昼下がりの相談事、あるいは彼と彼女の顛末
清見こうじ
ギィッ(パタン)
いらっしゃいませ。
え、ええ、お約束の時間よりはちょいと……いやだいぶ早い……かなり……いいえ、大丈夫ですよ。
今日はたまたま、ええ、本当に! たまたま、後にも先にも予約が入っていなかったので……いやいや、いつもは午後のこの時間は、ギッチリ予約詰まっているんですよ、これホント!
……いや失礼しました。でございますから、お約束には早いのでございますが、あなたさまのご相談をお受けいたしますのもやぶさかないのでございますので、ごさいます。
ええ、ええ、もちろん、存じ上げてございますよ。
都でも名高い
いや、お噂はかねがね……ええ、ええ、直接こうしてお目にかかりますと、なんと申し上げますか、まあ、あの、……いや、噂に
え? あ、そうでございましたね、もう婚約者ではない、そうそう、婚約破棄されたんでございましたねぇ。
え? されたんじゃなくて、してやった? ああ、いいえ、なさいましたね、と言う意味でございますよ、あはは。
で、本日はどのようなご相談で? はい……はい……はあ……なるほど。
つまり、今回の婚約破棄に伴って生じた慰謝料請求を、取り下げるように交渉してほしい、と、そういうわけでございますね?
いや、無理です。
いやいや、いくらわたくしめが、熟練の弁護士だと申しましても! 今回は無理でございますよ!
よろしいですか? 我がホォンリィッツ王国は、近隣諸国に先駆けて近代的な司法行政の整備を進めた、先進国的法治国家なのです。
いわば、諸外国のお手本!
法の
まあ、三男坊ではありますが、本来だったら継ぐべき爵位も財産もなく、侯爵家と縁続きになれるというくらいしか利点のない、まあそこそこ顔はよいけど頭脳は平凡、という可もなく不可もなく物件の分際で?
世間でも評判の
あまつさえ2人でこっそりどこかの建物で夜を過ごして?
メロドラマよろしく「2人の真実の愛は永遠さ」なんて盛り上がっちゃって。
それで社交界のパーティー会場で公開婚約破棄とかやらかして?
男爵令嬢に嫌がらせをしていたとか誹謗中傷されたとか、あることないこと訴えて、慰謝料請求までして?
あなた何考えてるんですか!
先手を打って婚約破棄したつもりが、しっかり証拠押さえられていて!
「有責側からの訴えは無効」と婚約破棄の破棄されてからの、逆婚約破棄!
嫌がらせや誹謗中傷の訴えも、証拠は本人からの証言のみとかいう穴だらけで棄却されて!
持参金なし、爵位財産付きの超優良縁談逃して、地団駄踏んだ上に、逆に名誉毀損と不貞行為で慰謝料請求までされて!
え? なんでそんなに内情に詳しいのか、ですって?
いやいや、この程度の情報、「バツマ=トメッター新聞」あたりにガッツリ掲載されていますよ?
え? そんなのガセだろうって?
まあ、信憑性に欠ける内容もございますね。ですから、こちらとしてもきっちり別ルートから情報収集した上で、内容を精査しておりますがね。
裁判も情報戦の時代なんですよ、今は。
で、話を戻しますが。
アンタ、全然勝ち目ないですよ?
え? 急に態度がぞんざいになった?
いや、なんか話しているうちに、面倒くさくなったって言うか、腹立ってきたって言うか。
これだけやらかしておいて、元婚約者のお嬢様を悪役に仕立てようなんて。
昨今、「悪役令嬢は『悪役』じゃない」が共通認識ですよ?
だいたい、その男爵令嬢が本当にお好きなら、誠心誠意謝罪して、婚約解消を申し出るべきだったんですよ。その方がまだ傷は浅かったでしょうし。
え? それは認めてもらえなかっただろうって?
それは、まあ、スムーズにとはいかなかったと思いますけどねえ。
でも、一応、伯爵家より侯爵家の方が立場は上じゃないですか?
どうせ伯爵家も紅薔薇のごときヴィランティーヌ嬢も、乗り気じゃなかった縁談ですし、侯爵家が頭を下げて婚約解消を申し出れば、表向きは渋々ながらでも、内心拍手喝采でお受けくださっただろう、ってのが世間一般の認識ですけどね?
