4章 地球世界最強女軍人VS異世界Aランクシーフ
それからマキナはスパリゾートのような大浴場に一人で入らされ、女官達に垢すりをされ、マッサージをされた。
さらに風呂から上がれば、化粧をされ、縦ロールのような髪型にされ、貴族令嬢のような豪華なドレスから、髪飾り、ネックレス、指輪までされていた。
どうやら式典で勇者として紹介したいらしかった。パーティー会場のような室内でマキナはうんざりとしながらもフランシスの食事に付き合い、貴族令嬢と貴族男性と軽い質問と世間話に付き合った。
「クク、まるで田舎の町娘のような反応ではないか。軍人ならテーブルマナーや礼儀作法を学んでいるのではないのか?」
馬車の中で血のような匂いのする赤ワインを飲みながら、フランシスはマキナをあざ笑うように言う。
「もちろん私の世界でも身辺警護や潜入、授与式まであるので、そういったマナーは覚えていますよ。ただ、苦手なだけです」
マキナはうんざりといった風な顔をフランシスに見せまいと、顔を逸らすように馬車の窓に目を向ける。豪華なドレスも心なしか、着崩れているように見える。
「ならば、貴様を楽しめる場所に連れて行こうではないか! バー、カジノ、コロシアム娯楽に困る事はない国だ! 眠らない街、ナイトメアキングダム公国へようこそ! マキナ・エクス」
「……公爵嬢様。私の紹介は良いとしても、そんな事してる暇はあるんですか? この国、荒れてますよ。いらぬアドバイスかもしれませんが、貧困の民衆が目立ちます。民の格差が大きいと、紛争の原因になりますよ」
馬車の窓からは18世紀のロンドンを思わせるような街並み。ガス灯のような外灯が立ち並び、馬車が行き交う。コンクリートの5~6階のビル群が建ち並んでいた。ランゲージリング(言語通訳魔法機)には文字の解読機能もあるらしく、ビルの看板からデパート、バー、銀行、カジノ、コロシアムといった施設があるようだ。
その中で目立つのは道端に座る物乞い、路地裏に潜み、通りすがる紳士に客引きをするフードを被った娼婦、靴磨きをする子供だった。貧困者はほとんどが人間で、獣耳や尻尾が生えた者は少なかった。
特に路地裏の奥では座って煙草を吸う者が多いようだが、普通の煙草ではないように思えた。煙草を咥えたまま座って、意気消沈した者や妙な笑い方をする喫煙者が多い。こっちの世界で言う違法薬物に近い物かもしれない。確かに他国では合法化している国や地域もあるが、治安悪化に繋がりそうだ。
「あれは問題ない。自ら自由を求めたヒューマン達だ。飢えそうな者や病気の者は保護しているが……拒否する者もいる」
「ヒューマン?」
直訳すると人間という意味になるが、この世界では獣の特徴をもったミュータント(突然変異体)やSFチックな宇宙人的な存在が暮らしているものと思っていた。
(ヒューマンはこの世界の人間の事だ。この世界ではあらゆる種族が暮らしている。ヴァンパイア(吸血鬼)、エルフ(耳長族)、ドワーフ(工作小人)、妖精(羽根小人)なんかがいる。人間に近い人といった感じだ。我々のエルダーアース(地球世界)の外国人のような感覚とはほぼ遠いがな。クロマニョン人とネアンデルタール人ぐらい見た目と能力の違いがある)
聞いてもいないのにヨルムの補足が入る。
「そんな事も知らぬか? 貴様はハイヒューマン(選ばれし人間)であろう? ハイヒューマンは神に選ばれ、特殊な能力を持つ。かつてはエルダーアースもヒューマン(人間)が支配していた時期があった。幾つもの国を持ち、長きに渡るミレニアムウォー(2000年戦争)をハイヒューマン(選ばれし人間)とヒューマン(人間)と共に勝利を収めた。ハイヒューマン(選ばれし人間)の一人が裏切り、ヒューマンは絶滅寸前。ハイヒューマン(選ばれし者)も散り散りになった。皮肉ではないか?」
フランシスは鼻で笑うように言う。
「この世界のヒューマン(人間)は迫害されているのですか?」
