1章2話:入学式の悲劇

 話は数日前まで遡る。入学初日の出来事だ。


 私立、北湊(きたみなと)高校。


 ここはかつて男子校であり、尚且つ中高一貫校。今現在のこの地域が『旧市街地(きゅうしがいち)』なんて呼ばれる前からあるマンモス高校であり、地元の権力者が通う場所でもある。ちなみに、古い時代の名残か、生徒達は学生寮と自宅通学のどちらかを選択できる。

 別名『監獄(かんごく)』。閉塞感漂うこの旧市街地おける唯一の学舎でもある。

 さてそんなマンモス高だが、新星を求める時期だとかなんとか言って2年前から共学となった。

 しかしながら、名門男子校に女子が入ろうとなんてあまり思わないのか、女子生徒数は徐々に伸びつつあるもやはり周辺の共学高と比べると少ない。

 そんな北湊高校に春から編入することになった僕たちは入学式に出席する為に4人仲良く、そう仲良く登校していた。強調した部分に他意はないよ、ホントだよ。


「ぬふふー! 海知の両親や夏葉の両親が海外出張行くからって、なんかあった時のために全寮制の高校に入れられるってなった時はどうなるかと思ったけど、良い高校そうだね! しかもほぼ男子校、ジュルリ。これはほの囮のメス堕ちイベントたっくさんだろうなぁ、ぬふふ」

「こーら、あんまりほの囮を虐めないの。それにしてもニコラとほの囮のご両親には感謝ね。私達が編入するって言ったら『みんな一緒がいいでしょ?』って2人の編入も認めてくれたんだから」


 本当に良い迷惑だと思う。これで漸く離れられると思ったがそんなに甘くなかった。というか寧ろ僕を男子校に引き摺り込む為の強制イベントでしかなかった。

 あれよあれよと編入手続きが済んでしまい、外部進学組として入学を果たす羽目となって今に至る。最悪だぁ……。


「それにしても本当に男子が多いな」

「時々女子もいるけどね、ほら、セーラー服可愛いから!」


 夏葉がターンしてスカートがふわりと揺れる。


「ほの囮も着ればいいのに!」

「遠慮します……」

「私達とお揃いの制服、良いと思わない? 海知もほの囮なら似合うと思うでしょ?」


 話を振らないで!


「お、おう、似合うと思うぞ……」


 はい分かりやすく赤面してます。もう精神的にこのやり取り苦痛すぎる……。

 隣で笑う夏葉。彼女は僕のことを妹みたいに扱う。けれど僕は未だに彼女への想いを捨てきれなくて、どうにか男として意識させたいと思いつつ中学3年間が過ぎてしまった。


 ーー諦めなければいつか振り向いてくれるだろうか。


 そんなことを考えながら溜息を吐く。

 彼女への想いがあるせいで、僕は幼馴染たちから離れられない。今日もニコラと夏葉は僕を女の子扱いしてくるので、振り向いてくれる日なんて来ないんじゃないかと憂鬱になる。

 それとも、劇的な出逢いでもあれば何か変わるだろうか。


「変わりたいなぁ……」

「ん? 変わりたいなら変身させてやるよー! ぬふふ!」

「へ?」


 ニコラがニヤニヤしていた。嫌な予感がする。


「こんな時の為にセーラー服、用意しておきました!!!」

「ひっ!? やだやだやだっ!」

「夏葉! 捕まえて!」

「やれやれね全く、ふふっ」

「やれやれって顔しながら近づかないでよ!?」


 朝っぱらから追いかけっこをして目立ってしまった。うぅ、死にたい。 

 しかもその間海知は女の子と話していた。羨ましい。彼は中学の時も女子ハーレム作ってたから高校でも作るのかな? 数少ない女子を全部持っていかれるのは癪でしかないんだけど。


