17 11月1日 進撃開始! 歴戦のスナイパー到着

 まだほの暗い、朝の海の彼方。

 突然いくつかの眩い光が、閃いた。

 ドドドーンッ!

 遅れてやって来た雷鳴のような爆発音とともに空気を切り裂くキューンという音を引きずりながら、無数の巨弾が天から降って来た。

「うわああっ!」

「なんだ、なにごとだあっ?!」

「わ、わからんっ! と、とにかく、にげろおおおっ!」

「舟を出せっ! モタモタするなああっ!」

 時限信管による榴散弾の、地をえぐるような凄まじい大爆発の連鎖は、ハイナン諸島に駐留していたわずかなチナの守備隊を簡単に、蹴散らした。


 現地時間11月1日午前8時。帝国標準時午前7時。

 帝国海軍は作戦通りに戦闘を開始した。

 砲撃は1時間で止み、時を置かずに多数の上陸用舟艇に分乗した1個大隊約300の海兵隊がほとんど無血で上陸、全島を占領した。

 たった数時間でハイナン諸島全島は帝国の手に陥ちた。

 続く半島南端の攻略でも、わずかなチナの守備隊は最初の艦砲による砲撃で退却していった。

 すでに制海権を手中にしていた海軍は、ハイナン諸島に若干の兵を残しただけで主力を半島に上陸させ、そこに一大陣営地を、しかもいくつも構築し、チナの反撃に備えた。

 ハイナン諸島の最大の島の大きな入り江にはただちに浮桟橋が設けられ、石炭を満載した輸送船が何隻も横付けされ、輸送船のデリックが、さらに大きなデリックを下ろし、そのデリックを建設するための基礎工事が始まった。

 デリックが完成すれば入り江の浚渫工事や防波堤の建設も始まる。その島を恒久的な補給基地にするために。その一点だけを見ても海軍の強い意志が見て取れた。

 あのミカサが拿捕された狭い海峡には第一第二艦隊の戦艦巡洋艦16隻が通報艦の先導で侵入し、全ての主砲副砲の猛烈な連続射撃で陣営地に迫る敵勢力を牽制した。

 これで、占領したハイナン諸島と半島の先っぽの確保は保障され、さらなる西進のための橋頭堡が完成した。

 艦隊は母港に帰らずとも燃料や砲弾物資の補給が可能になった。同時に来るべき地上軍の侵攻、第三軍の進撃に備えての補給も容易になった。

 当初の予測した通り、チナは奪われた半島を奪還しようと中央から正規軍の一部と軍閥の混成軍を差し向けてきた。毎日飛ばしている偵察機によってそれが察知された。その先鋒が海兵隊が守る陣営地に接触した時、時は充ちた。



 11月5日、早朝。

 開戦初日に中央の第一軍での演説を終えた皇帝は、再び専用列車と馬車を乗り継ぎ、護衛の騎兵隊を従えて、最北方のハットン中将麾下第二軍の司令部に到着した。

 ここでも天候は帝国軍に味方した。よく澄んだ空はどこまでも続き、曙光がはるか南に聳えるチンメイ山脈の白い頂に映えていた。

 遠くチナの領土を望む野戦司令部前の広大な敷地には冬季用の装備一式を身に着けた将兵がズラリと居並び、司令部前に据えられた壇上に現れるはずの最高司令官を待っていた。

 その数、およそ3万。

 第二軍の最先鋒となる部隊の兵たちはこれから進撃してゆく遥か西の彼方を背にして、どの顔にも昇る朝日を浴びたきらきらしい輝きがあった。

 やがて、深紅のマントが登場した。

 帝国軍最高司令官は朝の冷たい秋風にマントを翻しながら颯爽と壇上に上がった。

 兵たちは一斉に「親愛なる皇帝陛下!」の唱和を行った。

 それが収まるのを待ち、皇帝もまた右手を上げ、

「コン・ミリーテス(戦友諸君)!」

 有名な、デイブス(神君)・カエサルが軍団兵に呼びかける言葉で第二軍の兵たちに呼びかけた。

「先の11月1日、帝国はチナ王国に対し宣戦を布告した。

 これまでの度重なるチナ王国の妨害工作や嫌がらせをわが帝国は耐えに耐えた。

 海軍の第一艦隊旗艦ミカサも被害を受けたことは戦友諸君の記憶に新しいことだろう。これ以上のチナの横暴を許すは帝国の存亡にかかわる。よって帝国はここにチナを膺懲するの軍を起こしたのである!」