「確かにハイヒューマン(選ばれし人間)の裏切りによってヒューマンを迫害する者は少なくはない。ヘル帝国では奴隷以下、食料か電池、ペットとしての価値しかない。だが、私とこのナイトメアキングダム公国は違う! 全てのヒューマン(人間)の奴隷を買い取り、解放する! 共にヘル帝国に抗い、聖魔連合(せいまれんごう)に勝利をもたらそうではないか!」
馬車のテーブルのコースターの魔法陣から冷えたグラスにワインが入った物が現れ、フランシスはタイミング良く手に持っていた。
「……この世界と貴方に勝利を……」
マキナもそのワイングラスを持つと、互いにグラスを当て、ワインを飲んだ。
「ところで貴様は酒に強い方か?」
ニタニタと笑うフランシスにマキナは苦笑いする。
「……嗜む程度には……」
「良いお店がある」
と、連れてこられたのは二階建ての煉瓦造りのキャバレーであった。外装も内装もムーラン・ルージュを思わせた。
内装は幅が広いソファが幾つかと、背の低いガラステーブルが同じ数ほど置かれている。天井には豪華そうな幾つかのアンティーク調のシャンデリアが使われていた。ワンステップの段差しかない舞台には鉄の3つのポールが設置されており、そこではうさ耳とうさ尻尾が生えたウサギの獣人がレオタード、カフスなどを付けたいわゆるバニースーツ姿で3人がポールダンスを披露していた。
「公爵令嬢、男性より女性の方が好みなのですか?」
溜息をつくように言うマキナの視線の先のソファにはフランシスが高そうなグラスで高そうな匂いの赤ワインを嗜んでいた。両脇には角の生えたウサギ獣人のバニーガール2人がいる。
「ふふ、良いではないか。いくら会員制のキャバレーパブであっても男性を侍らせていたら新聞記者の餌食だ。女性の方が気軽ではないか?」
フランシスが微笑し、指を鳴らすと、マキナの両脇にもウサギ獣人のバニーガール2人がお酌し、同じような高そうな赤ワインを勧める。
「確かに公爵様がこんな所に来るとは思いませんしね」
マキナは赤ワインを一口飲んで、手振りで二人のバニーガールを下がらせる。
(何なのだこのバニーガールは? いや、本当に額に角が生え、ウサギの耳と尻尾が生えているのか?)
マキナは奇怪な種族を目にして、テレパシー(思念通信)でヨルムに聞いていた。
(アルミラージ族と呼ばれる獣人だ。獣人の中では魔力に優れるが、他の獣人と比べると身体能力は乏しい。僧侶に向いている種族でもある)
「クク、可愛いものはお嫌いか? 男性が好みなら、好きそうな者を用意するが」
フランシスがまた指を鳴らすと、筋肉質な男2人がマキナの背後に歩み寄ってくる。サスペンダーの髭男にハンサムなタンクトップの男で、どちらもヒューマン(人間)のようであった。
「必要ありません。こういった者は我が部隊に似たような者がたくさん居ますゆえ。見せかけのボディビルダーより、戦える兵士をいただけますか? 新人兵士でも一流の兵士に育て上げる事ができます」
フランシスが少し嫌な顔をし、手振りでボディビルダー風の男2人組を下がらせる。
「貴様は真面目すぎるな。このような趣向すら楽しめないのか? 急いても良いが、今の貴様ではまともな魔法はおろか、スキルすら使えないのであろう? 接近戦は心得ているようだが……遠くから魔法を使われたら貴様はヨルムのように暗殺されて終わりだな」
鼻で笑うようなヨルムにマキナは少しむすっとする。
「お言葉ですが……時間さえいただけるのであれば、私自身も魔法やこちらの世界の戦術も身につける事も可能です」
「それでは意味がない。貴様のアドバンテージはエルダーアース(地球世界)の知識とその武器であろう?」
「武器ですか……それなりの資金、道具、材料がいります」
「クク、隠すでない。貴様にはヨルムと同じ銃という武器があるのであろう? まさか手作りで銃を作るとは言わぬな? 既に神殿には通わずジョブ(職業)を取得していると聞く」
(分かっているなマキナ。奴を信用するな! 奴の前で銃を作るな!)