「はい、出来た!」

「うぅ……」

「この煮えたぎるパトスが満たされたのさ!」


 と、言うわけで服を脱がされ、僕は今セーラー服に身を包んでいた。うぅ、スカートがスースーする……。

 学校指定の紺色セーラー服。とにかく恥ずかしい! 自分で言うのもあれだけど、多分似合ってると思う。僕は凄い女顔で体型も女子に近いから割とあっさり着れてしまった。


「うぅ、酷い……」

「「「きゃああああああ! かわいい!!!」」」


 ニコラと夏葉は大興奮、あとなんか周りの女子達も大興奮だった。うん、僕の高校生活終わった……。

 男子たちも何故か食い入るようにこっちをみている。気持ち悪い……。あまりの恥ずかしさに僕はしゃがみ込んだ。


「うおっ、やべぇ、あの子見たことねぇけど、まじの美少女だ……」

「いや、もしかして、男……?」

「ふうぅ! リアル男の娘ktkr!」


 はい、これ中学の再来ですかね。何でこうなるんだろう。

 流石に入学式にこの格好で出るのは嫌なので着替えさせて欲しい。


「あんまジロジロ見るな! あとニコラはふざけ過ぎだぞ!」

「か、海知」

「ほらほの囮、向こうで着替えてこいよ」

「むー、ボクはまだ諦めてないからね!? 折角制服が可愛いところに進学したんだから、ほの囮はセーラー服を着て過ごしてもらうんだからあああ!!!」


 海知が手を伸ばしてくるのでその手を取って立ち上がる。あとニコラの戯言は無視しよう……。

 それにしても、まただ。また助けられた。これによって周囲から更に黄色い声と男子たちの噂話が聞こえてくる。


「きゃぁ! 今イケメンがあの子を助けたよね!? 推せる! 推しカプ!」

「あの男の娘可愛かったなぁ、あの子なら付き合えるわー」

「突き合うの間違いだろ、ぎゃはははは!」

「お前ホモかよぉ!」

「あの子と付き合えるならもうホモでもいいや」

「ちょっと男子サイテー!」


 あぁ、もう死にたい。




 けれどこの後、更に死にたいと思う出来事が起こることを僕は知らなかった。




「ちょっと夏葉、いい?」

「へ? う、うん」


 2人が何やら内緒話をしている。気にはなったけどまずは着替えないといけないので海知が取り返してきたブレザーをいそいそと着替え始める。


 これが、悪夢の始まりであるとも知らずに。


◇◆◇


 クラスまで一緒だった……。しかも4人揃って。やっぱりここってゲームの世界か何かでは? と疑ってしまう。

 海知を見ると、にこやかに此方へ手を振っている。窓際の1番後ろ。所謂主人公席と呼ばれる位置をポジショニングしてやがった。なんで五十音順じゃないんだろ。

 昔から、海知にはまるでゲームの主人公のように都合のいいことが起こる。本当にずっと前からそうなのでもう慣れてしまった。だからあまり疑問に思ったことはない。


「ボクは村上ニコラ。西中出身。ボクのことはニコラちゃんと呼んでくれたまえ! 趣味はアニメ! 絵も描くよ! よろぴくー!」

「赤泊夏葉です! 西中からきました。趣味はテニスなのでテニス部に入ろうかなって思ってます、よろしくね!」


 などと考えていたら、クラスの自己紹介は夏葉の番まで来ていた。そう言えば自己紹介何も考えてなかったなぁ。もうさっきのアレとか色々見られてるし、これ以上のイメージダウンは避けたいんだけど……。


「はい次」


 来てしまった。仕方ない。テキトーに目立たないくらいの自己紹介をしよう。


「犀潟ほの囮です。西中から来ました。趣味は音楽を聴くことです。宜しくお願いします」


 よし、終わった。これで一安心、


 と思った次の瞬間、ニコラが立ち上がって言った。


「そしてほの囮は、こう見えて男の子が好きなのー! 心も女の子だから、女の子として扱ってあげて欲しいな!」





 ………………………………ん!? 


「は……………………?」


 え、何!? 何言ってんのこいつ!? 


「ほら、さっきセーラー服着てたじゃない? あれはそういうことなの」


 ニコラが続ける。心なしか眼鏡がきらりと光ったように見えた。

 僕はというとあまりの出来事に何も言えず、ただ口をパクパクとさせていた。え、え、え? これ何? 何の罰ゲーム? 

 奇異の視線が此方に向く。クラスメイト達は一斉にヒソヒソ話を始めた。


「え、ゲイってこと……?」

「いや、トランスジェンダーってやつじゃね?」

「もしかして好きな男の子って!」

「さっき校門で守ってあげてたあのイケメン君かなぁ?」

「きゃー!!!」


 中にはヤジを飛ばす者もいた。


「へー、この学校そういうのも寛容だしなぁ。いいじゃん! 今度は着てこいよー!」

「女子少ねえし増える分には歓迎だわー」

「犀潟、入学前に言ってくれれば学校は対応したぞ? 後で話があるから職員室に来なさい。この学校は君のような生徒を歓迎するよ、ははは」


 先生までもがそのような事を言い始める。

 目の前がグラグラする。それでもギギギと首を回してニコラの方を見ると、彼女は一仕事終えたと言わんばかりに親指を立てて此方に向けていた。

 くらくらする頭を押さえながら椅子にもたれかかる。その後の自己紹介が全く頭に入ってこなかったのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る