12 ヤヨイ、バカを極める特訓に汗を流す
「空挺部隊の制服に着替えて小屋の間に集合せよ」
いつの間にか小屋の前にトラックが停まっていた。そこから軍曹や兵たちの手で空挺部隊専用の軍服一式が運び込まれた。
軍用サンダルの代わりに革製の長靴。カーキ色のテュニカの代わりにダブダブの長袖長ズボン。そしてジッパー付きのジャケット、そのすべてがカーキ色に統一されていた。
どうやら士官たちの中で女はヤヨイだけらしい。でも、気にしなかった。最初の配属先だった第十三軍団の偵察部隊では男女同じのテントで寝泊まりしたし、宿営地の傍の川で身体を洗った。それに比べれば何のことはない。さっさとテュニカを脱ぎ、アンダーガーメントと軍用ショーツだけになるとそのダブダブの長袖長ズボンを身に着け始めた。むしろ、周囲の男どものほうがドギマギぎこちなくて、それがちょっと、面白かった。
結果的にヤヨイが最も早く着替え終わり、小屋の外に出た。
外では曹長軍曹たちが小屋の屋根に梯子をかけて屋根の上に登ろうとしていた。それをグールド大佐が離れたところから腕組みして見ていた。
屋根に上った軍曹が下に向かって声を張り上げた。
「では今から5点着地を実演します。これがダイブして地面に着地する際の基本となります。よく見ていてください」
そういうと軍曹はパッと身を躍らせて屋根から飛び降り、両脚を揃えて地面に着地するやクルッと膝を曲げて尻もちを着きゴロンと後ろに転がって丸めた背中を、肩をついて、立ち上がった。
「わかりましたか? 足、尻、腰、背中、肩。着地の衝撃を5点に分散させることにより和らげるのです。実際のパラシュート降下による衝撃は約4~5メートルぐらいの高さから飛び降りるくらいあります。体重の数倍の衝撃がかかります。脚だけで着地しようとすると確実に脚を骨折し、股関節を痛め、そのまま使い物にならなくなり、寝たきりになります。そうならないように、この着地法を完全にマスターしてください。
この屋根からの飛び降りができたら、あの崖からの飛び降り。それが出来たら、アレです」
軍曹の指す指の彼方。あの切り立った山が聳え、今しもいくつかのパラシュートが点々と降りて来ていた。
「兵たちはすでにあの段階に入り10日、長い者は半月ほど訓練を続けています。
頑張って、習得してください」
「やってもいいですか?」
ヤヨイは真っ先に手を挙げた。
どうぞ、という風に軍曹が梯子を促した。スルスル登って屋根の上に立った。
思い切って飛び降り、着地と共に丸くなって後ろ向きに転がった。痛いことは痛いが、要は慣れだ。立ち上がると「おおーっ!」という感嘆と拍手が上がったから素直に嬉しかった。遠目でグールド大佐がニヤニヤしていたのが見えた。「体育」は得意だし、好きだった。
続く4メートルの崖からの着地もクリアし、一番最初に山の上に登った。
途中までは馬で登り、そこから急設された階段でさらに登った。さすがのヤヨイも息が切れそうになったが、このところ身体がナマっていたからいい運動だと思った。
「やはり『ミカサの英雄』は違うな。やるな、キミ」
ヤヨイの下から2、3の士官がついてきていた。
「ありがとうございます!」
頂上に上がると鉄骨で櫓が組まれ、そこから崖の上にブームが伸びていた。兵たちはブームの先をめがけて駆け出して行き、次々にはるか崖下へ飛び降りていった。
背負ったパラシュートのフックをブームの溝を走るフックに掛け、飛び降りるとフックの先のベルトが伸びて畳み込んだパラシュートが開く寸法だ。パラシュートが開くとベルトは外れる。崖の際から下を見るとはるか地上までの間の広大な空間に白い花がいくつも咲いて舞い落ちて行くのが見られた。
偵察機の上から見るのとはまるで違う景色に畏れと興奮とが錯綜する。
「下まで約1100メートルほどです。実際の降下高度にほぼ近い高さです」
いつの間にか着地を教えてくれた軍曹が登ってきていた。
一連の兵たちが降下し終わるとブームの先に溜まったベルトが引き戻されて回収される。
櫓の根元に再び準備終わった兵たちが整列し、順にフックを掛けて行く。
「やってみますか?」
軍曹がヘルメットとパラシュートの入った背嚢をくれた。
「ええ。もちろん!」
と、ヤヨイは答えた。
「背嚢は両脚の付け根と腹、そして胸にしっかりと固定して下さい。キツ過ぎず、緩すぎずに。なるべく勢いよく飛び出してください。空中に躍り出たらすぐにパラシュートが開きます。基本でやった通りに両脚はピッタリ閉じる。いいですね?」
了解の合図、親指を上に上げた。
次の一連の中に入れてもらえた。
「ほぼ3秒間隔でダイブします。実際のダイブは航空機から行います。タイミングを誤るとそれだけ着地点が離れるわけです。着地したらすぐにパラシュートを掻き集めて上から降りて来るパラシュートに注意して退避してください・・・」
そして、空に向かって飛び出す時が来た。
心臓が高鳴る。
一連の最初の兵が飛び出した。2人目、3人目、4人目、そして、ヤヨイ。
アイン、ツバイ、ドライ!
タタタッと勢いで飛び出してしまう。身体が空中に躍り出る。足の下に、何もない。
自由落下が2、3秒。すぐに体重以上の衝撃を感じ、体重が股間と腰とに巻いたベルトにグッとかかる。パラシュートが開いたのだ。両手で肩の上の2本のベルトを握る。
聞こえるのは、風の歌だけになる。
今、飛んでいる。鳥になっている。風になっている。
飛行機という機械にも頼らず、自分の身体だけが何にも支えられずに、空を泳いでいる。飛行機では得られない、風になる感覚。
素晴らしい・・・。
眼下には先に飛び出した同じような白い傘が遠近法で大中小と連なる。そして地平線が丸い。地球は丸いのだ。だが、丸裸で感じている空のそれは、飛行機から眺めたそれとは、まったく違っていた。
この大地は全て自分のものだ。
それを、実感する。
虚空に半月が浮かんでいた。
任務も、戦争も、もう、どうでもいい。
出来ることなら、このまま風に乗って月に行ってしまいたいなあ・・・。
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