珍しくヨルムが声を上げるような声音の心の声。
「……ここに来たばかりでジョブ(職業)というものが、まだよく分かりません」
「あれを持って来い」
フランシスがバーテンダーに持って来させたのはボーリング玉大の水晶玉だった。
「これはジョブストーンと言って、貴様の適性を測る魔道具だ。これに渡されたステータスカードをかざしてみるがいい」
(問題ない。ギルドカードに更新してくれる手はずだ)
マキナは少し警戒したが、ヨルムのテレパシー(思念通信)とフランシスの目を見て頷いた。
「分かった」
マキナはポケットからステータスカードを照らすと、ジョブストーンと虹色の光の線が伸びてカードに繋がっていた。
フランシスが水晶玉に立体的に浮き上がった光の文字と画像表記を指で動かし、まるでスマホのように確認していく。
「ほぉ……やはりハイヒューマン(選ばれし人間)か。それにメインのジョブ(職業)ブレイブオフェンサー(勇者)。サポートジョブ(副業)はアルケミスト(錬金術師)、サモナー(召喚士)、マーチャント(商人)か……マーチャント(商人)の意図は分からぬがまあ、いい。ついでに連合ギルドに登録をしてやろう。不意打ちでBランク冒険者に勝ったのだ。我の権限でDランク冒険者にしてやろう」
フランシスが水晶玉にタッチパネルのように操作すると、透明だったステータスカードが青色に変化する。
「ステータスカードの色が透明から青に変わった……それにこの紋章はヨルムのトレードマークのワッペンに似ているな」
マキナが持っていた何の変哲もない透明なステータスカードが青色に変わり、ヨルムの蛇のトレードマークである星に二対の蛇が囲んでいる紋章となっていた。
「ステータスカードをギルドカードに更新した。一般人はステータスカードを持ち歩くが、連合ギルドに登録している者はギルドカードを持ち歩く。連合に所属している国は国旗の他にこの紋章の旗が掲げられる。連合ギルドに登録している者はこの紋章のマークを武器か防具にマークを付ける義務がある。貴様の武器に紋章を刻印してやろう。試しに作ってみるか?」
にやりと笑い、フランシスが懐から取り出し、テーブルに置いたのは大正時代に旧日本軍で正式採用された十四年式拳銃であった。だが、発射口は破裂したかのように粉砕し、金属部分は錆だらけで、弾倉も実包も無いようであった。
「よくこんな骨董品をお持ちで……この状態では修理するには不可能でしょう」
マキナは十四年式拳銃を手に持つと、いろんな角度から見て言った。実際に本当に修理不可能である。マキナが産まれる前の銃で、さらに他国の兵器で、現存していない物に関しては設計図すら分からない。パーツが残っていれば自力で修理は可能であるが、元のパーツが吹き飛んでいれば、再現も不可能なのだ。
「アルケミスト(錬金術師)ならこの残ったパーツで別の銃を再現可能なはずなのだ。試しにこの材料で短剣を作ってみよ」
フランシスは舌打ちをするように言う。
後からバーテンダーが慌てて鉄鉱石の塊と材木の切れ端、のような物を持ってくる。
マキナがどうやって作るのかと、フランシスに説明を聞こうとすると、テレパシー(思念通信)が聞こえてくる。
(お前はジョブスキルで、クリエイト(生成)が使えるはずだ。材料を撫で続け、思い描いたもの作れるはずだ)
「ジョブスキルとは魔法に近いものか? 魔法との違いが分からないが……」
「何をしておる! 作れるのであろう?」
マキナが思考していると、フランシスが苛立ったように言う。
「あと、炭素かダイヤモンドを頂けますか? 鞘に使う材料、それに布切れとアルコールを頂けますか?」
「鉄鋼とダイヤモンドと組み合わせる鍛冶師もいたが……より強度なナイフを作る為か? しかし、木製の鞘では駄目なのか? しかも革でなく布とはな? エルダーアース(地球世界)の技術は分からんな」
(お前は鞘にポリエステルを加工するつもりか?)
