1章9話:ゆけむり樹海温泉

 前を歩くかみさまに慌ててついて行く。


「や、あの、かみさま? まさかお風呂も付く感じなんです?」

「ん? えーっとね、ふふ、驚くと思うよ〜」


 意味深に笑うかみさま。

 そう言って連れてこられたのは神社の右側にある木造の通路を通って、石段を降りて行った先にある場所だった。……ん、この匂いは、まさか!?


「はい、温泉で〜す♪」

「………」


 なんでもアリかなここは?

 しかし実際、きちんと整備された割と大きめのサイズの露天風呂が設置されていた。ちゃんと雨避けの屋根まで用意された豪華な温泉である。


「なんで、温泉……」

「まず説明するとね、私の『神域(しんいき)』……神社周辺のことだね。でその神域の中は外界から隔離された空間で、私の意識が反映される空間なの」

「……………………はい?」


 なにその謎パワー……。


「だから当時の遺物がここにある。神社も綺麗だったでしょ? 私の中でこの場所の時が何十年と止まっているから。おもっしいよね!」

「唐突な北湊弁……。えと、つまりこの神社の状態はかみさまの意識によって変化するってことですか?」

「頭いいねほの囮! そうそう〜。まぁ私もよくは知らないけど一応『彼岸(ひがん)』の一部なんだよね」


 その言葉は聞いたことがある。

 彼岸と此岸、あの世とこの世という分け方がある。ということは、


「え、ここ死後の世界的な……」

「彼岸にも色々あるんだよね。ここみたいに生者が過ごすことのできる『神域(しんいき)』もあれば、死者がウヨウヨしている『涅槃(ねはん)』と呼ばれる場所もある。ここは前者」

「神域……かみさまの領域ってことですか」

「そそ♪ だからこうして温泉も使えるの! ほらほら、熱々の湯船はいいよ〜。入った入った! 私ちょっと神社に取りに行くものがあるからお先どうぞ〜」


 まぁせっかくなのでお湯を頂くことにした。

 脱衣所に服を置く。確かに結構汗をかいていたし、山を転げ回ったわけだからちょうど良かったかもしれない。


 チャポン。


 ふう。良い湯加減だ。正直怖いくらい快適だと思う。

 誰も管理していなさそうな温泉がこうして存在しているのは不思議な感覚だけど、こうして恩恵を享受できてしまっているから現実なのだ。

 彼岸とか神域とか神話レベルの謎ワードが沢山でてきたけど、何もかも不思議なかみさまという女の子の力に関して今言及するのは無意味だと思う。ちょっと邪神感は拭えないけど。


「邪神だったとしても、それでも良いな」


 なんて思えてしまう。

 僕にとっての世界はニコラや海知、夏葉の周囲だけだったし、そんな彼女らの力が及ばない存在というのは貴重だ。

 言い換えれば僕以外はニコラが操る海知を神のように仰いでいたのだから、僕にとって頼るべき対象が生まれたと言うのは大きなことなのである。

 誰も信じないとか言っていたのにこうして早くも誰かに頼ってしまっているのは何というか、情けなくもあるけど、それでも1人じゃないって感覚はとても良い。

 まぁ人は信じられずとも神を信じるのならそれはまた別の話、ということにしておこう。


「うーん、かみさまが神なら僕はその信者、かな」

「私の信者になりたいの?」

「おわぁぁぁぁぁっ!? ってかみさまか……びっくりし……て、え、え、えええええええええええええ!?」

「……? どうしたのほの囮?」


 驚くのも無理はない。だって、湯船にかみさまが浸かっていたのだから。

 輝く月光色の髪がお湯に浸って輝きを増す。シミひとつない肌は彼女の神聖性を象徴しているかのようで……って何解説してんだ僕!


「な、何で入ってきてるんですか!?」

「一緒に入るのは駄目なの? ………………あぁ、そっか、そっかそっかそっか。ほの囮は男の子だったね、忘れてたよ〜」

「なんで忘れてたの!?」

「あははは〜。ジョークジョーク! ブリティッシュジョーク!」

「英国要素はどこ!?」


 謎の誤魔化し方だ。


「あ、でもほらほら、見てみて〜ほの囮の貸してくれた『ばすたおる(?)』で隠してるから〜」

「ちょ、何で立ったの!? わああ見せなくていいですから!」


 ……結局背中合わせで浸かることになりました。


「でさ、一緒に入ったのはお風呂だったら話しやすいかなあ〜って思ったからなんだけど」

「緊張して話せません!!!」

「だよね〜」


 だよね〜じゃないですからね!?

