第14話 克服できないトラウマ

 彼女達は、過去に助けられた事があるものばかり。


 それは、襲われたり、襲われかかったり。

 普段は集団で虚勢を張っているが、受けた暗示や恐怖はなかなか克服できるものでは無い。


 そう怖い相手は、大きく見える。

 逆に、大きな相手は怖い。


 そう…… 普段気丈にしていても、体のスイッチが待ったを掛ける。


 でも、これは…… 普通に口説かれて、うんと言った。

 なら恋愛だから良いの?

 そうそうよね。

 良いのよ……


 動けないが、彼女達は自身の中で言い訳を考える。

 マリーはそこにいる。

 強引に連れ去られるわけでもない。

 きっと良いのよね。


 などとまあ……



「なんだ騒がしいなあ」

 ギルドの奥から出てきた男。

 片手に、酒瓶を持ち赤ら顔。


 かれは、サンカウロスの町、ギルド長。

 通称、牙の抜けた男。マルーセル=レドレル。

 身長一八〇センチの大男。


 だが、金剛級冒険者だったとき、ふらっとやって来た魔人に妻を殺されて、怒り、全力で攻撃をした。

 そう必死で…… だが、簡単にあしらわれて、その差が分かり心が折れた。


 戦えなくなった彼は、ギルド長となったが、酒に溺れて鼻が赤くなっている。

 肝機能が低下しホルモンバランスが崩れたり、アルデヒドが原因だと言われているが、酒さと言う症状だろう。それは、赤ら顔とも呼ばれ、顔面に生じる原因不明の慢性炎症性疾患である。


 あの有名な、真っ白く燃え尽きるボクシング漫画で、おやっさんがそれだ。


「ガキばっかじゃねえか…… 図体はでかいが。おまえらなんぞ、すぐ殺されちまう。冒険者なんぞになるな」


 脇で聞いていた、武藤がそれに反応をする。

「俺らは強えぞ、あの翼の生えた奴も楽勝だったしな」

 それを聞いて反応をする。


「楽勝? どっちだ大きいのか、小さいのか?」

「両方とも楽勝だったよなぁ」

 そう言うと、皆からも楽勝だったよなと答えが返ってくる。


 まああれは戦いではなく、浄化による駆除だったため、言わば反則だが、簡単だったことには違いが無い。


 それを聞いて、マルーセルは考える。

 若さ故の過ち、虚勢を張って自分を偉く見せる。

 そんな事をしたって、実践ではすぐにバレる。

 まあ目の前の奴は、鍛えているようだが、見かけだけの筋肉は重くなるだけだ。

 もっと、しなやかで柔軟な体じゃないと、使い物にはならない。


「そこまで言うなら、訓練場に来い。実力を見せてみろ」


 腐っているが、元金剛級。

 言わば、ギルドの戦力としては最高峰だ。

 こんな餓鬼どもには負けない。


 見れば、喧嘩の一つも、したことがない様な綺麗な顔。

 周りを見ればわかるが、冒険者になる様な奴らは血の気が多く、ガキの頃から喧嘩に明け暮れているような連中ばかり。

 御貴族様のような華奢な連中……



「なんだおまえら……」

「なんだと言われてもなぁ」

「オッサンが弱いんだよ」


 一年間、武道の基礎は教え込まれた。

 そして、この世界で、モンスターを倒しながら、日々気配を感じ警戒し身体の底上げはした。


 そう彼らは強かった。

 異世界特典などは無かったはず。だが、強いのだから仕方が無い。


 そして、ぼーっと見ていた、神野 龍一じんの りゅういち

 島を出て、この地に降りたとき、砂浜で月を見ていたら光の球が飛んできて胸に入った。


 先生? は茶目っ気で、南総里見八犬伝に出てくる八犬士をなぞり、力に意味を待たせたようだ。

 神野 龍一じんの りゅういちは、義を受け取り、同じ時に杉原 楓真すぎはら ふうまは智を貰っていた。


「おらー、お前がリーダーなんだ。神野、行けー」

 周りから、けしかけられる。


「何時からリーダーになったんだよ」

「「「さあ?」」」

「いいじゃん」


 まあその言葉に従い、出てくる。

 そう、なんだか力がみなぎりたぎる。

 皆が、望むからそれが力となったのか?


「お前が最後だな」

 周りを見ると、うんうんと皆が頷く。

「そうみたいだな」

「じゃあ良い。いくぞ」


 最初は、図体のでかい変な奴だった。

 体に、筋肉を付けた奴だ。

 だが、それは力を使い強引に付けた筋肉ではなく、柔軟でしなやかだった。


 訳の分からないうちに、投げられ押さえ込まれた。

 見たことのない技。

 こいつら、見かけと違い、どこかで戦闘用の教育を受けてやがる。

 なに者だ?



 次の奴もそうだ。

 ヘラヘラしながら、女どもに色目を使ってやがった。

 驚いたのは、『煉獄の薔薇』の隊長、ブラッディマリーが女の目でこいつを見ていたことだ。


 だが戦い出せば、目付きが代わり、まるでオレに稽古を付けるように、行動する。

「ねえ、きみぃ、気合いは良いんだけどさぁ、遅いし無駄が多いよ」

 あっと言う間に足が払われ、崩れた体勢の先に、もう蹴りが来てやがった。

 それを寸止めし、さらに体勢が崩される。


 ひたすら翻弄された。

 途中で、女に手を振りながらだ……


「弱いね君ぃ」

 そう言って、途中で止められた……

 悔しい。なんだよ一体……


 そしてこいつ。

 ヘラヘラしていたが、さらに隙が無い。

 ただ、力を抜いて立っているだけなのに、勝てる気がしねえ。


 俺は思い出す。

 愛していた嫁さんが目の前で殺された……

 あの時、現役としては最高の状態だった。

 なのに、オレの剣はかすりもせず、ただ揶揄われて、一撃で沈められたんだ。


 オレは、腹にめり込んだパンチを呆然と見つめる。

 反応すら出来なかった。

 鈍ってはいるがそこまでじゃねえ……

 世界は広いという事だな……


 なにが、金剛級だ……

 オレより強え奴ばかりじゃねえか、世の中を知らないのはオレの方だったのか……


 オレはその日、どうやっても消えなかったトラウマが、より大きな脅威の前に、脆くも崩れたことを理解をした。


「そうか、あいつが強いんじゃねえ、オレが弱かっただけなんだ」

 彼は理解をした。

 気負い、プライド、悲しみ、憎しみ……

 ギルドで強くとも、対モンスターであり、対人は自己流。

 研鑽をされた、合理的な体術にはかなわない。


 そして、怒りと若故の未熟……

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