 ここで再び3万の軍勢が大歓声。皇帝としては兵を挙げる大義名分を強調し、チナの横暴に腹を煮えさせてきた国民に寄り添う言葉を並べた。

「開戦初日に行われた海軍の作戦は見事成功裏に終了した。今やマルセイユの数百キロ西、ハイナン諸島とそれに続く半島の一部が我が帝国海兵隊の占領下に入ったのだ!」

 またまた大歓声。

「そして今日、南に気を取られたチナ軍の側背を突くべく、正義の槍を携えた諸君ら第二軍の精鋭が進撃を開始する!」

 またまたまた大歓声。

「諸君、背後を見よ!

 そこはもうチナの土地、敵地だ。

 諸君が一歩敵地に足を踏み入れるごとに勝利の女神が諸君らにほほ笑む。

 帝国と臣民は、諸君らの父や母や弟妹らは、今日も諸君らの勝利を願い、軍神マルスと戦いの神ヤヌスの神殿に参り祈りを捧げている。

 国民たちの勝利への期待に応えるのは誰か!

 迫りくるチナ兵たちを蹴散らし、勝利へ進軍する強者(つわもの)は誰か!

 それは他ならぬ諸君、光栄あるこの第二軍の、今私の目の前にいる、私の大切な戦友たちである!」

 ここで最大の歓声! 止まぬ歓声に、しばし演説は中断せねばならなかった。

 Victoriam(勝利を)!

 Viva Imperium(帝国万歳)!

 Viva CAESAR(皇帝万歳)! 

 この歓呼がおよそ3分間ほど続いた。そして皇帝は次の一句で演説を締めくくった。

「コン・ミリーテス! いざ、戦場へ赴こうではないか! 帝国は、諸君の奮励を待っている!」

 Viva Imperium!

 Viva CAESAR! 

 歓呼の中、皇帝は演台を降り、第二軍司令官ハットン中将とその幕僚たちと共に最前線にズラリ据えられた100門近い長距離砲の傍に行った。その観測台に登り、司令部の士官から双眼鏡を手渡されてその時を待った。

 砲兵隊指揮官が攻撃準備の号令を発し、すぐ傍で野戦用通信機の受話器を持った兵が指揮官の命令を各部隊に伝えた。砲列は南北に数十キロ以上にも及び、とても伝令などでは命令を伝達できなかった。バカロレアのフェルミ先生が実用化したトランジスタ式の通信機が、驚くべき速さで量産され全軍に行きわたっていた。

 時計が午前10時を指した。

「砲兵隊、打ち方始め!」

 砲兵部隊の総指揮官が攻撃命令を下した。

 各砲の指揮官が叫んだ。

「ファイエル!」

「ファイエル!」

 100門以上になる重砲が一斉に拉縄を引き、巨弾を発射した。

 その咆哮は、ジュピターやサターンの来襲もさもありなんと思わせる、臓物を震わせるような不気味なほど重々しいものだった。地が揺れた。天を舞う鳥たちは一斉に姿を消した。100発に及ぶ巨弾が一斉に放たれ、数キロ先の敵地に向かって放物線を描き、接地する直前に南北数十キロにわたって大爆発の連鎖を起こし、凄まじい破裂音と土砂とを舞い上がらせた。

「連隊ーっ、前へーっ!」

 北から第十七、第八、第十六の3つの軍団はそれぞれ連隊ごとに指揮され、歩兵部隊が前進を開始した。

 第二軍の兵たちは、背後から地を震わせる轟音と共に間断なく送られる巨砲に勇気づけられ、ほぼ横一線に、非武装地帯へと進撃していった。

 

