14 ヤヨイ、落下傘兵をリクルートする
真夜中を待って、使いをしてくれたボリスを伴い、クラスノ族の棲む東の地に向かった。誰にも見られぬよう村はずれまで静かに馬を曳き、関の番の者のいる峠ではなく、山の中を歩き尾根を越えた。
家を出る際は3番目の子にしてボリスのひとつ下の息子ミハイルに言い聞かせた。
「もし、父と兄が2日後の朝までに戻らなければお前がこの家を継げ! 」
言わば、遺言を託したのだ。クラスノ族は友邦だと言っても、いつどこで何がどうなっても不思議でないくらい、青い肌の者たちは信用とか信頼というものが無かった。
その風を、是が非でも変えねばならない。
ヤーノフはそのためにこそ、行くのだった。
「族長になるにはまず一人前として認められねばならぬ。一人前になるにはいくさに出て敵の首を十持ち帰り女と閨を供にせねばならぬ。そして肌を青く染めてはじめて一族の者たちに認められる。認められて、お前が族長に相応しいと皆が言わねばならぬ。族長の息子だからといってなれるものではないのだ。
だから一人前になるまでは二人の母と姉弟妹を守ることに専念せよ。そしていつの日か、父と兄を超えて強くなれ。そうすれば、自ずと皆の評価もあがる。
身体を大事にして、剣の稽古を怠るなよ! それでは、さらばだ! 」
尾根を降りてしばらく行くともう、クラスノ族の地だった。心配していた夜盗に囲まれることもなく、クラスノ族の関を超えても話が伝わっていたのか、切りかかられることはなかった。
クラスノ族はシビル族の長である自分を抹殺する絶好の機会を見逃したのだ。
いや、それは違う。
もしや殺されるかもしれぬと送り出したボリスが立派に生きて帰ったことで、この安全は保障されていたのだ。信頼、が、芽生え始めているのかもしれぬ。
だが喜ぶのは早計にすぎる。それは、無事シビルの里に帰り着いてからの話だ。
生首の飾られた村の入り口の佇まいはシビルの里と同じだった。
「シビルの族長ヤーノフだ。長老テレシコフに会いに来た! 」
村の入り口で呼ばわると、クラスノの者たちがぞろぞろと出てきた。仮にクラスノの者がシビルの里に来ても同じような応対をするから別に驚かなかった。
横でボリスも胸を張っていた。一人で使いした時はもっと恐ろしかっただろう。まだ初陣も終えていない息子の、勇気を褒めてやりたかった。
ぞろぞろ出てきた村人たちの奥に族長ヴラディーミルの姿を認めた。両手を広げて敵意の無いことを示すと、ヴラディーミルも応じた。
「久しぶりだな、ヤーノフ! いい息子を持ったようだ。お前が羨ましい」
ヴラディーミルはヤーノフよりもやや年上になる。歳の功なのか「相手の自尊心をくすぐる」という技を会得したらしい。
「親愛なるヴラディーミル。この度は我が意を汲んでくれて感謝する! 」
ヤーノフには時間がなかった。挨拶はこれぐらいにして、訪問の主目的を果たしたかった。
「わかっている。テレシコフに会いたいということだが、私が同席しても良いか」
元よりそのつもりだったから、異存はなかった。
「クラスノのことは全て族長であるあなたの意のままだ。お好きになされたがよかろう! 」
ヴラディーミルは満足の体で両手を広げ、村の奥を指した。
「では案内しよう。念のため、剣を預かるがよいか」
ヤーノフは無言で革の鞘ごと剣を抜き、傍らの男に預けた。息子のボリスも前にそうしたものらしく、すんなりと剣を預けていた。これで他の部族の村の中で丸裸同然になった。このことあるを予期したから、ミハイルに遺言を託したのだ。そんな悲壮な覚悟をしてまでも、ヤーノフは、知恵を得たかった。
ヴラディーミルの案内のまま、村の奥に入った。
そしてテレシコフに会った。
彼は生きていただけでなく、自分たち青い肌の野蛮人の平均寿命を2倍以上も超えて、なお矍鑠(かくしゃく)としていた。
「お前がシビル族のヤーノフか」
テレシコフ老は何本か歯の抜けた口を開き、しわがれた声で言った。
ヤヨイがこの空挺部隊の『山岳訓練所』に来てから数日が経った。
降下については、兵は熟練と言われるほどの域に達していた。士官は個人差があり、やっと降下を始めた者もいれば、ヤヨイのように日に10回以上も飛び降りる者もいてそれぞれだった。食事は海軍のようにカフェテリア式に選べるようなぜいたくは出来なかったが、偵察部隊ほど貧しくはなかった。だからそれほど不評ではなかった。必要なものは毎日トラックが来て配達してくれた。一日3食、兵も士官も一緒になって食った。士官だけでなく目立った兵の名も覚えた。
ダイブは飛行機の操縦よりシンプルで魅力的だった。降下を重ねるたびに、自分は完璧でもエンジンの不調で飛べなくなる飛行機はなんだか面倒な気がしてきた。
そうして、ヤヨイの中で「訓練」が、次第に「快楽」と「娯楽」に変わり始めたのに、グールド大佐は目敏く気づいていた。
ある日、いつものように何度目かのダイブを終え、白いパラシュートを掻き集めて再び山へ登ろうとしていると、
「ヴァインライヒ少尉! 連隊長殿がお呼びになっています!」
着地点で訓練を見守っていた下士官が叫んだ。
ヤヨイを含む3名の士官が呼ばれた。
「貴官たちの練度はわかった。なので、別の任務を与える。
兵が足りない。今1000ほどだが、もう200は欲しい。
兵を集めて来てくれ」
ええーっ!?