(鞘の仕様だからな)
心の声でマキナが答えると、ヨルムの溜息が聞こえたような気がした。
フランシスが視線と顔でバーテンダーに指示すると、しばらくしてバーテンダーとバニーガールがダイヤモンドの粒と布切れが入った宝箱とアルコールの入った瓶を持ってくる。
(フランシスは撫で続けろと言ったが……粘土を捏ねるようなイメージで良い……お前には教会と同じシステムでジョブ(職業)を選択している。ジョブスキルは本能的に呪文が頭に浮かんでくるはずだ)
「……こうか?……万物における物、わが手中に神の御業ここに生成せよ……クリエイト(生成)!」
マキナは鉄鉱石とダイヤモンドの粒を撫で続けると、溶けた鉄のような物が宙に浮かび上がり、ダイヤモンドの粒を吸収していく。さらに布切れが宙に浮かび、アルコールと混ざり合っていく。
しばらくして、溶けた鉄のような物と布切れは宙に光を伴って形を変え、マキナの手にナイフと分厚いナイロン製の鞘となって落ちた。
(サバイバルナイフ……オンタリオM11EODか? なぜ爆破物処理チームのナイフを?)
ヨルムの疑問というよりも呆れた口調に聞こえた。
(臨時で爆破物処理チームに入れられた事もあったからな)
マキナはテレパシー(思念通信)で答えると、ヨルムの鼻で笑うような息遣いが聞こえたような気がした。
(海兵隊の人手不足は相変わらずだな)
「できたではないか! その調子で銃は作れぬのか? 一から作る手もある」
フランシスはマキナの前に興奮気味に身を乗り出して言う。
「無理ですね。設計図は頭で覚えていても……材料がありません」
「材料なら山ほどあるぞ♪」
手を叩くと、バーテンダーが新たに壊れた銃、銃のパーツと思しき物、様々な銃の空薬莢、火薬、壊れたマガジンなどを持って来ていた。
(俺が使用していた物だろうな。フランシスが花火を打ち上げたいという事で、火薬の作り方は教えたが……)
気まずそうにテレパシー(思念通信)するヨルムにマキナは少し怒りを覚える。
(おい……どうするんだヨルム? 一般兵士なら他の銃の部品で作れないが……私なら作れてしまう)
「何を戸惑っておる? 作れるのであろう?」
子供のように目を輝かせて言うフランシスはさらにマキナに顔を近づける。
「……できません」
マキナは目をつぶって首を横に振った。
「……つまらぬな……しかし、時間はたくさんある。もし、銃の他に面白い武器が思いつくなら作るが良い♪ 材料は持ってこさせる……おお!? 我もダンスをするぞ!」
フランシスが赤ワインを一気飲みすると、舞台に上がり、ウサギのバニーガールに混じってポールダンスを始めた。
「いけませんフランシス様!? お戯れがすぎます!?」
止めるバーテンダー。ウサギのバニーガールはフランシスに拍手したり、ポールダンスを競ったりしている。
いつの間にかソファの席には誰もいなくなり、マキナと銃の材料が取り残されていた。
「銃か……作ってみるか」
(マキナ!? 何を言っている!? やめろ!?)
マキナが壊れた銃、マガジン、銃のパーツと思しき物、空薬莢を撫でると、壊れた銃が分解され、パーツに別れ、宙に浮かび上がる。さらに一部の部品が溶けて新たなパーツが生成され、その分解されたパーツはプラモデルのように宙で組み上がっていく。
しばらくして、サイレンサー付きの拳銃が組み上がっていた。
「3Dプリンターのイメージで生成したが……思った以上にいったな」
(アメリカ軍仕様のベレッタM9か……作ってどうする? 奴に銃を渡す気か!?)
