第27話 港での交渉

 ノアとオフィーリアが尖塔でお茶を飲みながら待つこと1時間。


 聖女アエミリアが着替えさせたルーシーを伴ってやってきた。


「ジャーン。見てくださいこの服。どう見ても神聖魔女。そう思いません?」


 アエミリアの紹介に対して、ルーシーは恥ずかしそうにする。


(なるほど。確かにちょっと神聖な感じがしないでもないな)


 ルーシーは真っ黒だった衣服から、真っ白な衣服に着替えさせられていた。


 とんがり帽子も白くなっており、帽子と衣服には教会の紋章が刺繍されている。


 かなり法衣に近いもので、余程聖職者の衣服に詳しい者でなければ、偽物とは見抜けないし、彼女を魔女と見破ることはできないだろう。


 これなら教会内を出入りしていても不自然さはない。


「よし。それじゃ行くか」




「ご主人様、本当に行かれるおつもりですか?」


 オフィーリアはルーシーの後ろについて、箒に跨るノアを見ながら言った。


「おう。ルーシーも港は初めてだからな。大口の取引となると領主の保証が必要だろ」


「すでに私が管轄する港町の教会には手紙を出しておきました。アークロイ公とルーシーが着く頃には受け入れ準備ができているはずです」


 アエミリアが言った。


「ルーシー。お前、絶対ご主人様を落とすなよ」


「へへっ。安心してくださいよ。安全運転でいきますから」


(不安だ……)


 そうしてオフィーリアとアエミリアが見守る中、ルーシーとノアは飛び立つのであった。


 ファイネン公、ヴィーク公の領地を飛び越えて、港街へと向かう。




「おおー。ここが港ですか」


 ルーシーは初めて見る港に目を輝かせた。


 ちょうど大きな帆船が入港するところだった。


 水夫たちが忙しなく船から降りてきたかと思うと、埠頭に荷下ろししていく。


 木箱や樽に包まれた大量の商品が降ろされるのを見て、ルーシーは目を輝かせる。


 降ろされる商品はそれだけで終わらなかった。


 船はまた一つ、そしてまた一つと入港してきて、荷を降ろし始める。


 やがて市場に持ち込まれた商品は、商人達によって競りにかけられる。


 ルーシーはさらに目を輝かせる。


 ここに降ろされた品物を全部売り捌けば、いったいどれだけの富を生み出すことができるだろう。


「いやー。流石に壮観だな」


「あっ、見てくださいノア様。あれが鉄を売ってる市場じゃありませんか?」


「おっ、そうだな。ちょっと商談を持ちかけてみよう」


 ノアは鉄商人とおぼしき男に話しかける。


「よう君、鉄を売ってるのはここかね?」


「おう。俺はまさしく鉄を取り扱う男だぜ。兄ちゃん見ねえ顔だな。外国から来たのか?」


「ああ。俺はアークロイ領の領主だ」


「ほおー。わざわざ領主様がこんなごちゃごちゃしたところまで足を運んでくださるとは。光栄至りだねぇ」


 男はノアが領主だと知ってもざっくばらんな調子で話し続けた。


 どうやらこの市場では身分は関係ないようだ。


「ま、せっかく領主様が来てくれたんだ。サービスするぜ。本当はまだ売り始める時間じゃねーが、いくらか領主様のために売ってやるよ」


「お、そりゃ助かるな」


「で? 鉄をどのくらい欲しいんだ?」


「1万個くれ」


 そう言うと、鉄商人は眉をしかめる。


「あのねぇ、にいちゃん」


 鉄商人はため息を吐きながら説明する。


 これだから貴族の坊ちゃんは、とでも言いたげな態度だった。


「鉄1万個買うってどういうことか分かってんのかい? それだけ輸送料と保管費用がかかるってことだぜ? それだけじゃない。輸送船が途中で難破することもあるから保険代も払わなきゃいけないし、積荷作業もタダじゃない。倉庫代だっている。何日もかけるし、一度には持って行けないから、数回に分けて何度も倉庫を出し入れしなきゃいけないから仕分け作業にも人件費がかかる。作業ミスで紛失することもあるから、その分も費用に上乗せしなきゃならねぇ。盗賊による盗難被害にも遭うだろう。すると、あんたの領内に着く頃には売値は10倍以上に設定しても元が取れねぇくらいに費用が嵩んで……」


「つべこべ言わず、とっとと用意しろっての。金は出すっつってんだろーが」


(ちっ。これだから貴族の坊ちゃんは)


「あ、思い出したぞ。僻地アークロイ領に新たに就任したっていう領主。うつけで有名なユーベル大公の四男坊じゃねーか。そういや最近、隣国にのべつまくなし喧嘩をふっかけて、暴れ回ってるって聞いたな。それで鉄とか塩に困ってんだろ」


