23 11月9日 第三軍第六軍団近衛機甲部隊 ブリーフィング
11月9日。
最前線となった、港町マルセイユの西北、東部チナ郡。
かつてはチナ王国領だったこの地域も、帝国に編入されてはや二百年が経っていた。
住民は元々住んでいたチナ人の他に帝国領となってから植民してきたフランス系が多い。「ボルドー」や「ランス」といった、いにしえのフランスの街の名前を冠した小さな街が点在し、その周りに特産の良質なワインを産むブドウ畑が地平線まで続いていた。
そんな国境に近い小さな街のひとつが、第三軍のある部隊の進発基地になっていた。
第三軍第六軍団司令部として臨時に徴用されている小学校のギムナジウム(体育館)の周囲には、数百頭に及ぶ馬と数十両の偵察車とが集まっていた。近衛第一軍団第一落下傘連隊のグールド大佐も副連隊長のハーベ少佐と共に馬の手綱を結びそのギムナジウムに入って行った。
体育館の床には所狭しと椅子が並べられ、すでに半ば以上月桂樹や樫の葉を着けた佐官や尉官が冬季軍装で席を占めていた。
「大掛かりだな」
グールドが言うと、
「総勢二万の機甲部隊ですからね」
ハーベも連隊長の言を受けて館内を見渡して言った。
二人は近衛第一機甲師団の司令部参謀長に挨拶をして空いた席を見つけるとそこに掛け、その帝国初の機甲部隊を統べる親分の登場を待った。
この戦役から将官の乗る馬車や車両には黄色や灰色やブロンズを表す茶色の旗ではなく帝国旗の赤地に星の数で表す旗を掲示することになった。准将は白抜きの星一つ、大将は四つという具合に。色で表すと遠目からはわかりにくいことがあったためだった。
濛々と砂埃をたてながら、フロックス少将は赤地に星二つを着けた旗を立てた四輪駆動車に乗って司令部であるギムナジウムにやって来た。
「ありがとう、軍曹!」
少将は入り口前に彼を下ろしたドライバーに礼を言い、彼の敬礼を受けて足早にギムナジウムに入って行った。
「やあ! やあ! やあ!
レディース&ジェントルメンズ、待たせてすまんなア! どうかそのまま掛けていてくれたまえ!」
大勢の「機甲部隊」指揮官たちの居並ぶ後方から会場に入って来たフロックス少将は、快活に言葉を発しながら壇上に駆け上がった。
このバカ明るい司令官に、居並ぶ士官たちは立ち上がりかけた腰を下ろし惜しみない拍手を送った。舞台袖にいた司令部付の伍長が進み出て壇上の上の巻紙の端を長い棒の先のカギにひっかけてスルスルと下ろすと、グールドが黒板に書いた戦域地図がより大きく、きれいに彩色されて現れた。伍長は棒を少将に手渡して敬礼すると舞台袖に去った。
「ありがとう、伍長。
さて、諸君!
今から話す今回の作戦は諸君がヨボヨボのジジイババアになっても孫ひ孫に胸を張って自慢できる,、末代までの語り草になるぞ! 」
うわははは。会場から和やかな笑いが起こった。
「今回の作戦は帝国陸軍最初の空挺部隊と最初の機甲部隊による、陸軍初の共同作戦だ。
作戦名は『マーケット・ガーデン』。
オペレーション『マーケット』とはエア・ボーン、空挺作戦を指し、『ガーデン』が我々機甲部隊の作戦を指す。
地図をご覧いただこう!」
フロックス少将は地図の一番右を差し、次いでそれを滑らせて一番左端を指した。
「我々第三軍の現在地はここ。そして最終目的地はここ、チナの第二の都市、アルムだ。総延長は500キロに及ぶ、まあ、ちょっとした秋のピクニックだな。
だが、第三軍全軍が一気に押し寄せるには無理がある。
道中の道は片側一車線もない狭い道だし、道の両側は水田があり大軍の一斉行軍には適さない。しかも途中にはこのチンメイ山脈から流れる5本の河がある。
そこで、わが機甲部隊の登場となるのである。
我々は一日平均40キロを走破し約半月後にはこのアルムを占領。もって、チナに降伏を促すというわけだ。
具体的に説明しよう」
フロックス少将は棒の先をチンメイ山脈の北の街に指した。
「現在北方の第二軍は順調に行程を消化してあと3日ほどでここ、クンカーの街に取りつく。そして偵察機の報告によれば、敵の首都周辺の主力部隊が第二軍を迎撃するべく西からこのクンカーに移動を開始したとのことである!
この第二軍と敵の主力の先鋒が接触した時点で、中央軍である第一軍と我が第三軍がほぼ時を同じくして一斉に進撃を開始する。そして、この線、」
少将は最初に出会う河になるアイエン河の線を指し、
「ここで第三軍主力は停止し、強固な陣営地を構築する。だが、」
フロックスは居並ぶ指揮官たちを見回すと、ニヤリと笑った。
「我が近衛第一と第二の機甲部隊だけは止まらずに、前進する!
最初の河の渡河地点はここアイエン河。川幅も狭く冬に向かう今は水深も浅いため、街道を逸れてそのまま自力で河を渡る。
だが二番目の河であるこのゾマはそうはいかない。しかも橋も脆弱だ。それで工兵隊による架橋を行うのだが、敵味方砲弾を撃ち合う中での架橋作業は困難だ。
そこで、なのだ諸君!
そこにいるグールド大佐の近衛落下傘連隊が我々に先んじてこの河に降下し、架橋地点を確保、敵勢力を牽制し、工兵部隊の活動を援護してくれる。
さらに!、」
フロックス少将は第三の河を指し、
「ここアイホーでも空挺部隊の一隊が降下して我々のために橋を確保してくれる。
その先のナイグン、アルムには落下傘連隊の最大兵力が配置されて同様に橋を守り、敵の妨害を支えてくれているというわけだ」
そこまで言うと、フロックスは客席を見渡した。
「諸君。私はこの歴史に残る作戦の最先鋒として、近衛第一機甲師団の「バンディット(無法者)」中佐を任命しようと思う!」
すると指揮官たちの列の中ほどから、
「またかよ・・・」
という呟きが漏れた。
「あ? 何か言ったか、ジャック」
少将の問いかけに、呟きの主は立ち上がって、
「いいえ、何でもありません、閣下。大変に光栄に存じます!」
と言ったから、周囲の士官たちから和やかな笑いが上がった。
この『バンディット』中佐こと、ジャック・バンドルー中佐とは、フロックスが北の第四軍団で騎兵大隊を率いていた時に少尉として彼の下についてからの、かれこれ20年近くにもなる長い付き合いだった。
「諸君、このジャックは15年前の北の野蛮人戦役の英雄である。彼の行くところ、向かうところ敵なしだった。何故かわかるかね?」
「なんだよもう、また言われるのかよ・・・」
バンドルー中佐は傍らの少佐に小声で愚痴った。
「実はここだけの話だが、彼は風呂嫌いで有名だったのだ!」
「も、全然ここだけの話になってないじゃないか。まったくもう・・・」
中佐のグチがまたもまわりの士官たちを笑わせた。その笑いが聞こえたのか聞こえてないのか、フロックス少将はなおも快活にまくし立てた。
「彼の放つ強烈な異臭に、さしもの青い野蛮人たちも、生命の危機を感じて彼の部隊が近づくや皆浮足立って敗走したからであるっ!」
「わーっはっはっはっ!」
ここでオーディエンス一同、大爆笑した。
「故に! 今回も、彼さえ先鋒に立てば必ずやチナ兵は彼の異臭に怖気づいて逃げ出すこと請け合いというわけなのであるっ!」
「も、やだ。一生言われるぜ。あの人早く退役しねえかな・・・」
「あ、なにか言ったか? 『バンディット』中佐」
「いいえ、なんでもありません。微力を尽くしますです、閣下・・・」
「グート(よろしい)!」
そこでまたまた大爆笑。
その笑いが収まるのを待ち、少将はこのブリーフィングの締めくくりに入った。
「諸君、『スピード』、だ!
それこそが、この機甲部隊に課された最大の使命なのだ。いかに鼻つまみ者の『バンディット』バンドルー中佐を先鋒に立てようが、わが帝国から盗んだ兵器で強力に武装している敵はしつこく妨害してくるだろう。それを乗り越え、ただひたすら遮二無二、とにかく、何が何でも、押して、押して、押しまくるのだ、諸君!」
歴戦の騎兵部隊指揮官であり、最新鋭の機甲部隊司令官は、そのブリーフィングを厳かに、このように結んだ。
「諸君。
わたしはこの帝国の勃興期の話を何度も聞いたことがある。
昔、地方の開拓民は度々周辺の野蛮人共に襲撃されて難儀したという。その度に帝都から騎兵隊が駆けつけて開拓民や居留民たちを救ったと。そんな武勇伝、美談は数多く今に伝えられているのを諸君も知っているだろう。
例えて言うなら、我が帝国初の空挺部隊は野蛮人の跳梁する未開の地を開拓する勇敢なる開拓民だ。
そして、名誉ある我が第六軍団の近衛機甲部隊は、そんな愛すべき善良なる開拓民を野蛮人の群れから助け出す、栄光の騎兵隊なのであるっ!」
その場のオーディエンス一同からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。
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