テレパシー(思念通信)で少し慌てたような口調のヨルム。
舞台ではバカ騒ぎが佳境に入り、フランシスに関してはポールダンスをするバニーガールの踊り子のバニースーツの谷間に金貨を入れるなどをしている。銃が造られた事に誰も気づいていない。
「試したい事がある……奴が本当にどれだけ銃を欲しているかだ」
マキナは残った布切れとアルコールでナイロン製のホルスターを作り、それを足に付けると、ベレッタを納めた。
(挑発して真意を見抜こうというのか!? やめとけ……フランシスにはAランク冒険者も抱えている。今のお前でも勝てないかもしれないぞ)
「もちろん準備は怠らない……残った炭素と鉄鋼でピアノ線を作る……万物における物、わが手中に神の御業ここに生成せよ……クリエイト(生成)!」
マキナは残ったダイヤモンドの粒と鉄鋼を撫でると、宙でドロドロした糸状にして、飴細工職人のようにその鉄の糸を束ね、ピアノ線を生成していた。
(ピアノ線? トラップでも仕掛ける気か?)
「オンタリオM11EODのホルダーはツールを入れるホルダーでもあるからな。このように小物も入る訳だ」
マキナはピアノ線を先ほど造ったサバイバルナイフのホルダーに入れた。
「娼婦のラビでふっ♪……よろしくお願いしまふっ♪」
酔っているのか、アルミラージ族の少女が踊るようにマキナに抱き付いてくる。
「お、おい……」
マキナは抱き付くラビをすぐに押し返すが、頬を染めたままキスを迫る。
「どうしたんでふかっ? 女同士でキスなんて挨拶でしょ♪」
再びラビの突進にマキナは避け、その角と頭は柔らかいソファに突っ込んでいた。
「他国と一部の地域ではそういう風習はあるが、私の産まれの国と地域ではそのような挨拶はない」
「……酷いなお客様……挨拶もろくにできないなんてふっ……普通はこの国、この世界に従うべきなんでふっ♪」
「……この店の店員なら……アイスコーヒーぐらい持ってきてくれないか?」
マキナは空になった赤ワインのグラスをラビに渡した。
「嫌だなお客様……このラビットフットはキャバレーパブなのにコーヒーを頼むなんてぇ……私を従わせるならチップを頂かないとぉ♪」
笑って離れていくラビにフランシスが用意したダイヤモンドの粒を投げ渡した。
「……純度としてはそこそこですがぁ……まあ、良いでしょう……やっすいコーヒーを持ってきてあげますぅ♪」
ラビはダイヤモンドの粒をまじまじと見た後、踊るように踵を返す。
「お前は……この店の新人か?」
「……これでも10年のベテランなんですよぉ」
早歩きのラビが急に銃を突き付けられたかのように固まっていた。
「ベテランなら……純度の高いダイヤモンドをそこそこなんて言わないし……他人の物を盗んだりはしないだろ?」
バニースーツの背中にはマキナが仕掛けたと思われるピアノ線が繋がっていた。その背中とバニースーツの隙間にマキナが生成したベレッタM9の拳銃の一部が見えており、そこにピアノ線が繋がっていたのだ。
「……わたしは落ちた物を拾っただけですぅ……フランシス様の大事な物かと思い……」
マキナはピアノ線を引っ張り、ベレッタを宙に上げてすぐにキャッチして回収する。
「お前、雇われのスパイいや……手慣れた手つきから盗賊か何かか? 両手を上げ、ゆっくりと跪け!」
マキナは偽物のすり替えの警戒か、ベレッタの傷を確認するかのようにあらゆる箇所を確認し、ラビを睨み、ゆっくりと近づいていく。
歩いたままそのマキナの手はベレッタのスライドを引いて、銃口をラビに向けていた。
「……何を言ってるんですぅ?……わたしはフランシス様に仕える娼婦でして……キャバレーパブの店から店員全てがフランシス様のものなのですぅ。盗賊な訳ありませんよぉ」
