」


「大丈夫、左手だけを外してちょうだい」


「わ、分かりました」


互いを信頼しあっている二人の会話や行動がわかる。


ルカは手枷を外すと姫様の前で守るように立つ。


羊皮紙とペンとインクが用意され、僕はすぐさま名前と尋ねられた質問を書いてゆく。


<イブキ。 囚われていた貴族を殺し、屋敷から逃げて来た>


書いたものを彼女たちに見せる。


そしてまた羊皮紙に書き込む。


<僕は貴族の屋敷で暗殺者として育てられたが裏切られた。 貴方達に危害を加える事はない。>


「暗殺者…だと」


ルカは僕を睨みつけ、ナイフを手にして僕の首元に近づけ、襲いかかる。


「やめなさい、ルカ」

姫様が止めるも、恐れていない僕を見て、姫様は一目で実力の差を理解したみたいだ。


「イブキ、あなたを信用しろと?」


姫様は僕を見つめ、尋ねる。

僕も姫様の目を見つめ、頷く。


「そう、わかったわ…無理はなさらないように休みなさい。 今は怪我人なのですから。」


姫様の言葉通り、僕は頷き、気を失った。



「姫様、何故あんなヤツを…」


ルカは姫様と部屋を出て、見張りに任せた。


「あの子はルカ、あなたより腕の立つ暗殺者よ。 今は情報を最優先に聞き出すのが先だわ。 それに情報があってるかも調べて。」


姫様は冷静で賢く、現状を見て、僕への判断をしている。


「ですが…今のヤツなら…カラスなら殺れます。」


「ダメです。 情報が先と言ったはずですよ、ルカ…今はあの子の危害は加えないと言う言葉を信じましょう。」


「分かり、ました…」




気を失っている僕を見つめている女性がいる。


彼女は未だ、疑い、警戒心を持ったまま僕を見張っていた。


寝顔は子供であり、白髪で整った顔立ちに見惚れてしまう程の容姿は美しい…


こんなヤツが暗殺者…なのか、首にナイフを突き付けたのに、ビクとも反応しなかった。


拘束されていたとはいえ反応出来なかった訳では無いのだろう…


左手の手枷は外していたのだから、防ぐことは出来たはず…


「クソ、わかんねぇ~っ。」


ルカは考えながら、独り言を呟き、頭を掻きむしる。


「お前はなんで、そんな傷だらけの身体になるまで暗殺者をしてるんだ?」


ルカは可哀想な…哀れそうな声で僕を覗き込み、呟いた。


「ぼくが、生きてく、為には、暗殺者に、なるしか、無かった… この目で、この容姿で、酷い扱い、にあった…だから、殺るしか、なかった…。」


僕はカタコトで答え、目を覚まし、ルカを見つめる。


赤い瞳の左目を見せて、また目を閉じた。


「綺麗な瞳だな…」


優しく囁くルカの言葉を僕は薄れゆく意識の中で聞いていた。


(この目を綺麗…だなんて言う人は貴方が初めてだよ…)


少しだけ気持ちが緩み、ゆっくりと安らかな眠りに襲われ身を任せた。


「ゆっくり休め。」

優しい声と頭を撫でられている感覚が夢であるかのように感じたのだった。




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