「それがわかってるなら話は早い。さっさと用意してもらおうか」


「貧すれば鈍するってやつだな。追い詰められてついに物の道理もわからなくなったか。それとも元から頭空っぽか?」


「頭鈍いのはテメーの方だろ。どうせ俺がやりたいことは理解できねーんだろうからさっさと出せや」


(噂通りのうつけだな)


「おい、鉄商人。こんだけ偉そうに能書き垂れといて、商品用意できねぇなんて言わねーだろうな。1万個、1つも欠かさず用意しろよ」


「ふん。せいぜい業者に迷惑かけねーこったな」


「舐めんな。鉄1万個くらい余裕で売り捌いてやんぜ」


「言ったな。一つでも在庫余らせてみろ。倉庫代は耳を揃えてきっちり支払ってもらうからな」


 鉄商人は気分を害していたが、ルーシーはしきりに感心していた。


(なるほど。こういう交渉の仕方もあるのか)


 こちらの切り札を一切漏らさずに鉄商人から情報を引き出した。


 ルーシーの特殊スキル、収納については教えずに、その一方で従来通りに輸送すればどのくらいの価格がつくのかという情報まで引き出してしまったのだ。


 これで大体、アークロイ領ではどのくらいの値段で売れるのかもわかった。


 鉄商人によると10倍の値段にしても元は取れない。


 逆に言えば、10倍の値段にしても僻地アークロイでは競争相手はいないということだ。


(ノア様と一緒にいると勉強になることが多いなぁ)




 鉄商人はノアに鉄1万個を売った後、倉庫の方に指示を出した。


「おい、今日の仕分け作業は混雑するぞ。早め早めでな」


「ウィーッス」


(あのふざけたうつけ領主め。たんまり倉庫代取ってやるぜ)


 入荷した鉄は一旦、鉄商人の借りている倉庫に入れられる。


 ただし、そこから1日以内に引き取らないと追加で倉庫利用料が取られることになっている。


 あのうつけ領主のことだから鉄を引き取るのに何ヶ月もかかって大量に追加料金をふんだくれるだろう。


 そんな腹づもりで、一旦別の商談に向かったものの、いつまで経っても倉庫がいっぱいになったという連絡が来ないことに気づいた。


(ん? 何やってんだ? まさか水夫までサボってんのか?)


 そうして倉庫にいくと空っぽで何も入っていなかった。


 鉄商人は近くの搬入作業員に聞き出す。


「おい、ここにノア・フォン・アークロイ宛に用意した鉄が搬入されるはずだろ。なんでまだ入ってない?」


「? 倉庫への搬入作業はもう終わったはずですよ」


「あっ、それもうこちらで引き取りましたー」


 白いとんがり帽子の娘が言う。


「あんたは確かあの領主と一緒にいた」


「ルーシーと申します。もうここにあった鉄は全部うちで引き取ったので問題ないですよ。はい。これ受け取り証明書です」


「えっ? ああ、おう」


 鉄商人はノアとルーシーの署名が入った書類を不思議そうに見る。


(ずいぶん素早い引き取りだな。よほど手際よく作業を終えたのか?)




 帰りの飛行中、ノアとルーシーは悪い顔で語り合っていた。


「へへへ。領主様。あの鉄商人10倍の売値でも元は取れないって言ってましたよ」


「ああ、いいこと聞いたな」


「この鉄、何倍の値段で売ります?」


「あんまりぼったくってもな。5倍くらいにしとけ」


「5倍!? 粗利400%ですかぁ? とんでもない暴利じゃないですか。いいんですか? そんなに高くして」


「仕入れ価格は社外秘だぞ」


「アエミリア様には仕入れ値高めに設定して教えときますね」


「おいおい。お主も悪よのぉ」


「いえいえお代官様ほどでは」


 2人は終始悪い顔をしながらアークロイ領へと帰っていく。




 翌日、教会周辺には鉄市場が開かれた。


 広場に所狭しと鉄のブロックが並べられる。


 地元の武器業者や鉄が欲しい消費者は、ようやく鉄不足が解消されるか、と思って市場に来たらその値段に仰天した。


「えっ? 何これ。やっす」


「うおお。さすが領主様。こんな安値で供給してくれるなんて」


「ありがとう領主様!」


 鉄は飛ぶように売れる。


 翌日には塩の市場も開かれた。


 領民や地元の業者はこれまたその安さに仰天して、飛ぶように売れた。


 領土内の鉄や塩の不足はすぐに解消されて、むしろ飽和状態になった。


 ノアとルーシーがどのようにしてこれだけ大量の塩と鉄を入荷したのか、そしてどれだけの利益を中抜きしたのか、それを知る者はほとんどいない。

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