第4話選択

 人間の世界にもう帰れない…


 理久は、馬車の中の備え付けの椅子に座ったまま、この現実に呆然としていた。


 しかし…


「その人間は俺が預かる」


 理久に向かい立っていた獣人イケメン団長が発したこの言葉に、理久はハッと我に返り驚いた。

 そして、理久と団長は見詰め合う。

 一方、獣人団員は立ったまま一瞬ポカンとしていた。

 しかし、やがて団員も我に返り、目上に気を遣うように途切れ途切れだが、すぐ目の前の団長の背中に尋ねた。


 「それは……つまり……人間の収容所には、この男を……連れて行かないと言う事ですか?」


 団長は、くるっと団員の方に体の正面を向けると、即頷き即答した。


 「ああ、そうだ。以前から今も人間の奴隷売買は続いている情報はあるのに、この所奴隷商人達の行動が巧妙になり、最近は奴隷にされた人間をなかなか保護出来なくてこの男が久々に保護出来た重要な人間だ。この男は今は精神的に混乱していているが、落ち着けば何か思い出すかもしれない。何でもいい、少しでも奴隷商人やアジトの事で思い出す事があればどうしても俺直々に聞きたい。俺にはあまり時間が残されていないから……少しでも情報が欲しい」


 理久は、それらを注意深く聞いているようで、実は、やはり自分がもう人間の世界に帰れないと言うショックの大きさに打ちのめされていて、団長達の言葉にあまり集中できなかったが…

 ただしかし、団長の言った「俺にはあまり時間が残されていないから…」と言う言葉だけが理久にやたら大きく聞こえて、やがてそれへの疑問が湧いた。


 (俺にはあまり時間が残されていないから……って、どう言う意味だろう?)


 理久は、黙って団長の逞しい大きな背中を見上げて思ったが、聞ける訳も無い。

 そして、団員は納得していないようで、更に気を遣いつつの雰囲気ながらも団長に意見した。

 

 「しかし、今回は奴隷商人何人か捕まえましたから新しい情報はやつらから沢山取れると思いますし……この男の精神を落ち着かせて情報を取ると言うならば、それこそこの男はその男と同じ人間のいる収容所に連れて行くべきではありませんか?獣人と人間はやはり違います。その男も獣人と一緒にいるよりはやはり人間といる方が気持ちも楽なのではないでしょうか?」


 それを聞き、団長は一瞬団員の顔を無言で真顔でじっと見て、それに団員は体を硬直させた。

 座っていた理久からは、団長の背中と団員の表情しか見えなかったが、団員が団長に対してかなりの畏怖の感情を抱いているように見えた。

 ほんの少しの間、誰も無言の緊張感が流れた。

 しかし、やがて団長は、団員に向かい一歩前へ出て、団員は慄くように一歩後ろに下がった。

 すると、団長は、この場の緊張感を緩和させるかのように口調を幾分だが柔らか目に団員に言った。

 

 「確かに、今回奴隷商人を何人か捕まえたが、簡単に何か吐くとは限らないし、正しい情報とも限らないし、被害者の人間からは又違う角度の情報が得られる可能性がある。俺達は今、誰からであっても、どんな些細な情報でも得なければならない状況なのだ」


 団員が団長の顔を見ながら生唾を飲み込む。

 そこにつかさず団長は、低い威圧感のある声で続けて団員に言った。

 

 「俺は、獣人と人間が違うなんて思っていない。だが、この男が獣人より人間と一緒にいる方が落ち着くかも知れないと言うお前の論は一理ある」


 そして、言い終えると団長は、又くるりと後ろを向くと今回はその場でしゃがみ右膝を着くと、理久と視線の高さを合わせて理久の目をじっと真剣に見詰めて言った。

 しかしそれは何も知らない第三者から見れば、まるで王が姫君を尊重し取る態度のようにも見える。


 「獣人と人間が違うと言う意見は置いておいて、確かにお前は人間と一緒にいる方が気持ちが落ち着くという事はあるかも知れないし、どちらが良いのかは今の俺には判断出来ない。なら、お前が自分の判断で選ぶがいい。これから俺と一緒に行くのか?それとも、この団員と共にやはり人間の元に行くのか?」


 理久は、思いもよらず突然降って湧いた選択質問にたじろいだ。

 質問の内容もだが、何故団長が理久に選択肢を与えるのかがはなはだ疑問だった。

 団長なら、いくらでも自分の一存で理久を何とでも自由に出来る有利な立場なはずだから。


 「…」


 理久は、すぐに返答できず団員の顔を見上げると、次に団長の顔を見詰めた。

 確かに理久は、理久と同じ人間に会いたいし、人間の元に行きたいし、人間の元に行く方が理久には良いと思う。

 しかし理久は、人間のいる収容施設に行くなら、団員と共に馬車で行くのが何かどうしても引っかかり嫌でたまらなかった。


 「団長をお待たせするな!どう…」


 返事に迷い時間のかかる理久に焦れた団員が、「どうするんだ?!」と理久に詰め寄ろうとした。

 しかし、団長は、理久に向かい跪いたまま、背後の団員を止めるように、右手を団長の顔横に上げた。

 その瞬間、理久は決めた。

 どっちみち奴隷商人の事を尋問されるなら、まだ団長の方が幾分だかマシかも知れないと…

 団長に付いて行くと。

 

 


 

 

 



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