イジメサバイバル!おれの生徒は絶対死なせない!「ぼくらの未来」

高橋桐矢

エピソード0・真名子極(まなこ きわみ)先生インタビュー

「お! 今日はインタビューするんだってな。あ、インタビューされんのか、おれが。女子中学生に。なんだか、テレちゃうな。」


「先生〜! 真面目にお願いします!」


「わりぃわりぃ、でもちゃんと準備してたんだぞ。新しいTシャツ着てきたし!」


「え〜、シャツに緑ジャージで、いつもと同じじゃん。もうちょっとちゃんとした服着ればカッコいいのに」


「動きやすいのが一番なんだよ。ただでさえモテモテなのに、スーツなんて着たら、モテすぎて困っちゃうからな。今日は? 写真は撮るのか?」


 無視して、

「インタビューを始めます。じゃあ、名前と年齢から」


「おう! 真名子極(まなこ きわみ)! 28才! 彼女募集中!」


「あれ……前も28才って言ってなかったっけ……ま、いいか。あと彼女とかはどうでもいいです。イジメサバイバルのインタビューなんだから。えっと先生って最初は普通の小学校の先生だったんですよね?」


「ああそうだよ。だけど、校長とケンカして辞めた」


「ちょ、先生、はしょりすぎ。それってイジメられてた子を守ろうとして、ですよね」


 先生の眉頭にぎゅっとしわがよった。

「まあな。いろいろあって、イジメてたヤツの親が逆ギレして教育委員会に訴えたんだ。校長は、最初から、イジメなんてなかったって言うし。おれが辞めるしかなかった」


「……」


「だけど、あの子の味方はおれしかいなかったんだよな。おれがいなくなったあと、あの子は……」


 真名子先生は、ぎりぎりと歯を噛みしめた。

「おれはバカだった。あの子を助けるためには、校長に何を言われても、教育委員会に呼び出されても、土下座してでも、はいつくばってでも、学校に残るべきだったんだ。おれは間違ってた。生きていくっていうのが、どういうことなのか、分かっていなかったんだ。なあ、生きるってどういうことか分かるか?」


「え、あ、……なんだろう、自分らしく生きるとかそういうことですかね」


 先生の表情が、ふっとやわらかくなった。

「そうできたらいいよな。面白く楽しく、ワクワクするような人生を過ごせたらいいな。でもな、生きてくっていうのは、もっとドロくさくて、生々しくて、シンプルなんだよ。食って出す。何かを食べて、ウンコするだけじゃないぞ」


 先生が、大きく手を広げた。

「食べ物だけじゃない、空気を、知識を、言葉を、いろんなものを自分の中に取り入れる。そして出す。ウンコだけじゃない、おれが今しゃべってるのもそうだ。言葉を出してる。発信してる。まわりから自分の中に何かを入れて、自分の中からまわりに何かを出す。入れて出すんだよ。カンタンだろ? でもな、これがカンタンじゃないんだよ。まわりが関わってくるからな。

 人は1人じゃ生きられない。かならず、どんな形でも、まわりと関わっていかなくちゃならないんだよ。クソみてーな野郎とも、顔も見たくねーようなヤツとも。だって、この世は、不公平だからな。そうなんだ。おれはこの世は公平なはずってずっと思ってた。でもそうじゃなかった。あんないい子が死んで、クソみてーなヤツが生きてる。不公平きわまりないだろ。なんなんだって思ったよ。おかしいよ。世の中間違ってる! って思ったよ。だけどな、間違ってたのは、おれのほうだったんだ」

 そこまで弾丸のようにしゃべって、先生は言葉を切った。


「……でも、先生は……」


「……ありがとう。おれも人間だからね。あの子を失ってしまったことは、もう取り戻せない。これはおれが一生背負っていかなくちゃならない十字架だ。だけど、おれはもう、誰も失いたくないんだよ。それに、こんな気持ちを誰にもあじわってほしくない。生きて欲しい。生き抜いて欲しい。サバイバルだよ。自分らしく生きるとか楽しく生きるとか、それより何より、今、生き抜くことだ。それを伝えたいんだ」


「はい。あたしたちも、先生に教えてもらいました。いろんなサバイバルの方法を。ニワトリの話とか、アダナの話とか、いつも思い出してます」


「ああ、よかった! サバイバル教室をつくってよかったよ。まだまだ、いじめに苦しんでる子がいるからな。今日も、図書館の先生から連絡があってさ、これから行くんだけど、オレが100人欲しいよ」


「先生が100人いたら、ヤバいですよ!」


「ヤバいよな! でもそれでも足りないよな!」


「先生」


「うん?」


「先生は、どうして人のために、そこまでできるんですか? いっつも同じジャージで、コンビニおにぎり食べて、恋愛もせずに……」


 先生が手でさえぎった。

「ちょっと待った。あのな、きっと心配してくれてるからだと思うんだけどな。人のためにしてるんじゃないんだよ。好きだからしてるんだよ。この緑ジャージも気に入ってるし、コンビニおにぎりもうまいからな」


「そうじゃなくて」


 先生が、白い歯を見せて笑った。

「うん。分かる。イジメサバイバルの活動のことだよな。これも自分がやりたいから、自分のためにやってるだけなんだよ。いじめに苦しむ子どもをひとりでも少なくしたい!っていう自分の欲望のままに、な。もちろん、きみたちが喜んでくれたら、おれもうれしい。きみらの笑顔が、最高のごほうびだ。

 だけど、きみたちのために活動してるって、なっちゃったら、違うと思うんだ。

 あなたのために、って美しい言葉のように聞こえるけど、怖い言葉だよ。あなたのためにこんなに苦労している、あなたのためにしてあげてる……。そう言われたら、反論できなくなる。がんじがらめにされてしまう。相手を支配する言葉だよ。おれは誰にも支配されたくないし、支配したくない。おれがきみたちを助けて、きみたちが助けられる側であっても、お互いに人として対等でいたいんだよ」


「……親は、親と子も対等なんですか?」


「対等じゃないよな。親の方が大きいし強いし、経済的にも親は、子どもの人生を左右できる力を持っている。おれはね、そういう関係性から離れたところで、親とは違う大人として、一人の人間として、子どもたちと向き合いたいって思うんだ」


 いつのまにか予定していた時間を過ぎていた。

「ごめんなさい。もうこんな時間」


「つい、熱くなってしゃべりすぎちまったな!ごめんな!」


「先生はこれから、図書館に?」


「ああ、イジメサバイバル教室にスカウトしたい子がいるんだ」


「あたしたちの後輩ですね。忙しいところ、ありがとうございました!」


「こっちこそ! 元気な顔を見られて、嬉しかったよ。バトミントン部、がんばれよ! またいつでも遊びにおいで」


「はい! また来ます!」


「おう! いつでもおれはここにいるからな!」

 真名子先生は、ちゃっと右手をあげて、ニコッと笑った。


(プロローグにつづく)

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