第52話 新しい道へ
陽光がキラキラと輝き、赤く色づいた槍が煌めく。穂の十文字槍が銀色に反射する。銀髪が跳ねるように踊り、矛先が「指し示すのは空」しかない。
「もう戦いは終わりよ。さぁ、私の声を聞いて」
セーレは、紅に輝く槍を天に掲げ、目を閉じた。洗脳の力と槍が波紋し、共鳴していく。音の波形には規則性があり、過度な音程でもない。寧ろ「小鳥がさえずる気持ち良さ」だ。教団員達もその場に立ち尽くし、目を閉じ耳を傾けた。
「私が命ずる。心の闇を教えて」
目を瞑り、頭を抱える。呼吸が乱れ、咳き込む者が現れ始める。怪しげな集団にも「必ず目的」がある。しかし、道を外れていようが、事情を抱えている者には知ったことじゃない。「生きるためにやったことだ」何が悪い。
―――たくさんの愚痴が溢れ始めた。
「ずるい、ずるい。何で働かなきゃいけないんだよ。今まで楽してきたのに」
「良い子演じるのやだ、やだ」
「自由が欲しいな」
「酒だ、酒だ。嫌な記憶は全て抹消に限る」
「理解できん頭だな、耳あるのかのぅ」
何かに逃げたくなる。精神が不安定であれば、誰もが通る道。最初の願い、思いなど、幻想に過ぎない。諦めが肝心、職務と割り切り、頭で考えるのを止めてしまう。想い、目的もなく、捌け口を探して、本当に「やりたいこと」から目を背けていく。
―――教団の入団理由が飛び交う。
「はい、何でもやります。是非、教団へ加入させてください」
「教団は素晴らしいです。この解放感、たまらないです。癖になりそうです。入信して良かった」
「教団、興味ないね。私には愛する…へ……。こんなにお金が頂けるのですか。ハハハ、さっきのは冗談ですよ。何でもやらせてください。なんなら靴、舐めましょうか?」
「そうだ。俺を見ろ。誰の目も気にしない生き方だ。もっと派手に暴れたい。そのためには、もっと祈りを」
「若造共が生意気なことを。大人しく、教団の意向に従うのだ」
さらに空気が重くなり、相手の心の壁の向こう側を映し出した。それは「奥深くへと隠していた」本音。決して「誰にも聞かれてはならない」言葉。言いたくても誰にも言えない、勇気を振り絞れない想い。
―――叶う事もない、不満が聞こえる。
「爺ちゃん。何で、病気で死んじまうんだよ。金はどうするんだよ。誰に養ってもらえば…いいんだ」
「家族なんて、
「愛する俺の妻。だが、君の束縛が僕を傷付ける」
「呑んだくれて、悪いのかよ。どうせ、底辺な父親に子育てなんて、はなから無理なんだよ」
「若造共には、もっと厳しく教えなければ。班員の責任者である私こそ、配下に厳しく教えて失敗しないようにする。それが私なりの優しさなんだ」
教団員の体が地面に向い、ゆっくりと抑え付けられる。不思議と「不快感もなく」気分が良い。何だか「日頃の悩みを相談して、気持ちが整理される」ようだ。従うだけで気分が楽になり、ストレスが感じなくなっていく。
「洗脳と槍を導き、貴方達の幸福を祈る」
人間がもつ「他者へ共感する」能力。人々が自分らしく生きられる条件。共感をつくるために、教団員達には「心の闇が邪魔」だ。それらを全て断ち切り、幸福を求める祈り。
「考えを変えなさい! No-Brainer」
閃光が
教団員達の体が震え始めた。槍が小刻みに振動し、震えの動きに合わせ波長と連動する。徐々に膝をつく者が1人、また1人と増える。気がつくと「横一列に整列し、皆、手を合わせ祈りのポーズ」で順序良く並んでいった。
「ありがとう。貴方達の結束の力を見せてくれて。私から贈る言葉よ。教団なんか辞めて、自由に生きなさい」
笑顔になった時の口元は、上の歯が少しだけ見える。セーレの「屈託のない笑顔は可愛くて」好印象。優しいほほ笑みに見え、教団員の赤面は必死で魅力的だ。その赤い瞳は、クシャッと細くなった。
「はい、セーレ様。承知しました」
彼女の洗脳の力を受けた教団員達が、ゾロゾロとその場を去っていく。赤ローブを脱ぎ去り、地面に「ふわりと音もせず」何枚も重なっていった。その数は「ぴったり50枚」だ。
―――そして、人生の転換期を述べた。
「さぁ、新しい道を作るために、帰ろう」
「家族が待ってる。今度は自分らしさを伝えたいな」
「愛する僕の妻の元へ。そして、対話するんだ。ありのままを好きになってくれると信じて」
「可愛い我が子よ。ダメな父親でごめん。俺、明日から転職するよ。そしたら、もう1度だけ。チャンスをくれないかな」
「隠居するかのぅ。これからの時代を作るのは若い世代だ。老兵は若き思い出と楽しい人生を目指すか」
教団員達の足は、前しか進むことはない。鼻歌、笑顔、期待感、希望、余生の楽しみ、行動は「人それぞれ」だった。
「貴方達は自由よ。誰かに左右される人生なんて私は認めたくない。どうか、良き選択とならんことを」
セーレは槍を手放した。カランと転がり、体が前方に倒れそうになる。慌てて、その体を男が支える。
「お疲れ様」
「マークなの? 良かっ……」
「今はゆっくり休んでくれ」
「……」
顔は認識できないが、力の反動で静かに瞳を閉じた。
「やっと効果が出たか。骨が何本折れたことか。やっぱり、近くで見ると、ヤバ過ぎる可愛いさだな。さぁ、教団へセーレ様、1名ご案内します♪」
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