第三章 指揮官の苦悩

19 ヤヨイ、夢で師匠に会う

 ヤヨイがグールド大佐やハーベ少佐らと密談しているころ。

 彼女が宿舎としていた兵舎では就寝時刻を過ぎすでにカンテラの灯が吹き消されていた。

 しかし、兵たちは「バカ」揃いではあっても、子供ではない。消灯後もそれぞれのシュラフから首を出して頭を寄せ集めヒソヒソ話を続けていた。

 そろそろ編成がある。士官たちが集められたということは、そろそろその話が出ているからではないか。

 自分はどの小隊になるのか。皆の関心は、その一点に集中していた。


「なあ、ヤヨイちゃん、遅くね?」

「おお、他の士官はとっくに帰って来たのにな」

「ああ、カワユイなあ、ヤヨイちゃん♡・・・」

「おい! うるさいぞ。もう就寝時刻は過ぎている。それに士官に対して失礼じゃないか!」

「ウルセエ! 固すぎんだよ、テメー。カタいのはテメーのお粗末なイチモツだけにしとけっての!」

「でもさ、ヤヨイちゃんってよォ、顔の割に胸とケツ、デカくね?」

「おお。ああ、たまんねー。一度でいいからお願いしたいわー」

「でも、カワイイ割りに意外にイビキもデカかったりする」

「そーそー。帰ってきてすぐ、『ぐおーっ』だもんよ、なあ・・・」

「バカやろう、このドウテーが。そのミスマッチが彼女のミリョクなの!」

「明日編成発表だろ。オレ、ヤヨイちゃんの小隊に入りたいー」

「オマエはダメ。オレがキープしてんだからダメ!」

「よし、決めたぞ。オレはこの作戦中に必ずヤヨイちゃんをモノにする!」

 すると、衝立の向こうから同じ小屋に寝起きしていた少数の女子たちが堪らずに声を上げた。

「ちょっと! なに? あんたたちウルサイ!」

「そーよ、このスケベ!」

「ヘンタイ!」

「ウルセーわ。オメーらこそサッサと寝ろ、この、ブスどもっ!」

「なんだって?」

 衝立の向こうで銃の槓桿を引くジャキーンという音がした。

 男どもは皆口を噤んだ。

 衝立の陰から一人の女がやって来るのが、窓から漏れ入って来る月明りに揺れる金髪で分かった。女は焚火の薪のように寄せ集まっている男たちに近寄ると、その冷たい銃口を男の額にピタリと当て、呟いた。

「坊や。あんたのために言っとく。命が惜しかったら、これ以上ヴァインライヒ少尉をネタにしないようにね。どうせあんたたちが束になって掛ったって彼女には敵わないんだから。戦場に出る前に女性士官に手を出そうとして逆に殺されました、なんて。あんたたちのおかーさん、情けなさ過ぎて悲しむよォ。黙ってセンズリこくだけにしときな」

