08 陸軍内の対立
数時間前。
ヤヨイが傍聴した『御前会議』に先立ち、準備会議が行われた。
場所は統合参謀本部ではなく、皇宮の会議室。出席者はまず、元老院議員からなる十人委員会、大蔵省の担当官と資源調査院の担当官。『国務長官』とも言えるヤンと特務機関のウリル。それに統合参謀本部長とそのスタッフ、第一軍から第三軍までの司令官とその幕僚、そして、トーガ姿の帝国軍最高司令官、帝国皇帝だった。
実質的な戦争遂行のための意思決定を行う最高戦争指導会議であり、先刻の『御前会議』などはこの準備会議の決定を踏まえて行われた儀式のようなものだった。
その会議はここ数週間に及ぶ陸軍の統帥部内の対立を引きずっていて、最初から険悪なムードで始まった。
議題はもちろんチナに対する侵攻計画に関するものだった。
皇宮の会議室。上座に当たる暖炉の上には、大きな絵画が飾られていた。
帝国が標榜するいにしえのローマ。月桂冠を頂いた神君カエサルが、赤いマントを風に靡かせた颯爽とした軍服姿の全身が描かれていた。
皇帝は一人がけのソファーに白いトーガを纏ってゆったりと脚を組んでいた。両の腕はひじ掛けに置かれ、少しでも険悪な雰囲気を和らげようという配慮なのか、彼の浅黒い健康的な顔には厳かながらも穏やかな色が浮かんでいた。
しかし、その真正面にいた統合参謀本部長、幕僚会議議長は違った。『御前会議』ではその金を模した黄色いマントで大いに威厳を演出できた彼だったが、それに先立つこの準備会議ではマントもなく、始終ただおろおろしてばかりいて議論の対立点を要約するのが精一杯のていたらくだった。
このような、ロクに調整能力もないような男を本部長に推挙するようでは・・・。
その場にいた目の見える者の、陸軍の先々を思いあぐねる聞こえない溜息が会議室のそこかしこから漏れ始めていた。特に皇帝のスタッフであるヤンとウリルは、最高司令官の背後に控えつつも、それを抑えるのに苦慮していたのだった。
侵攻軍を三軍に分けることでは参謀本部の幕僚たちも前線の司令官たちも一致していた。そして三軍とも適当な位置までチナ領土に侵攻することも、中央軍である第一軍を言わば「扇の要」とし、両翼に当たる北の第二軍と南の第三軍が敵中に深く切り込んでゆくことも意見の一致を見ていた。
だが問題は、その先だった。
第二軍の司令官ハットン中将は、北の第二軍と南の第三軍が、中央軍である第一軍の正面、国境から100キロ内陸に立ちはだかる4千メートル級のチンメイ山脈地帯を迂回し、炭バサミのようにそれぞれ北と南から足並みをそろえて敵中に切り込む侵攻案を主張した。チナの国土、そしてチンメイ山脈のさらに向こう側奥深くに精鋭を温存しているチナ軍の敵情に対し、まず穏当な作戦案と言えた。
ハットンは、亜麻色の髪をきれいに撫でつけた、いかにも秀才然とした目つきの鋭い男で、その挑戦的な瞳を真っ向から一つ上級の老練な大将に向けていた。
「目的がチナをして降伏せしめるところにあるのならば、それが最も有効な作戦であると考えます。チナは首都を守るその兵力を二分せざるを得ず、必ずや早期に窮地に陥るでしょう」
それに対して異論を唱えたのが第三軍のモンゴメライ大将だった。
「ジョージ。敵の兵力の分散を期すのは私も君と同じ意見だ。だが、『足並みをそろえて』というのはどうか。
いくさには予定外想定外のことなどいくらでも起こりうる。それに今までの写真偵察での敵情を見る限り、敵の主力はほぼ首都の周辺に集中しているものと思われる。君の第二軍もわが第三軍も、敵に相当程度のダメージを与えるためには双方その先鋒をかなり奥深いところまで侵攻させずばならなくなるだろう。しかも『足並みをそろえて』だ。敵中深く切り込み、槍を奥に突き刺すほどに、足並みをそろえるのが難しくなるのは、自明だ。下手をすれば北と南の進軍速度の違いが大きくなりすぎ、各個撃破の機会を敵に与えかねない。そうさせないためには、極力、速攻で、電撃的に敵兵力を撃破せねばならない。
そこで君に質したいのだが、君の言う『早期』とは、一体どれほどの日数を考えているのかね?」