 軍服姿のヤンは皇帝専用の馬車の中で砲声を聞いていた。

 やがて進撃開始を見届けた帝国皇帝が馬車に乗り込んできた。

「お疲れさまでした、陛下」

 ヤンが声をかけると、カエザルは無言で頷いた。

「何かお飲み物でも。コーヒーがあります」

 水筒に詰めたあたたかいコーヒーを注いだ。

「ありがとう、ヤン。悪いが、しばらく何も話しかけないでくれ」

 そう言って帝国軍最高司令官は窓外の景色に目を向け、沈黙の中に籠った。

「それでは首都に戻ります」

 ヤンもまた無言で頷き、窓から首を出し御者と護衛の騎兵隊長に、

「出してくれ」と言った。


 皇帝は君臨し、仰がれ、統治する。

 だが、元老院、十人委員会、軍部、これから戦場に赴く無名の無数の兵士たち。そして勝利を願い夫や息子娘の無事な帰還を望む多くの国民たち。それらの様々な思惑を含んだ目が一身に集まる重圧は相当なものに違いないのだ。

 ヤンの目から見ても、今回の作戦は薄い氷の上を渡るような危ういものに映っていた。その細かすぎる様々な細工の、どこか一点でも綻びればすべてが崩壊する。

 そしてその結果は・・・。

 父は目に見えない巨大な重圧に耐えている。ヤンは思った。



 幼いころ、この大きな背中に背負われて父の家に迎えられた時のことを、ヤンは今でも覚えている。それまでに見たことも触れたこともない、湯気の上がる温かな家族の温もりは幼いヤンを魅了した。

「もうなにも心配いらない。美味しい食事もある。温かいベッドも、温かい服もある。お前を大事にしてくれる母も、家族もいる。これからは、私がお前の父親だ」

 もちろん、言葉はまだ知らなかった。でも父のその言葉は温かさに満ちていた。

 それ以前の記憶は何やら暗い、薄ぼんやりしたものだけであまり覚えていない。だが父の家に迎えられてからの記憶はどれもきらきらと輝き、素晴らしく、楽しく、温かいものばかりだった。そのせいなのかもしれない。辛く苦しい記憶を忘れられる人は、幸せである。ヤンは父に拾われて良かったと思っている。

 その大きな、温かな胸に抱かれたその時から、山のように仰いできた父。

 それがいつしか小さくなり、他人ひとに押されて帝国皇帝になってからは、時折自身の中に籠ることが増えた。強大な帝国に君臨する最高権力者たる父も、彼にまつわる様々な虚飾を取り去れば一介の、一人の男なのだ。かつて自分を拾ってくれた頃の父の歳になったヤンには、彼のその孤独が痛いほどわかるようになっていた。

 陰の差す父の横顔をじっと見つめた。

 馬車が動き出した。

 数多あまたの重圧に耐え、疲労困憊の極みにある父を労わり、ヤンはその膝に静かにブランケットをかけてやるのたった。

 






 ヤヨイのリクルート活動は何の成果もあげられずに終わった。

 他にあてもない。仕方なしに交換所に行き馬を借りて訓練場に戻った。

 しかし、その彼女を待っていたのは、空挺部隊用のダブダブの軍服に身を包み、4メートルほどの高さの崖の上に立っていた、リーズルだった。

「リーズル!」

 彼女はヤヨイを認めるや、サッと身を翻して飛び降り、きれいにころんと着地して立ち上がり、パンパンとお尻を叩いて砂埃を落とした。

「えへ。来ちゃった・・・」

 リーズルは笑った。

「羨ましくなっちゃったの、あんたが。あんたが来たせいで血が、騒いじゃったのよ」

 愛用の細身の葉巻を取り出し、火を点けてすーっと煙を吐いた。

「男とは別れて来たわ。あんたの男の方が良さげだったから。『任務』って名前の、男がね」

「リーズル・・・」

 ヤヨイの胸の中で、熱いものがこみ上げてくるのがわかった。

「よく校長先生が許してくれたわね」

「お国の、帝国のためですので行かせて下さい、って言ったら、黙っちゃったわ」

 リーズルは口の端をニッとあげた。

「そうだ・・・。もう、あんた、なんて言っちゃいけないのよね」

 リーズルはブーツの踵を小気味よくカッと鳴らし敬礼して、言った。

「よろしくお願いします。ヴァインライヒ少尉殿!」

 ヤヨイは、ヘルメットの下の碧眼を和ませている金髪の美女に答礼し、笑った。

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