第50話 天を仰ぐ

「ふふふ、足りないわ。どうしたの、その程度なの」


 教団信者達を次々に血祭りに上げていく。ある者は、自決。またある者は、仲間割れを起こす。かの者は、細胞が活性化し爆散、恐怖心をあおる。れど、心の恐怖は幻想となり、実世界にも影響を与えた。


「見えざる断罪者、セーレ様よ。どうか我に……」

「えぇ、寵愛を与えるから、今すぐ消えてよ」


 一部の人間は、彼女の姿を見て祈る者もいた。その行動を見ても迷いや慈悲もなく、選別を与えた。そこには「寵愛なんてものは存在」しない。あるのは「不快感」だけだった。


「ふふふ、そんな大勢で固まって突進するのは、何か意味があるのかしら」


 屈強な体格の者達がスクラムを組み、体当たりを仕掛ける。その体当たりは、並の人間であれば「骨折は避けられない」衝突速度だ。


「意味なんて、無いでしょう。目障りなのよ、さっさと消えてよ。弾け飛べ! Punishment of sin」


 体は膨れ上がり、血は波となって、セーレの全身に降りかかってきた。天に突き上げた拳にも血が付着する。


「ふふふ、どうしたの? 震えているの、怖いのよね。なら貴方の頭を綺麗にリセットしてあげる。邪念を払え。Memory erasure!」


 敵の血で汚れ、笑いながら近寄るセーレに、教団信者達も怯え始める。優しく語りかける。すると、頭でも「スッキリした」かのように元気を取り戻した。


「良い子ね。ご褒美をあげるわ。動きを止めよ。Freeze!」


 頭が空っぽとなり、廃人と化した信者達は突然息ができずに踠き苦む。最後に見るのは、セーレの真紅の瞳しか映らなかった。


「セーレ様……」

「後、50人って、ところかしら。ねぇ、そこの貴方」


 教団の若い女性を指名し、質問をした。


「なぜ、教団に従うのかしら?」

「私ですか、それは家族のため、仕方なくです」

「…」


 教団の年配者は、その言葉を聞いて憤慨した。女性の躾と称して、警棒を持ちこちらに向かってくる。セーレは「少し黙って」と言い、高齢男性の動きを止めた。


「家族って、どうしてかしら?」

「お金です。我が家は貧乏で学もないので、仕事を選ぶことができませんでした」


 水面みなもの容赦、情けが顔を覗かせる。心に迷いが生じた。

 

「もうわかったわ…行って……」


 ―――これだから、自分が嫌になる。

 

「…ですが」

「いいから! 今こそ自由を。Follow me, pig!」


 ―――貴方なら、まだ大丈夫よ。

 

「え…」

「まだやり直せるわ。誰が文句を言おうと貴方は囚われた豚ではない。真っ当な暮らしをしなさい」


 女性は突然、セーレとは反対方向に走り出した。教団員が「戻れ」と叫ぶ。その声を無視し、林の奥深くへ姿を眩ました。


 セーレは膝と手を地面に付く。


「…くぅ……(私は何がしたいの。こんな中途半端な決意じゃ、誰も救えない。お願い、父さん、母さん、お兄ちゃん助けて。私に救いの声を掛けて下さい)」


 ―――私に力を。


 血で真っ赤となった瞳には、一滴の雫が流れ落ちた。風の音、波の揺らめきは、ある言葉となって伝わった。


「セーレ!!」


 その声に驚き、顔を上げる。


「マークなの…どうして?」

「すまん、麻酔銃みたいな弾丸を撃たれて、仮死状態だったみたいだ」


 亀に乗ったビィシャアがひょこり現れた。

 

「セーレ〜。マークは無事でした。弾も先端に針がついたもので、ペンダントに当たって、針だけ胸に刺さっていました」


 信じられない顔。大きな声で笑った。

 

「あはははは。何よ、それ馬鹿みたいね」


 そのとき、セーレが左手に抱えた眼鏡が黄色に点滅した。その様子を見た彼女は、可愛いらしく微笑んだ。

 ―――次の瞬間。

 タイミングを合わしたかのように、大男が木槌の巨大なハンマーを振り回し、彼女は空中へと飛び上がった。そのまま、吸い込まれるように、湖の中へと姿を消した。


「嘘だろ、おい、セーレ」

「そんな……」


 教団員の行動に、高齢男性も怒りが収まらない。なぜ「勝手に動いた」と非難の声が上がった。


「なぜなんだ。誰が攻撃しろと命令したんだ?」

「すみません。俺は無我夢中で……」

「そんな馬鹿な…教団の御神体となる御方なのだぞ」

「だから言ったであろう。こんな多勢の作戦なぞ私は最初から、この作戦には反対だったのだ」

「何を今更言っておるのだ。では、どうするのだ。そんなことよりも早く、セーレ様を救出せねば」

「うるさいな。ならお前達がいけよ」

「若造共が生意気なことを。大人しく、教団の意向に従うのだ」

 

 突如として

 ―――湖が渦巻く。

 教団員達も異変を感知し、戸惑いを覚える。

 

 そのとき、湖の底から天を仰ぐ1つの影が飛翔する。

 神々こうごうしくも、日差しが銀髪を鮮やかにいろどる。


「私の…させない……」


 高く跳躍した影は、太陽と重なり姿を視認させない。

 流星の如く、陸地に降り立ち余波を感じさせる。

 槍は、陽光の輝きを受けて、真紅に燃えるような深い色をしていた。右手に持つ石突の獅子が、まるで「生きているかのような造形」だ。

 

 ―――そして、両手で槍の先端を地面に突き刺す。左手を離し、真正面の敵を再確認する。


「私の大切な仲間に手出しはさせない! ……(辛い思いを勇気に変えて、今こそ私の心の弱さを断ち切る)」


 神器を携えた満月。火輪を巡る槍。華麗に舞う奏者と共に戦場を駆ける。

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