 つくづく天然かつマイペースであるこの神様。だから結局自分のペースで喋り始める。


「それじゃ緊張をほぐすために、まずはお互いを知ることから始めよっか」

「僕はさっき話したことが全てなんですが」

「うん、だからほの囮から私に聞きたいことを募集します!」

「……といわれても。あ、さっきかみさま同い年とか言ってましたけど、てことは1999年生まれってことですか?」


 話しやすそうな話題から振ったのだけど、よくよく考えたら重要な話題だ。だって……神様だよ? 神様の年齢って何よ。


「ふふ、女性に歳を尋ねるのかね坊や」

「なんでちょっとドヤってるんですか……」

「かつてとあるフランス人が言いました。女性に歳を聞くのは紳士のやることでは無い。そこでとあるイングランド人が言いました。初めて病院に行ったのはいつですかって」

「は、はぁ……で、そのジョークから得られる教訓は?」

「ないよ。自作だもん」

「無意味な問答!?」


 え、はぐらかされてる?


「えと、1999年に病院デビューってことですか?」

「ううん、今の私は昭和5年生まれ」

「素直に答えましたね……え、昭和!?」


 えと、昭和5年って……ん? 1930年!?


「嘘つきじゃないですか!」

「嘘なんかついてないんよ。あれ、ていうか今何年なの? さっきの話聞く限り、なんとなーくすごい年月が経ってるのは想像できたんよ」

「……2015年です」

「わぁ、じゃ85歳だ〜」

「70歳もサバ読みましたね!?」


 年の差! 年の差凄い!


「違うもん! 一応弁解すると、私その70年ぐっすり眠ってたから心は15歳! 証明終了!」

「は、はあ……え、眠……?」


 眠って……た?


「私、70年眠りについてたんよ。実はついさっき起きたばっかなんだよね。あ、まだお礼言ってなかった。ありがとね〜! ほの囮が結界を破ってくれなかったら多分私起きられなかったんよ」

「え、結界……え?」


 待って……僕もしかして……。


「なんか邪神を世に解き放っちゃった感じですか……?」

「……くすっ」


 あははははは!!! と大声を出して笑うかみさま。年相応なはしゃぎ方に安堵を覚えるも、状況的に彼女の邪神感は拭えないので少し身構える。


「怖がらないで欲しいな〜。私が禍神(まがつかみ)だったとしても、ほの囮には危害加えないから。うん、ほの囮面白い〜」

「こっちは気が気じゃなかったんですが……」

「くすくすっ。あー、ほんと、色恋の神からほの囮を解放できて良かった。私の神域に入ったら他の土地神は手出し出来ないからね。こんな可愛くて面白いニンゲンを捉えておくなんて酷い土地神だね〜くすくすくす」

「……よくわからないけど、感謝してます。ありがとう、かみさま」

「感謝しちゃっていいの〜? 私どう見ても怪しいよ?」


 自分で言っちゃうか……。

 けどそれでも。


「怪しくても……僕を助けてくれた方ですから」


 本心からの言葉だった。

 ただ迷子なのを助けてくれたんじゃない。僕の心の暗闇を晴らしてくれた。そして、ニコラ達から守ってくれる。これを救世主と言わずして何と言おう。

 僕の言葉を聞いて考え込むかみさま。しかしその沈黙も束の間、


「ねぇ、ここから本題。1つ提案があるの、ほの囮」

「……? 何でしょう」




「私の巫女にならない?」


◆◇◆


 ……み、こ? 

 ってあの神社とかにいる、巫女さんのこと?


「巫女、ですか?」

「そう巫女! って言ってもこの場合の巫女は意味合いが違うんよ。さっき色恋の神の話したでしょう?」

「えっと、色恋の神の巫女がニコラ……でしたっけ」


 色恋の神はニコラを操り、海知を舞台装置の中心に……『主人公』に位置付けている、だったっけ。


「うん。巫女は神の所有物。村上ニコラがみんなを『駒』と称したように、色恋の神にとって村上ニコラもまた『駒』なんだ」

「な、るほど? でもまたなんで僕が」

「んー、ほの囮を手元に置いておきたいから、かな。色恋の神に奪われるのは絶対に嫌だからね、唾つけとこうと思って♪」


 僕正直こういう、『自分を必要としてくれてることがわかる言葉』に弱いです……。すぐ勘違いしちゃう。うーん、陰キャ。


「で、その手段が、巫女……?」

「巫女は特別な存在、即ち街を支配する力の枠外の存在になるってことだね」

「と、いうと」

「んーっとね。前提として色恋の神って、まず間違いなく私の力を私が眠ってる間に奪ってるんだよね〜」


 村上ニコラに憑いている色恋の神は、北湊市を舞台として『ゲーム盤』を展開している。そして、その中にいる僕たちは彼女にとっての『駒』。ゲームの登場キャラクターみたいなものだろう。

