第135話 絶命の危機
物騒な空気が流れる。
タリアの掌が虚空を撫でるたび、空間そのものがひび割れ、重力が狂う。
セーレは血に濡れた槍を握り、崩れそうな体を無理やり立て直した。
「負けない! ミーアだけは――!」
彼女は叫び声と共に突撃した。
槍の穂先が閃き、タリアの胸を狙う。
「無駄だ!」
冷酷な声とともに、時が再び歪む。
穂先は寸前で止まり、空気に凍り付いたかのように動きを封じられた。
「……っ!」
セーレは歯を食いしばり、洗脳の力を叩きつける。
精神の刃がタリアの意識に突き刺さり、一瞬、その瞳が濁った。
その隙に踏み込む。
槍が右肩を裂き、血が散った。
だが――タリアは笑った。
「傷か……だが、惜しいな」
掌が振り下ろされる。
セーレの全身が再び大地へ叩きつけられ、石が砕け、肺が圧迫される。
「ぐぅ……っ!」
血を吐きながらも、彼女は槍を支えにして起き上がった。
その姿を見て、タリアは愉悦の笑みを深める。
「何度倒れても立ち上がる……それが命の煌めきか。だが――」
影が動いた。
タリアの背後に控えていた五人の影のひとり、赤い刃を携えたクロアだった。
彼の足取りは音もなく、しかしその存在感は鋭い刃そのものだった。
「……っ!」
セーレが気づいた時には遅かった。
閃光のような一閃。
空気が切り裂かれ、熱い痛みが走る。
セーレの左腕が、肩口から下を失った。
「――――!」
血飛沫が噴き出し、大地を染める。
切り離された腕が地に落ち、槍が転がった。
セーレの叫びは声にならなかった。
痛みが脳を焼き尽くし、視界が赤黒く染まっていく。
「お、おねえ……ちゃん……!」
ミーアの小さな声が震える。
彼女はセーレの傍へ駆け寄り、血に濡れた姿を目にした瞬間――瞳を見開いたまま、崩れ落ちた。
「ミーア!」
セーレは必死に呼ぶが、声は掠れて届かない。
血の惨状に耐えられず、気を失ってしまったのだ。
タリアが一歩近づき、地に伏すセーレを見下ろした。
「……よく抗ったものだ。だがもう終わりだ。お前には立ち上がる力すら残っていない」
セーレは震える右手で槍を探り、血まみれの地を這った。
だが刃は遠く、届かない。
クロアはすでに後退し、再び闇に沈んでいた。
他の四人も、一歩も動かず、散々たるこの光景を見ている。
まるで、セーレの苦悶を眺めることそのものが愉悦であるかのように。
「なぜだ……なぜ私を……」
血を吐きながら、セーレは問うた。
タリアは微笑し、答えた。
「お前は抗うからだ。俺の“時”にも、俺の“意志”にも。だからこそ、欲しい。お前の光を、この手で折り砕きたい」
その瞳には狂気と、歪んだ愛情が混じっていた。
セーレは震える唇を動かし、かすかな声で叫ぶ。
「……ミーアだけは……渡さない……」
タリアは笑った。
「その言葉、命を賭けて叫ぶか? ならば証明してみせろ。残る片腕で――」
世界が揺らぎ、空気が歪んだ。
タリアの“時”が再び動き出す。
空の色が暗転し、光さえ凍りつく。
血まみれのセーレの体は地に沈み、瞳の光がかすかに揺らめいた。
――絶命の危機。
六大罪の使徒が立ち並ぶ中、セーレの鼓動は今にも止まりそうに弱々しく刻まれていた。
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