大将は白髪の下の同じく白い口髭の先を捩りながらゆったりと脚を組んでいた。時折大ぶりなジェスチャーを加えつつ、相手のハットン中将ではなく皇帝の背後でテーブルを囲みつつ、椅子を回して議論に耳を傾けている十人委員会と大蔵省の担当官のほうを意識し、ことさらに「日数」という言葉を強調した。
ここのところ帝国は軍事費の増大に悩んでいた。
五千トンの最新鋭戦艦を四隻も建造し、小型ガソリンエンジンと装甲車両を開発して量産、それに初の発動機を積んだ航空機を偵察機として完成させ、実戦に配備していた。
そして、今また十数個以上もの軍団を西の国境へ集めている。
国庫は戦争を前にしてすでに底をつきかけていた。
戦争が長引けばそれだけ軍費はかさむ。そろそろ戦時国債の発行も検討せねばならない時期に来ていた。それには宣戦布告が必要になるのだが・・・。
「おおよそ、一か月、ないし二か月を予定しています」
ハットンは彼の背後に控えている第二軍の参謀長をチラと顧みつつ、胸を張った。
「長いな、ジョージ。長すぎる」
まるで年長者が若輩を諭すかのように、モンゴメライはゆっくりと首を振った。
階級が上ということもあり、二人の対立は常に教師と優秀な生徒という構図を意識して戦わされていた。
ハットンには大将のその態度が我慢ならなかった。
帝国陸軍の中将の中では最も若く優秀で、野心的な軍人だった。
海軍と同じく、陸軍内もまた士官学校での成績がモノを言う世界だった。同期中席次一番で入学してそのままトップで卒業した彼は、エリート中のエリートとしてのプライドを賭けて、陸軍の重鎮に対して一歩も引かない覚悟で臨んでいた。
「では閣下。閣下ならどのように『早期』に目標を達成なさるのですか。ふた月が長いと仰るなら、閣下には例えば半月以内ほどにチナを降参させる手だてがおありになるのでしょうな」
「ある」
モンゴメライ大将は重々しく断言した。
それはハットン案より自案が優れていることを周囲に印象付けるための演出のようにも見えた。
「私のスタッフの案ならば、半月から20日ほどで決着を付けられる」
ほお・・・。
皇帝の背後からは感嘆の吐息が漏れ聞こえた。
国家の財務を担当する者からすれば、戦争が早期に決着するのならばそれに越したことはない。当然に皆の関心はモンゴメライ大将の「早期決着案」に集まった。
その空気に気分を害されたのか、ハットンはイラついて急かした。
「ですから、それをお聞きしたいと言っているのです!」
大将は穏やかに手を挙げて歳若の秀才を諫めた。まるで、結論を先走る優秀な生徒を諫める老教師のように。まるで、熟練の賭博師が勝ちを焦る相手の勇み足を誘うかのように。
「ある程度の地点までは全軍が前進する。それは同じだ。
だがその後は第一軍は前進地点で強固な陣営地を築いて留まり、北の第二軍もさらに前進するがこの、」
と、大将は傍らのイーゼルに掛けられた侵攻配置図の北を指した。
「チンメイ山脈の北、クンカーの街を攻略後はそこに留まり、その一帯を広範囲に占拠して多数の陣営地を構築、そこから敵地を砲撃するにとどめる。砲弾は送っても兵は留め、敵の主力を引きつけるのだ。
そして、敵の主力が第二軍に誘われ移動を開始したのを見計らい、我が第三軍が侵攻を開始する。このルートを辿って、最終目標はここ、遠くアルムの街まで侵攻する。そのルートの総延長は約5百キロにも及ぶが、一日40キロを走破出来れば十数日ほどで十分に可能だ。
知っての通り、アルムはチナの第二の首都とも言える大きな街だ。付近に、軍港に改修可能な漁村もある。ここを攻略し、海上から兵力を増派し潤沢な補給を行って強固な陣営地を構築されるとチナの中央部はもう丸裸になる。敵の首都の喉元を急襲してその首にナイフを突きつけ、チナに降伏を迫るのだ!」
一同は静まり返った。
その沈黙はトーガの者たちと軍服の者たちとでは、意味が違った。
トーガの集まりである十人委員会の面々はテーブルに向かうと両隣や向こう側と額を付け合う様にしてひそひそ話を始め、皆首をウンウンと振り、唾を飛ばし合った。聞くともなしに聞えて来るその内容は、大方が、