へ? そんなはずない?
いやいや、容姿だけでなく、頭脳明晰、品行優美、性格は穏やかで、おまけに裕福な領地を持つ伯爵家の後継者!
引く手あまたの超優良物件だというのに、侯爵家の権力だけを武器に厄介者の三男坊を押し付けったってんで、流石は腐っても侯爵家! と評判だったんでございますよ?
へ? 自力では出世も望めない、財産分与も爵位もなしの「ごくつぶし」決定の血筋がいいだけの男なんて、厄介者以外の何者でもないでしょう?
……いや、厄介者は言い過ぎでしたね。
こんな馬鹿な、詐欺まがいの婚約破棄なんてやらかさなければ、ね。
凡庸でそこそこ顔のいい人畜無害なお婿さんにだったら、なれたかもしれませんしね。
こんな、馬鹿な……え? 馬鹿バカ言い過ぎ?
いや、馬鹿ですよね? 阿呆ですよね? 間抜けですよね?
……そこで泣くくらいなら、もう少し考えて行動なさいませ。
まあ、少し言いすぎました。
確かに「恋は盲目」と申しますし、ちょぉぉっと、暴走しちゃったんですよね?
ついでに慰謝料せびってやれとか、欲をかいたのがいけなかったんですよ、でもまあ、いいじゃないですか?
爵位も財産も手に入れそびれましたけど、「シンジツの恋」だけは、手元に……え?
……あ、そ、そりゃ、まあ、確かに、貧乏男爵家からしたら、血筋だけの借金男なんて、ご遠慮願いたいでしょうし……こうなったら愛する2人、手に手を取って……え?
……侯爵家の御曹司だと嘘ついていた慰謝料まみれの詐欺師はお断り、と……それはもう自業自得でしょ! 男爵家のお嬢様にまで嘘ついてたんですか! アンタは!
え? 侯爵家の息子なのは嘘じゃない? あのね! 御曹司ってのは、跡継ぎのこと言うんです!
アンタは跡も継がなくちゃ、財産も継がない、単なる侯爵家に生まれただけの! よく言えば令息! 悪く言えば、ごくつぶし!
いや、三男坊が悪いわけじゃないですよ?
でも、皆さん、努力してらっしゃるじゃないですか?
引き継げる財産も爵位もないなら、勉学に励んで文官として勤めるとか、体鍛えて騎士として武道に励むとか、何かしら身を立てるために頑張っていらっしゃるんです!
それをアンタは、親のコネで伯爵家に婿入りして爵位も財産も難なく手に入れることができる立場にいながら! あんな美しい未来の花嫁が約束されていながら!
この国一番の! 大間抜けの馬鹿野郎ですよ!
……はあはあ、ぜいぜい。
そういうわけで、もう相談の余地はありませんよね?
そろそろ、お時間ですし、終わりにさせていただきます。
え? 後の予約はないだろうって?
いや、もうあきらめて下さいよ。
というか、もともと、ご依頼されても引き受ける気はなかったですし。
え? じゃあ、何で相談を受けたのかって?
あのですね、公的機関主催の匿名可の無料法律相談で、事前に断るなんてできるわけないじゃないですか?
まあ、それなのに、家紋でかでかと掲げた馬車で乗り付けてきた馬鹿さ……若様が誰かなんて、すぐわかりましたけど。
あと、実際どんな人物か、ほんの少し興味がありましたし。
まあ、想像通りというか、なんというか。
……小者過ぎて、期待外れというか。
実は、婚約破棄以前からすでに借金まみれだった、とか、なんちゃって夜の帝王だったとか、追加情報あったら面白かったんですけど……いや、なんでも。
あ、すみません、この後、予約入ったんですよ。
なので、よろしければ裏口からお帰りください。
次の相談者とかち合うといけないんで……って、人の話を聞かずに玄関から帰ってしまいましたか。
ま、いっか。
えっと、次の相談者さんは……また慰謝料請求撤回の相談?
18歳の女性ねぇ……何か、嫌な予感が……って、え?
何か、玄関先で声が……おやおや、どうやら喧嘩しているようですよ。
弁護士事務所の前でやめて下さいよ……迷惑です!
昼下がりの相談事、あるいは彼と彼女の顛末 清見こうじ @nikoutako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます