57 一発の砲弾と小さな戦士
ヴォルフガングは風呂の好きな男だった。皆が一通り風呂を使った後、再び湯を入れ替えて浸かった。そして汗をかき、フンフンとのんびり鼻歌を歌い出した時、それは起こった。
突然、ドンッ、という遠い砲声を聞いたと思いきや、ズガーンッ、と風呂場の天井に穴が開き、屋根のせいで勢いを減殺された砲弾がゴロンと風呂場の床に転がった。
「・・・わ、わ、ウォーーーーーーーーーーッ!」
驚いた彼は素っ裸で風呂場を出て、皆のいる居間に飛び込んだ。
「てっ、ててててて敵襲だーっ!」
むしろ飛び込まれた兵たちの方が驚き、女性兵たちの悲鳴の方が大きかった。
「キャーーーーーーーーーッ!」
女性兵たちは皆手で目を覆ったが、一人ビアンカだけはしっかりと指の隙間から彼の股間を凝視していた。
大隊長カーツは事態を冷静に処理した。
「今は事実だけを伝えよう。
50ミリ砲弾が拠点に撃ち込まれた。弾は一発だけ。偶然にも不発だった。
屋根の穴と落ちた位置から砲撃地点は北ではなく南の市街地からと思われる。恐らくは市街地に潜伏しているゲリラだろう。
単発の発射であることから統制された集団の攻撃ではなく、偶発的なものだと考えられる。これを停戦協定違反と判断するかどうかは上に指示を仰ぐこととする。だが、南の市街地の探索は必要かもしれん」
今、交渉のための停戦中であることは知らされていた。
偶発的な事故であった場合、無暗に戦闘を拡大して交渉を頓挫させるのは賢明でない。カーツ大尉はそれらをグールド大佐と各小隊に通報し、連隊の指示を待った。
しばらくして、指示が来た。
「事故かもしれんが攻撃を受けたことは事実だ。
その発射地点を特定し、脅威を取り除く必要がある。二三の小隊を繰り出して偵察せよ。反撃を受けたら戦闘はせずその場を退避して擲弾筒で攻撃せよ。ただし、深入りするな。探索はあくまでも敵の50ミリ砲の射程圏内までとし、陽が落ちる前に全隊撤収せよ。北に対すると同じく南にも警戒を厳とせよ」
西の「優等生」中隊は現状待機。東の「マルス」と「でぶ」の小隊各20名ほどのみで偵察行動をすることになった。
各小隊はさらに5名一組に分かれ、二組ずつ4つのルートで敵の野砲の射程圏3キロ以内を虱潰しに探索を始めた。
ヤヨイもまた4名を率い、探索に出た。リーズル率いる5名とペアを組んだ。
拠点周辺の焼野原を超え市街地に入った。
近衛軍団でやった市街戦演習のとおりに一人は前方、一人は側方、一人は通りの向こう側の屋根を、一人は後方を警戒しつつ、残った一人が家屋の入り口に到達すると後方を警戒していた一人が中に入り銃を向け、上を警戒していた一人がさらに家屋の中に入り・・・。そのようにして一軒の家が探索を終えると通りの反対側のリーズル隊に合図した。ヤヨイの隊は彼女の隊の援護をし、向こう側の探索が終わると、再び前進した。
三列目の家屋の探索に差し掛かった時だった。
ピッピッピーッ!
隣の通りの隊だろう。呼び笛が鳴った。
「50ミリ砲を発見! 敵は退避した模様!」
兵たちは浮足立ったが、ヤヨイは前方を見据えた。
なにか、気配を感じた。
「みんな、動かないで! 」
と、
建物の陰から通りを横切っていく小さな影を見た!
ズダーンッ!
とっさに誰かが発砲した。
「撃たないでっ!
フリッツ、ビアンカ、来て! リーズル、援護して!」
銃を構えつつ、ヤヨイは影が入ったと思われる家屋の戸口に身を寄せた。
「フリッツ、援護して。焦って撃っちゃダメよ」
身を避けつつ、銃口で戸口を開けた。ギイと鳴った戸口の奥、中は暗かった。
チナの家屋はみな、戸口を入ったところが土間だった。
暗い土間の壁の、高いところに連子窓があり、その下に水を貯めておく大きな瓶が二つ並んでいた。その瓶の隙間に小さな影が潜んで、震えていた。
ヤヨイは家屋の奥に警戒しつつ、覚えたてのチナ語で話しかけた。
「大人しくしてれば撃たないわ。出てらっしゃい」
戸口の反対側にビアンカが着いた。
「ビアンカ、家の奥を警戒してっ!」
指示を与えつつ、もう一度チナ語を繰り返した。
「さ、怖くないから出て来なさい。こんなところにいると、危ないよ」
影は震えながらゆっくりと顔を出した。
「まだ子供じゃん・・・」
ビアンカが言った。
その小さな男の子は、煤だらけの顔に強烈な敵意を宿した目を剥いてヤヨイを睨みつけていた。
小さな戦士が、そこにいた。
後にヤヨイが養子として迎えることになる、タオとの出会いであった。
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