第29話 市場の制御

「これが本日の上納金になります」


 やつれた顔でルーシーはテーブルの上に金貨を並べた。


「お、おう」


 ノアはちょっと引きながら金貨を受け取る。


(さらに利益が増えてやがる)


「ルーシー、よくぞここまで稼いだ」


 オフィーリアが珍しく褒める。


「領主様も貴様の働きにはいたく感じ入られている。だから今日こそはもう休め。館に部屋を用意してあるから……」


「いえ、商談があるので行ってきます」


「あっ、おい、待て!」


 ルーシーはパンと水の入った瓶だけ掴んで窓から飛び立つ。


「ふー。ダメでしたね」


「ああ、毎日金貨を収めさせる作戦は失敗だ」


「ルーシーの負担を増やしただけでしたね」


 ノアは腕を組んで苦々しげにする。


「取引額を制限してみては? 聖堂への立ち入り時間を制限してみたり、市場の取引時間を減らすなどすれば……」


「オフィーリア。あいつはちょっと金に汚い小悪党とは違う」


「……」


「そんじょそこらの金に汚い人間なら、ある程度金儲けの手段を見つけ段階ですぐにコスパとかタイパとかしょうもないことを言い出して怠ける方向に走る。だが、ルーシーは違う。あいつの強欲ハングリー精神は本物だ」


「ええ。それはもう……」


「それだけに下手に休めとか言うと、やる気をなくすかも」


「しかし、ルーシーのオーバーワークはいくらなんでも酷すぎです。領主様も見たでしょう? 彼女のあのやつれた顔を。あれでは商談にも差し支えるのでは?」


「うーん。あいつ評判とか全く気にしないからなぁ」


「事はルーシーだけの問題ではありません」


 オフィーリアは窓の外に見える市場の方を向きながら言った。


「市場の品余りも目につきます。聖女は悪ノリしすぎだし」


「ああ、それもわかっているよ」


 安さにモノを言わせて、どんどん品物を入荷したアークロイ領の市場だったが、流石に供給過剰に陥りつつあった。


 このままいけば加熱した景気の反動でバブルが弾けかねない。


(どうしたものか)


「こういうのはどうでしょうか? 品物の価格を釣り上げつつ商品を捌くのは別の者にさせてルーシーの負担を減らす」


「ほう。どうやって?」


「まず、ルーシーが荷物を下ろすのをアークロイ領の聖堂だけに限定します。その上で関税を下げて商人が領内に来やすくするのです」


「なるほど。そうすれば、ルーシーの飛行距離を減らしつつ、取引価格も釣り上げられるというわけか」


(要するに楽市楽座をしようってわけだな)


「よし、それでいこう」


 ノアはすぐさま商人達に対して、お触れを出した。


 それとともにアークロイ領以外の教会で尖塔利用料を上げるよう、聖女に対して協力を要請した。




 アークロイの関所前で通行許可待ちをしている商人達は、今か今かとその時を待っていた。


 彼らが待っているのは通行許可証が発行されることだけではない。


 アークロイ領主から下されるというとある決定、その信じられないような噂を聞きつけて、それをこの耳で確かめるためにここまでやってきたのだ。


「なぁ。あの話、マジかな」


「どうにも信じ難い」


「しかし、確かな筋からの情報だぜ」


「しっ。みんな静かにしろ。領主が出てきたぞ」


 ノアがオフィーリアやアエミリアを伴って現れる。


 ノアは懐からすっと通行許可証を取り出す。


「皆の者、いつもながら我が領地までの骨折と足労、大儀である。さて、今日、私がわざわざここまでやって来たのは他でもない。これまでの通行許可証を改訂するためだ。これを見ろ」


 ノアはこれまでの通行許可証を取り出す。


「この通行許可証によると、『この許可証を持つ者は、下記に定める通行税を納め、通行を許可された者である』とある。つまり、これまでこの関所を通るには、荷物の1割かもしくは銀貨1枚を払わなければならなかった。だが、それは過去のこととなる!」


 ノアは通行許可証をビリビリに破いてみせる。


 商人達の間で騒めきが広がる。


「そして、これが新しい通行許可証だ!」


 ノアは新たな通行許可証を提示した。


「この通行許可証を手に入れた者は、この関所を無料で通ることができる。つまり! 今後、この領内にかかる関税はゼロだぁー」


「「「「「うっ、うおおおおおお!」」」」」


「取得条件はただ一つ! 名義と居住地を登録するだけ。そうすれば何度通行してもゼロ」


「よおっしゃあー。これで税金納めずに商売できるぜー」


「領主がうつけで助かった」


「バカ。言うな」


「領主様が神で助かったぜ」


「今後ともよろしくお願いしますっ」


(ちっ。聞こえてんぞ銭ゲバども。まあいい。せいぜいルーシーの代わりにせっせとその足で働いてもらうぞ)


 その後、アークロイ領にはますます多くの商人が訪れるようになった。


 ノアの政策に最初は不満を覚えていたルーシーだったが、すぐに取引量が減っているにもかかわらず利益が上がっていることに気づく。


 バタバタとあちこち飛び回るより、取引量を絞って商人達に価格釣り上げ競争をさせた方が全体的な利益は上がる。


 商売においては市場が成熟するまで待つことも大事であることを覚えたのだ。


 オーバーワークもやや落ち着きをみせる。


 今では、週一回はちゃんと休みを取るようになり、休みの日はクルック城でファウナら鬼人の子供達と遊んでいた。


 鬼人の子供達はまだ幼いにもかかわらず、大人顔負けの騎馬術でデカい馬達を乗り回していた。


 ルーシーはその隣で箒に乗り空を飛んでいる。


 ノアとオフィーリアはルーシーが落ち着いたのを見て、ホッとした。


(流石は領主様。私の言ったことを即座に理解して、具体的な施策に落とし込む。やはり頭のよい方だ)


 商人達はアークロイ領と敵対する3領を無視して、商売を展開する。


 もはや経済制裁でもなんでもなかった。


 そうして、商業は活発になり、宿場町が栄えるのであった。


 大商人もクルック城の近くに屋敷を構えるようになり、僻地とは思えないほど賑やかな街並みができてきた。


 ノアは城周辺を整備し、だいぶ城下町らしくなってきた。


 宮廷も充実させて、騎士階級として宮廷仕えする者も増えてきた。


 さらにはアークロイ領には商人の往来が絶えず他国領の情報が頻繁に入るようになってくるし、他国へ侵略する際の商人の協力も取り付けやすくなるのであった。

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