—半月で戦争に決着がつくならば、願ってもない—
という、至極当然のものだった。
だが、軍服組の沈黙はそれとは正反対のものだった。みな押し黙ってハットン中将の顔色を窺った。
中将はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと首を横に振りながら、
「それはいささか無謀ではありませんか、閣下。失礼を承知で申し上げますが、500キロを半月で突破するなど、絶対に、無理だ!」
「ジョージ、話はまだ途中なのだ。参謀長、例の資料をお配りして説明を」
モンゴメライ大将の背後から肥満体の第三軍司令部参謀長の中将が立ち上がり、部下の参謀たちに命じて用意したパンフレットをその場の出席者たちに配り始めた。
ヤンも受け取り、背後から皇帝に差し出した。
「・・・空挺部隊、かね」
パンフレットに目を通した帝国軍最高司令官は、目だけを上げて白髪の大将を睨んだ。
「左様です、陛下。これより作戦詳細につき、マクスウェル中将よりご説明いたします」
大将が微笑を持って受け応えると、肥満体の参謀長は配置図を掲げるイーゼルの真横に起立し、説明を始めた。
「陛下、お集まりの皆様。本作戦は帝国陸軍史上初の、空挺部隊と機甲師団による共同作戦となります!」
「オペラチオン・マルクト・ウント・ガルテン・・・」
パンフレットに書かれた表題をハットン中将が読み上げた。
「ハットン中将。『Operation Market garden』、マーケット・ガーデン作戦です」
ハットンの方が若かったが先任であるため、マクスウェルは礼をとった。
だが、純正帝国語風に読もうと英語風に読もうと同じである。その小癪な態度にこめかみをヒクつかせたハットンだったが、よく自制した。
マクスウェルの説明する「市場と庭」作戦とはこのようなものだった。
北方第二軍の前進の後、第三軍主力もまた非武装地帯を超えてある程度の前進を行い、もっとも東の川の手前で一度停止し陣営地を確保する。その後、第二軍がチナ北部の大都市クンカーの攻略に目途をつけたのを見計らい、まず空挺部隊がチンメイ山脈の麓と海岸線の間にある街道沿いの街々に降下、このゾマからアルムまでの街を通って海にそそぐ4本の川にかかる橋を全て抑える。
その後に、陣営地を出発した機甲師団が妨害する敵を蹴散らし、4本の川にかかる確保された橋を渡って一気に街道を攻め上り、最終目標のアルムに到達。併せて漁村を占領し、その後は海軍の艦艇から増派兵力と補給物資を上陸させ一大陣営地を構築し、チナの心臓部に直接睨みを利かせる、というものだった。
「この『マーケット』作戦、空挺作戦を担当する部隊ですが、すでに第一近衛師団に第一落下傘連隊を新設、兵の訓練に入りました。ひと月後には実戦配備する予定です。そして、『ガーデン』のほうの機甲部隊は目下、第三軍に編入されている第十一軍団の第二機甲師団を充てる予定ですが・・・」
そこでマクスウェルは上司であるモンゴメライ大将に目配せした。申し上げてもいいのですか、というように。
モンゴメライ大将は片手を軽く振ってわかったというような仕草をし、ハットンに身を寄せ、こう言った。
「そこでなんだが、ジョージ。貴軍はクンカーに留まって敵を惹きつけてもらうわけだから、長距離砲が必要となるだろう。第三軍の砲を貴軍に融通する代わりに貴軍の第一機甲師団を第三軍にもらいたいのだ。機動打撃力を強化したいのでね」
「お待ちください、閣下!」
言いたいだけ言いまくられていたハットンだったが、ついに忍耐の限界を感じたのか、反撃に転じた。
「お説拝聴いたしました。ですが、どうしても納得できかねる点がいくつかあります!」
「ほお・・・。伺おうではないか」
ことさらに鷹揚に構えたモンゴメライ大将は、脚を組みなおし両手を広げてみせた。
「小官も参謀本部が編纂した旧文明の戦史ぐらい目を通しています。閣下の作戦案は千年前の二十世紀中ごろに欧州の大戦で行われたものが基礎になっているように拝察しますが、あの作戦は失敗したのですよ?