ラビは後ろを向いたまま胸の谷間から何かを取り出す素振りを見せた。取り出した物のナイフらしき刃がシャンデリアの照明でキラリと反射していた。
「動くなと言ったはずだ!」
マキナは瞬時に近づき、ラビに関節を決めると、ラビを後ろ手にし、ホルダーからピアノ線を取り出し、数十秒もかからずに縛り上げていた。
「えっ!? 縛るのはやっ!? そんなぁ……こんなに速く捕まるなんてぇ!?」
そのマキナの素早い捕縛術にラビは呆気にとられたように口を開け、呆然とするしかなかった。もちろん後ろ手に複雑に縛られたラビが何度ももがいてもピアノ線はギシギシと締め付けて縛られており、解ける事はない。
「10年のベテランの店員が客相手に酔ったりはしないだろ? フランシスの客相手に盗みをする度胸と胆力、私という軍人相手に物を盗めるスリは世界でも数人ぐらいしかいないだろうしな」
縛ってもなお、マキナはラビを銃口から外さなかった。
(マキナ、お前何処で捕縛術を覚えた。マーシャルアーツのプログラムに捕縛術は無いだろ?)
ヨルムがテレパシー(思念通信)で呆れたように言う。
(江戸時代に使われていた日本の捕縄術(ほじょうじゅつ)のアレンジだ。対テロ用の拷問に使う時に覚えた。手錠が無い時はこの手に限るし、相手に苦しみを与える事ができるからな)
「ちょっと待ってください……これぇ……貴方が落としたんですかぁ!?……知らなかったですぅ。すぐに返しますのでぇ、この鉄縄を解いてくれますかぁ?」
泣きべそをかきながら言うラビ。
マキナはそのラビのリアクションに演技もたいしたものだと半ば呆れつつ、溜息をつく。
(油断はするなよマキナ。口を塞がなければ、魔法の呪文詠唱はできるし、便利なマジックアイテム《魔法発動道具》もある)
「お前、私の軍の傭兵になれ……」
「な、何を言ってるんですかぁ!?」
ラビは猫のように全身を震わせ、驚き、目を丸くしていた。
(本気かマキナ?)
ヨルムが本当に呆れたようなテレパシー(思念通信)を送る。
「私から銃を奪ったんだ見込みはある……すぐにとは言わないが私のテストを受けて合格すればフランシスの倍の依頼料を出していい。お前を使う場所は限定的にはなるが、もちろん銃も扱えるし、私に仕えれば更なる能力のステップアップもできる」
「……いえ……だから私は盗賊じゃなくて娼婦でしてぇ……」
「そうなのか? Aランク冒険者、シーフ(盗賊)のアルセーヌ・ルパンさん」
マキナが何処から取り出したのか、銀色のギルドカードをラビに見せた。
「あなた、いつの間に盗ったんですかぁ!? 私が逆に盗られるなんて!? あなたも同じジョブのシーフ(盗賊)なんですぅ!?」
ラビと名を偽っていたアルセーヌは慌てて、胸の谷間を何度か視線を巡らしていた。
「私もアフリカのスラムで何度かスリをやられた。それを真似ただけだ」
マキナは微笑し、アルセーヌの谷間にギルドカードを戻した。
「只の異世界の軍人だと思い……油断しましたぁ……素人に逆に盗み返されるなんてぇ……もうこの仕事、廃業ですねぇ……分かりましたぁ。貴方に従いますぅ……貴方のギルドカードを出して下さい。フレンド登録しましょう」
「フレンド登録とは何だ?」
ギルドカードを取り出し、首を傾げるマキナ。いつの間にか、アルセーヌは複雑に縛っていたはずのピアノ線から縄抜けしており、自身の銀のギルドカードをマキナの青のギルドカードに当てていた。
「こうやってギルドカード同士を数秒間当てると、フレンド登録ができますぅ♪ フレンド同士だと内臓されたギルドカードの魔力でテレパシー(思念通信)ができたり、文字を飛ばす事もできますよぉ」