「それって、リクルートですか? 今から集めて、間に合うんですか?」
ヤヨイと共に呼ばれたうちの一人、例の151期主席卒業のヨハンセン中尉が素っ頓狂な声を上げた。
この人、優秀なのかもしれないが、どこか、変わっている。それで中庸を尊ぶ軍の中央から疎んぜられ、西部とは縁のない辺境に飛ばされていたのかもしれない。
やっぱり、型に嵌らない、バカなのだ・・・。
「間に合わんかもしれん。だが、欲しいのだ」
大佐は言った。
「北と東から重点的に徴募してくれ。何なら新兵訓練所でも構わん。自分の古巣に戻って馴染みの上官に相談するなり、手段は問わん。馬では遅すぎるから鉄道も使え。急行も許可する。とにかく、急ぐのだ!」
と、大佐は言った。
出来るだけ急いでバカを集める!
その任務に密かなおかしみを覚えつつ、ヤヨイは他の2人と共にひとまず急行の出る帝都に向かって早馬を飛ばすことにした。
当てはあった。新兵訓練所にも、そして、最初の任地であった第十三軍団にも。
疲れた馬をなだめつつ、何とか帝都の東駅に辿り着き他の2人とはそこで別れ、こういう場合に陸軍が用意している駅近くの馬の交換所に行き疲れた3頭を引き渡して、代わりに休養十分な栗毛を借りた。
交換所は馬と共に生きてきた帝国ならではの施設だ。だが、ガソリンエンジンで動く車両が発達すると、将来的には徐々に馬にも縁が遠くなるのかもしれない。そんなことを考えていたらふと寂しくなり、パカパカと並足する栗毛の首を撫でた。栗毛はぶるるっと息を吐いて首を振った。
新兵訓練所は半年ぶりだった。
訓練期間は2か月だから、もうヤヨイと同期の者たちは各軍団に配属になってそこにはおらず、徴兵されたばかりの男女がお揃いの白いテュニカを着てロードワークに出かけるのと入れ違いに門をくぐった。たった半年前のことなのに、妙に懐かしかった。
軍隊とは人間性をこれでもかと剝奪するところなのだと思い知り戦慄したのがつい昨日のことのように思える。だが、たった半年でそれが些細なことでありむしろ懐かしささえ感じて来るから不思議だった。任務とはいえ、短期間のうちにずいぶん人を殺めてしまった。それが賞賛される世界が軍隊というところなのだから、あれはあれで合理的な教育法だったのだと今は理解できている。
総務部を訪ねて校長に面会を求めた。
「近衛第一軍団第一落下傘連隊から参りましたヴァインライヒ少尉です」
気が付けばごく自然に自己紹介していたのが我ながら不思議だった。
と、要件も言わなかったのに窓口の女性曹長が急に奥に入り込んで行ってしまった。
そのまま困惑していると、見覚えのある太りじしの、頭が禿げ上がった大佐がわざわざ出て来てくれた。敬礼すると、
「いやあ、君のことはよく覚えている。ウリル少将に連れて行かれてからもう半年も経つのだなあ。ミカサでの噂は聞いとるよ。立派になったなァ・・・」
校長は落下傘兵のダブダブの軍服を着たヤヨイをしげしげと眺めた。
校長の大佐が急に年老いたように見えた。話が長くなりそうだったが、せっかく感慨に耽っているのを邪魔するのもどうかと思い、適当に話を合わせた。
立ち話もナンだからとアトリウムに誘われ、噴水の傍のベンチで用件を切り出した。
「実は新設されたばかりの落下傘連隊が兵を求めています。新兵でも構わないとのことで、適性のある兵を推薦いただきたく、参りました」
「・・・落下傘連隊とは、どういう部隊なのかね」
「航空機から敵地に降下し、敵の最前線の背後で作戦する部隊です。連隊長のグールド大佐いわく、『向こう見ず』なほどの・・・、その、『バカ』を求めていると・・・」