 男たちはそのドスの利いた声の持ち主が3日前にやって来た予備役の上等兵だと知るやみな黙りこくってシュラフの中に首を引っ込めた。

 声の主はそれを見て満足の態で衝立の向こうに引き上げた。

 真っ暗な小屋はやっと静かになった。

 と。

 がちゃ、とドアが開いて小屋の中に月明りが忍び込んだ。男どもの目はその月明りに映えるブルネットを追った。ブルネットは、

「はあ~っ・・・」

 深い溜息をついてごそもそとシュラフに潜り込むやいなや、すぐに、

「ぐおーっ!」

 盛大な鼾をかいて熟睡した。

 男どもは、彼らがさきほどまで交わしていた話の内容とはまた別な意味で、寝られなくなってしまった。




 その夜。

 ヤヨイは夢を見た。


 カーキ色のテュニカを着たヤヨイは、暗闇の向こうから近づいてくる青白い光に目を瞬かせた。

「誰? 誰なの?」

 青白い光はスーッとヤヨイに近づくとやがて目の前に浮かび、徐々にその光を和らげ、小学生の時に読んだ神話の挿絵にあったような、神々しい女神の姿を形作り始めた。

「ヤヨイ、ヤヨイ・・・」

 その女神は自分の名を呼んでいた。

「え?・・・」

「わたしがわからぬか、ヤヨイ」

「・・・その声は・・・」

「久しぶりだな。そんな感じだ」

「レオン少尉ですね。レオン少尉なのですね?」

 光り輝く女神は一瞬だけ戸惑ったように見えた。

「どうも、そのようでもあるし、そうではないようにも感じる。実のところ、わたしにもよくわからぬのだ」

「その言い方、その声。レオン少尉ですよ。あなたはレオン少尉です! でも少尉、なんかヘンな感じです」

 言っている自分も少しヘンだったが、でも、夢とはそんなものかもしれない。

「自分がよくわからないのだ。

 どうも、わたしは手足も身体も脳もなくなってしまったらしい。記憶も、なにやらおぼろげでな。だがお前の名前だけは何故か憶えていた。それで、お前がわたしを呼ぶ声がしたのでこうしてフラフラと来てみたのだ。どうしてもお前に会わねばならないような雰囲気というか、圧力のようなものを受けたのだ・・・」

 何故か少尉はおかしかった。でも、夢とはそんなものかもしれない。

「逢いたかったです、少尉・・・」

「元気そうだな。だが、お前のわたしを呼ぶ声は苦し気だった。なにか、心にかかることでもあったか」

「そうなのです。苦しいのです。

 ヒコーキを飛ばすのは気持ちよかったし、落下傘でフワフワしたのはサイコーに気分が良かった。そのまま月まで飛んでゆきたくなるほどに。

 でも、それ以外は、サイアクなんです・・・。

 やったことがない、知らないことばかりやらされて・・・。

 モウ、嫌なのです、こんな苦しいのは・・・」

「ああ、月か・・・。あのような、なんにもない石ころだらけのところに行きたいのか、お前は」

「月に行ったのですか、少尉」

「行ったのではなく、なんというか、なんというべきか、気がついたらそこにいた、というか、向こうの方でやってきたのだ。太陽の中にも入ったし、金星や火星にも居たような気がする。だが、やはり緑の森の中が一番だな。その場所のことも覚えているのだ。不思議だな。わっはっはっは・・・」

「時間と空間を自在に行き来できる。それはやはり、四次元。

 少尉はカミナリに打たれたのです。それで今、四次元時空にいらっしゃるのですね」

「・・・悪いが、何のことやらわからぬ。

 幼年学校のことも覚えているし、士官学校も、その後も、軍隊というものにいたことは覚えているのだが。そこではそのようなことは学ばなかったような気がする。

 そうなのか・・・。で、そのわたしのいる四次元とやらがお前に繋がっているというわけなのだな。だからこうして会えたわけだ」

「お願いです、少尉。わたしを助けてください。物凄く重い荷物を背負わされて、潰れそうなんです!」

「そうか・・・。わたしになにができるのかわからぬが、こうして再び会えたのも何かの縁なのだろう。困ったときは呼ぶがいい。わたしはどうやら、ヒマらしいのでな」

 何を暢気な!

 無責任にフワフワし過ぎているレオン少尉に、ちょっとムカついた。でも、夢の中に出て来た人にムカついてもしようがないのかもしれない。夢とは、そういうものなのかもしれない。

「今がその時なのです! わたしをそっちに連れて行って下さい!」

「う~ん・・・。だがな、そのやりかたがわからぬのだ。

 まあ、気長に待て。

 あ、なんだかまたモヤモヤしてきたぞ。そろそろ行かねばならぬようだ。

 また会おう、ヤヨイ・・・」

「え、マジ? もう行っちゃうんですか?  もっとたくさん話したいことがあるのに!

 少尉、レオン少尉! 待って、行かないでェ~っ!」

 



 そして、目が覚めた。


 なんだか、変な夢を見た。

 レオン少尉が出てきたのは覚えているが、何を話したのかも曖昧で、ドンドン記憶がぼやけてくる。

 ヤヨイは思わず額を抑えた。

 イメージだけがリアル過ぎた夢だった。

 あれは本当に四次元時空の出来事だったのか。意識だけが四次元を彷徨うなどということが、あるのだろうか。それとも、あれは自分の深層の願望が見せたものなのだろうか。

 周りの兵達はまだ、寝ていた。

 変な夢を見たせいで寝足りなかったが、二度寝すると起きられなくなってしまいそうだった。今日は編成の発表がある。仕方なくシュラフを出て水場に顔を洗いに行った。

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