「ギルドカードはスマホみたいな便利な機能があるんだな」
よく見れば、マキナのギルドカードにアルセーヌの顔のアイコンが表示されている。
「すまほ? その道具と同じか分かりませんがぁ……私のアイコンを押して、耳を当てればテレパシー(思念通信)が使えますぅ。文字を送る場合は同じように私のアイコンを押して、ギルドカードに指で文字を記載すれば、送れますよぉ」
「思ったより便利な機能だなこのギルドカードは……」
(ギルドの依頼もこのギルドカードからできる。スマホと同じようにメニューをタップして選択すればできる。ただし、壊れやすいのが難点だがな。落としてすぐに壊れる事はないが、ハンマーの衝撃ぐらいで壊れる。再発行に銀貨大2枚の2万ゼニだ)
解説するヨルムのテレパシー(思念通信)が何かを思い出したかのように心なしかテンションが下がっていく。
(お前はすぐに戦場で壊してそうだな。軍でも無線機を壊してたそうだからな)
と、マキナは鼻で笑うように返す。
(言うな……嫌な事を思い出した)
「では、マキナさんの連絡をお待ちしていますぅ……貴方がフランシス様の奴隷になってなければですがぁ……」
アルセーヌは何事もなかったかのように笑顔で手を振り、離れていく。
「……私がフランシスの奴隷になるだと?」
「フランシス様なら手に入れたい物があるならば、どんな手を使っても手に入れようとしますぅ。銃の次は貴方の人心掌握ですぅ……銃以外にも貴方の能力にも興味を持っていますからぁ、銃が手に入らないなら尚更ですねぇ。貴方と一緒に銃のレシピを欲しがるでしょうねぇ」
「人心掌握とはどういう意味だ? アルセーヌ!?」
マキナが追いかけようとするが、すれ違うバニー娼婦に紛れると、一瞬にして姿が消えていた。
(ヨルム、奴は何処へ消えた!?)
テレパシー(思念通信)でヨルムに聞くと、溜息をついたような答えが返ってくる。
(さすがAランクのシーフいったところか……ステルス(透明化魔法)とテレポート(瞬間転移)の魔法を併用されて消えたといったところだろう。奴の名前をギルドで聞いた事がある……アルセーヌ・ルパン、奴はギルドのAランクの中でも凄腕のシーフ(盗賊)で、盗めない物は無いと言われている。変装の達人とも聞いていたが……)
「盗賊というより、まるで怪盗みたいだな……ますますスカウトしたくなったな」
(奴をお前の軍のスパイにでもする気か……シーフは確かに諜報向きではあるし、ギルドでも物品の奪取、調査、工作なんかも行う……だが、お前が所属していたような特殊部隊やちゃんとしたスパイのCIAのような諜報活動ができるかどうかは疑問だ。そもそもこの世界ではパソコンネットのサイバー攻撃やハッキングは役に立たないし、スパイ人工衛星から無人機なんかは飛ばせない)
「育てがいがあるじゃないか……それに物が無ければ用意すればいいだけのことだろ?」
(無人機はギリなんとかできそうな気がするが……パソコンやネット、スパイ人工衛星もか?)
本当に驚いたように言うヨルムにマキナはそんなことかと首を傾げる。
(何を驚いているヨルム。作って用意すればいいだけのことだろう。このギルドカードのようなシステムが構築されているなら充分に可能だと考えるが)
(マジか!?)
ヨルムは再び驚いたような口調でテレパシー(思念通信)で返した。
「可能なはずだ……魔力というものが電波に近いものならばな」
マキナはギルドカードをシャンデリアの照明に照らして見つめた。よく見れば、ギルドカードには細かい根のような物が張り巡らされていた。まるで電子部品の回路基板のように。
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