なかなか他人には、ましてやはるかな上官でありかつて訓練生だったころの校長である人を前にしては口に出しにくい言葉ではあった。だが、それが要件なのだから、仕方がない。
「高空から落下傘で飛び降りるのも、敵地の真っ只中で孤立して作戦するのも、『利口者』には向かない、と仰るのです。危険な任務なのであくまでも『志願』の形をとりたいとも仰いました」
「そう言われれば近衛からパンフレットが回ってきておったなあ。アレはソレだったのか、ふ~む・・・。しかし、『バカ』と言われてもなあ・・・」
結局、それらしき者を探してみようということになり、結果を近衛第一軍団の事務局宛てに知らせてもらい、時間もないので志願者がいれば直接東の訓練所に寄越してもらう旨を伝え、地図を渡した。
そして、せっかく来たのだから戦友に会いたいと思った。
「あの、校長。射撃教官のルービンシュタインはまだ勤務していますか?」
リーズル・ルービンシュタイン上等兵は、ヤヨイの最初の任務であった『レオン事件』で知り合った。偵察機で再会を喜び合ったアランと同じ、反乱部隊の鎮圧任務「レオン事件」に共に関わった仲だった。
リーズルは射撃の名手で「600メートル先の鷹の目を撃ち抜く」と言われるほどの手練れだった。鎮圧任務中に負傷し、第一線を退いて退役し、今は予備役として射撃教官をしているはずだった。
アランに続いて「レオン事件」の記憶を共有できる友に会えるのを楽しみにしていた。
カーキ色の軍服にヘルメット姿の彼女しか記憶になかった。
射撃場の事務室で、地味ではあるが女性らしい長めの丈のテュニカを着た金髪の切れ長の瞳の美女を前にした時は、目を疑った。
「リーズル! 見違えたわ。・・・キレイになったわね」
「え・・・。ヤヨイじゃないの!」
2人の女は抱き合って再会を喜び合った。
離れていた間のあれやこれやのよしなし事を語り合い、思いがけなくアランとも再会したことを伝えた後、新兵募集の件を話した。
「そう。じゃあ、これはっていう新兵がいたら声を掛けてみるわ」
「ありがとう・・・」
礼を言ったあとは、黙った。
実を言えばリーズル本人が欲しかったからだが、それを言い出しかねた。彼女はすでに退役して予備役に編入されている。戦時徴用が始まるまでは兵として動員するわけには行かないからだった。
「もう、あの時の傷はいいの?」
とりあえず、そう訊いてみた。
リーズルは答えの代わりに袖をめくった。右の二の腕に小さな傷跡が残っていた。
「至近だったから弾は貫通したし、後遺症もないわ。射撃だってできるもの」
そう言って傍らの小銃を取り槓桿をジャキーンと引いて構えて見せた。
「ねえ、正直に言って、ヤヨイ。あんた、本当はあたしをリクルートしに来たんでしょう」
図星を指され、言葉に詰まった。
リーズルは静かに槓桿を戻して銃を置いた。そしてデスクの引き出しから細身の葉巻を取り出し紫煙を燻らせた。
「あたしね、男が出来たの。このまんま行けば、結婚するかもなの」
「そう・・・」
とヤヨイは言った。
「都で商売をしてる人。アヴェンティノスに家もあるの」
「すっごーい! 玉の輿ってやつ? おめでとう。良かったじゃないの」
「あんたは? そっちのほうは、どうなの?」
「わたしは・・・」
「あの時の彼のこと、まだ引きずってるの?」
ジョーのことだと思った。それについてはアランにも話した通り、整理はついていた。
「ううん。もういいの」
「もういいひといるの?」
「ううん」
ヤヨイは首を振った。
「今は、誰も。任務が全てよ」
ヤヨイをじっと見つめていたリーズルの、指に挟んだ細い葉巻の煙が真っすぐに立ち上って行った。
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