 色恋の神は街に色々と干渉したりニコラ、もしくは海知にとって都合のいい出来事が起こるようにすることが出来る。

 しかしかみさま曰く『街を支配する力』なんてものを本来使うことは出来ないはず、なのだとか。


「だって此処、私の土地だもん。色恋の神はしょせん外様(とざま)だよ。でも使えてるってことは、多分それ私から奪ったんだよ〜」


 かみさま曰く、色恋の神はかみさまから奪った"街を支配する力"を使って北湊を好き勝手している。ニコラと結託し、海知を中心とした世界を作ろうとしている。

 この場合におけるニコラの立ち位置が『巫女』なのだという。巫女とは神の代理人で、神の持つ力の1部を使える人間なのだとか。

 かみさまはそれと同じことをしようとしているわけだ。


「ほの囮を私の巫女にしておけば色恋の神の『駒』としてその影響を受けなくなる。つまり向こうの思い通りに動かされることがなくなるわけ! ざまぁみろ盗人! あーはははははははは!!!」


 邪神全開ではしゃぐかみさまはやっぱり怖いので、話を進めてしまおう。


「で、巫女ですか」

「うん! 私起きたばっかで信者とか居ないし、ほの囮が巫女になってくれたら嬉しいなあ〜って。だめ?」


 いつのまにか振り返ってこちらを見つめるかみさま。うぅ、上目遣いは狡いですよ……。こんな可愛い神のもとで働けるとか、いや、でも邪神……うーん、でももうこの人が邪神でもそれで良いんだよなぁ。だって可愛いし。

 それにニコラの影響を受けなくなる、というのは大きい。

 そもそも神様の力を使って僕をねじ伏せようとしてたのだから、それに対抗できるなら神様の力だけだ。彼女と戦う力が持てるのなら、僕が僕だけの人生を歩めるというのなら……。

 よし、決めた。


「なり、ます。やらせてください巫女」

「わぁい! やったやったやったー! これから宜しくねほの囮!」

「わわわわわ!? ちょ、なんですぐ抱きつこうとするんですか!?」

「普通のスキンシップじゃない〜?」

「裸! 近い近い近い! 僕男ですからね!?」

「わ〜そうだったね」


 かみさまの普通がよくわからない!!

 かみさまをなんとか押し戻し(少し不満そうだった)、心臓のバクバクが治るのを待つ。滅茶苦茶良い匂いした……。


「誰にでもこんな感じなんですか……?」

「違うんよ〜? 私北湊のニンゲンは大嫌いだし、基本的に誰も信じてないよ、なんなら全員ぶち殺したいんよ〜」

「サラッと闇深いこと言ってるけど……それならなんで僕は」

「『笹神(ささかみ)』のニンゲンだからね。とても似てる。うん、やっぱり似てる、似てる似てる」

「ささ、かみ……」


 じぃーっと僕を見つめるかみさま。

 うう。まじもんの美少女なので、正直見つめられると恥ずかしい。思わず目を逸らしてしまった。

 けれどかみさまの視線は外れない。僕を見ているというより、僕の中に誰かを見ているような瞳だった。


「それ、どういう……」

「可愛い顔してる。私の好きな顔だ〜」

「ーーッ!! ……たらしだこの人」


 なんでこうサラっと言えちゃうかな……。ヤバいほんとに好きになっちゃうからやめて……。


「でも笹神の子孫が私を信仰してくれるなんて因果で面白いね、とてもとても面白いね」

「は、はぁ……」


 笹神の子孫。笹神は母さんの旧姓だ。

 この様子だと70年前に何かあったのだろうか?


「ま、ほの囮を今帰してもロクなことにならなそうだからね。くすくす。ほの囮が私を信仰してくれるなら、私はそれに応えてあげるよ。人との縁は重要だからね」

「……………………」

「辛いなら、苦しいなら、私を頼って。私がほの囮を助けてあげるから。今からほの囮は私の巫女なんだし」

「……かみさま」


 泣きそう。ていうか泣いてる。正直ここまで優しくされた事がないから、僕の中でのかみさまへの好感度鰻登り。


「すんすん、涙の匂い」

「な、ないてないです!」

「くすくす。ていうかほの囮やっぱ女の子みたいだね〜」

「それは、正直コンプレックスなんで……」

「可愛いな〜えへへ〜」


 貴方が可愛いんじゃいっ! て言いたい。

 自分に芽生えつつあるこの想いと、ほんの少し大人になれたことを自覚して、僕は今日やっと一歩踏み出す事が出来た。

 と、まぁ精神が一歩踏み出したのはいいんだ。心臓バクバクのまま脱衣所に出てみてあらびっくり。


「わぁ……」


 僕の服がタライにつけ置きされてる。

 いつのまにか完全に着替えきっていたかみさまが後ろからやってきた。

 白い着物に身を包んでいたためか、一層月光色の髪が目立っていた。ていうか、あれいつ着替えたんだろう。


「洗っといたんよ〜。あれ、駄目だった? 土とかついててばっちいと思ったんだけどなあ」

「や、それは良いんだけど、あの僕……着替え無いんですが……」

「あ、それならそこに」


 うん、置いてあるね…………………巫女服が。


「ほの囮の巫女姿、見たいな〜」


 僕……もしかしたら夏葉の時から何も変わってないかもしれない。

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