まず第一に、空挺部隊等というものは本来、対峙して膠着した戦線の敵陣の背後に兵力を投下し、そこに別な戦線を構築して敵をして混乱せしめるためのものです。いわば奇襲がその本領なのです。それなのに、これから侵攻しようとする敵地に先行させてしかも橋を守らせるなど、まるで騎兵部隊に籠城戦をやらせるようなものです。第三軍正面になる南の軍閥の擁する軍勢だけでも6~7万は動員できるとの情報もあります。あっという間に敵に包囲されて機甲部隊の到着前に全滅させられるのが目に見えています。
しかも、機甲部隊に一日平均40キロを走破させるなど、いったい何を根拠に算出された進軍速度なのでしょうか。
第三軍の進撃予定地は水田の多い穀倉地帯。アルムまでは田んぼの中の一本道しかありません。要所要所で防衛線を構築されていたり、渡河作戦ひとつとってもその都度足止めを喰らう可能性大です。一度でも先頭が止まってしまえば狭い街道はたちまちに大渋滞になる。進撃路と輸送路が完全に重なり、時にはガソリンを待つために何日も空費しなければならなくなるかもしれない!」
ハットンはいかにも士官学校の秀才らしく、戦法のセオリーとロジスティックス、兵站補給の困難を数値を上げて追及し反撃の度を高めていった。
「さらに、です。
チナの正規軍総兵力は我が方の西部に集結した兵力を上回る約30万。軍閥なども入れれば、その総兵力は50万を超えると言われます。今回、これも陸軍初の写真偵察により今までなかったほどの詳細な敵情を得ることが出来ました。ですが、西部戦線各部に置いて把握できた敵部隊はその十分の一にも達しておりません。約20万と言われる軍閥がチナの土地に住む人民の中に紛れ込んだ、言わばゲリラのような存在だからです。首都周辺に集まっている30万もの正規軍に対し、第三軍先鋒の、しかも機甲部隊に続く機械化歩兵は戦力として1万ほどにしかなりません!」
「ジョージ。だから君の機甲部隊を貸してくれと言っているのではないか」
気鋭の中将はさらに老練な教師に追い込みをかけた。
「さらにです。
仮に空挺部隊が橋の占拠を行ったとしても、その橋は全て機甲部隊の車両を通過させ得るものなのですか? 仮にそれがダメだったとして、仮設橋を掛けるまでにさらに時間が経過します。それまで最先鋒の空挺部隊は敵中に孤立したまま。機甲部隊が到着する前に、彼らが全滅している可能性もあるのではないですか?!」
ハットンは切々と訴えた。
「仮に機甲部隊が1万から2万になったところで、この「マーケット・ガーデン」が無謀であるという本質は変わりません。
『いくさには予定外想定外のことなどいくらでも起こりうる』
先ほど閣下がご自身で仰ったお言葉を、失礼ながらそのままお返し申し上げたく存じます!」
白熱し過ぎた空気は、もはやだれにも冷ますことは出来なかった。
沈黙は、決断を求めていた。
皆の視線は自然にトーガの帝国軍最高司令官に集まっていた。
皇帝は黙って目を閉じ論戦に耳を傾けていた。その場の者たちの視線が自分に集中していることも承知で、瞑目し続けていた。
「ジョージ。一つ、訊いてもいいかね」
第三軍司令官は静かに同僚である第二軍司令官に語り掛けた。
「君の言わんとするところはよくわかった。それでは逆に君に問いたい。君の言うように、北と南から同時にチナの心臓部へ侵攻するとして、チナの降伏までに2か月かかると、君は言った」
「はい」
「そうなると、戦争の終了は早くても年明け。それまでにどれほどの人的な、戦費的な消耗をする予定なのかを聞かせて欲しい。また、大部隊を一気に動かせば膨大な補給が必要になる。我が第三軍ならば海から支援を受けられるが、第二軍はどうかね?
これから、冬になる。このバカでかいチンメイ山脈の北側は、まだ帝国の兵が知らない未開の地なのだ。冬季の積雪なども考慮したのかね? 場合によっては補給隊の道が閉ざされ、一つや二つの小隊どころではない、先鋒の数万の大部隊が孤立して立ち往生する可能性を考えてみたかね?
しかも、だ」
大将はイーゼルの兵力配置図の北方を指した。
「我が帝国の北辺と同様、チナの北もまた、野蛮人どもの地になる。
たしかに、かの野蛮人どもは結束力に欠け、民族共同して事を行う気概に乏しい。だが、我が軍とチナが長期で対陣しているのをチャンスと見て、第二軍の背後を扼して来ないという保証はあるかね? 国境の川の水量の多い夏でさえ、彼らは度々我が領土を侵している。水量の少ない冬、しかも我が軍の手薄になった一帯を大挙して南進して来ないという、保証はあるかね?」
ハットンは沈黙した。その点は彼の目下の検討事項なのだろう。
「南なら、野蛮人はいないのだよ、ジョージ」
「冬季は海も荒れると海軍から報告を受けております。また、冬季にはチナの南は雨期に入るので航空機の支援も難しいと。
北部での冬季の補給線の問題は今研究中であります。ですが、帝国挙げての総力戦であるこの一戦については、大筋では安全策をとるべきだと申し上げているのです!」
「そしてカネとモノとヒトと時間が無限にすり減ってゆき、戦争は泥沼化する。元老院とそちらの十人委員会の諸閣下方が一番恐れておられるのは、その一点だと思うのだが」
モンゴメライ大将は皇帝の背後に集っているトーガたちに会釈をした。
「どうだろうか。わかってもらえぬものだろうか、ジョージ・・・」
そのようにして、老練な教師は優秀な生徒を諭した。
そして・・・。
「クィリーテス(市民諸君)・・・」
白いトーガの最高司令官がようやく口を開いた。
それは論戦を繰り広げている二人の司令官ではなく、背後のテーブルに着いている委員会の面々に向かって問われた。
「クィリーテス。どう思うかね? 予算を精査し、執行を監督する君たちの意見も聞いたうえで判断を下したい。そうでなければわたしは、国政を預かる者として、内閣府に臨時の予算を編成するよう命ずることが出来ない。いかに正当な理由があり、いかに高邁な理念があり、理想があり、喫緊の必要があったとしても、確かな予算の裏付けもなしに帝国をいくさに導くことは、わたしにはとても出来ない」
十人委員会のうち、最も議員歴の長い者が彼らの意見を集約し、立った。
「陛下。このところの軍事費の増加により、国庫は今、危機に瀕しております。この上はより早期に決着の付く方法をお選びいただきたいというのが我々の等しく思うところでございます」
「・・・わかった」
そして皇帝はもう一度目を瞑り、しばし沈思に浸った。
そこに集まった誰もが、その時間が永久に続くやに思われる、長い、長すぎる沈思だった。
帝都に住まう、南の民の昼の礼拝の歌声が、ここ皇宮にまで響いて来た。
その長い祈りの歌が終わるころ、ようやく、皇帝は立ち上がった。
元老院の議場で最初と最後の演説をするときのように、一点の曇りもない瞳を見開き、目の前の帝国軍指導者たちを見据えた。
帝国皇帝。帝国軍最高司令官の命令が、今まさに下されようとしていた。その場にいた全ての軍人が起立し、軍用サンダルの踵を合わせ、胸を張った。
「コン・ミリーテス!」
と彼は呼びかけた。
「これ以上のチナの横暴を許すは帝国の存立を危うくする!
そう考え、我々は今まで多くの時間をかけていくさの道を模索してきた。
今から私は帝国皇帝として、帝国軍最高司令官として、思うところを申し述べようと思う。私の取るべき道が今貴官たちが申し述べた中にしかないと言うのであれば、私はそのいずれかを選ぶであろう。
だがそれを述べる前に、貴官たちに約束して欲しい。
私がどのような道を選ぼうとも、目的達成に向け私を信じて互いに協力し合い、その類まれなる能力を存分に発揮して欲しいのだ。帝国の、勝利のために。
約束してくれるかね? モンゴメライ大将」
「仰せられるまでもなく、小官は総司令官陛下の言に従うのみであります」
「君はどうかね、ハットン中将」
「小官も同じです。陛下がどのような決断をなされようとも、命令を遂行するのみであります!」
カエザル、インペラトールはウムと頷き、口を開いた。
「私は、モンゴメライ大将の言を用いる。
統合参謀長! ただちにその旨を全軍に伝達、目標完遂に向け各員奮励努力せよ!」
決断は、下された。
「かしこまりました、陛下!」
「ヤン!」
皇帝は背後に控えるヤン議員を顧みて、言った。
「はい、陛下!」
「宣戦布告の最も適切な時を図り、開戦後もことあるごとに機会をとらえ、チナとの和睦を図るよう時機を逸することの無きようにしてもらいたい」
「かしこまりました」
「そして、ウリル少将!」
「はい」
「すでにチナに潜入した情報員は悉く連絡を絶ったと聞いている。だが、正確な情報が勝敗を決する重要な鍵となる。至急手配りをし、正しい情報を持って帝国を勝利に導くよう希望する」
「かしこまりました、陛下」
「ではこれにて散会する。我が帝国に、勝利の栄光のあらんことを!」
そう言ってカエザルは、トーガの端を払い、皇帝を湛える唱和の中、退席した。
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