第20話 叛臣

「アルベルト。アングリン砦の攻略はどうなっておる?」


「はっ、あと2ヶ月ほどはかかるかと」


 大公フリードは眉をしかめた。


「まだ砦を落とせんのか? アングリンなど我がユーベル領に比べればたかが小国ではないか。いったい何をそんなに手間取っておる?」


「父上。無茶をおっしゃらないでください。アングリンは小国といえども、兵は精強、国民の結束は固く、将も歴戦の強者ばかりで侮れません。また、アングリンの砦は天下の要衝。大国の攻撃に何年も耐えてきた実績のある防御施設です。そう簡単に陥せるようなものではありません」


「そのようなこと、分かっておる。ワシは経過報告を求めただけじゃ。そのような周知の事実をいちいち語るでない」


 そう言うと、ユーベル大公は不機嫌そうに黙々と食事を続けた。


 アルベルトはため息をつく。


(やれやれ。父上もだいぶ苛立たれているな。ノアがクルックを切り取ったと聞いてからずっとこの調子だ)


「おやおやぁ。随分と荒れておられますなぁ。ユーベル大公」


 ねっとりとした声が聞こえてくる。


「その声はリベリオ卿か」


 大公はジロリと訪れた男を睨む。


 アルベルトも顔をしかめる。


(まったく。ただでさえ父上が不機嫌だというのに、嫌な奴が来たものだ)


 リベリオ卿はユーベル大公領にいる数ある家臣達の中でも最大の勢力を誇る貴族だった。


 かつては功臣だったため、大公も目にかけて他の家来よりも多めに褒美を与えていたのだが、このところ専横が目立つようになってきた。


 特に先代の死後から目に見えて増長するようになった。


 先代のお気に入りでもある彼を大公も無碍にはできず、ついつい野放しにしてしまったのだ。


 大公が呼んでも公の場に来ない、兵の供出を命じても従わない、勝手に外国と関係を持ち交渉を始める、大公の定めた法律に従わない。


 何よりも大公にとって気に食わないのは、上記のような数々の背反行為をしていながら、勢力を拡大していることだった。


(おのれ。我が領土に住まう蛆虫の寄生虫が。ワシにあともう少し時間と金と兵力があれば、貴様など一思ひとおもいに捻り潰してやるものを)


 しかし、それが出来ないことは分かっていた。


 現状、アングリンとの戦争が続いており、また近隣諸国も油断できない国ばかりだった。


 今、リベリオ卿に反乱を起こされれば、かなり損害が生まれるし、最悪詰む可能性もあった。


「いったい何の用じゃ、リベリオ卿」


「おやおや。随分冷たいお言葉ですな。可愛い家臣に向かって何の用とは」


「特に用もなくワシの機嫌を伺いにくるような輩ではなかろうお主は。さっさと言え」


「ははは。なに、大した用ではありませんよ。お祝いを申し上げようと思いましてね」


「お祝い?」


「ご子息のことですよ。ノア様がクルック城を落としたそうじゃありませんか」


(あっ、おい、今、その話題は……)


 アルベルトの心配通り、大公のひたいに青筋が浮かんだ。


「いや、おめでとうございます。立派な成果じゃありませんか。この乱世に生まれた男児の本懐。なかなかできることじゃありませんよ。父君である大公としてもさぞかし誇らしいことでしょう」


「ん? ああ、おう。そうじゃな。ハハ」


「ですが、それだけに惜しいですな。ご子息を独立させて僻地に飛ばしてしまったというのは。最近、我らが大公領では軍事に関して浮いた話がありませんし。これは大公のミスだったのでは?」


「リベリオ卿。いったい何が言いたいのです?」


「あなたの軍事が滞っていることですよ」


 すごむアルベルトに、リベリオ卿は嫌味ったらしく言う。


「あんなチンケな砦を落とすのに何ヶ月もかかっているとは。【聖騎士】のギフト持ちといっても指揮官としては正直物足りなさを禁じ得ませんな」


(テメーが足引っ張ってるからだろーが。寄生虫がぁぁ)


 大公は心の中で叫んだ。


「やはりここは私が総司令官として指揮を取るべきでは?」


 リベリオ卿がずいっと大公に詰め寄る。


「リベリオ卿。ユーベル軍の最高指揮権に関する人事は父上が決めることです。そのような要求は不敬ですぞ」


「おやおや。まるで私が不忠者であるかのような言い方ですな。この私が反乱を起こすとでも?」


 アルベルトはぎりっと歯軋りした。


 リベリオ卿は5つの城を任されているこの大公領でも随一の勢力。


 敵に回せば厄介なことは彼にも分かっていた。


 造反者のレッテルを貼るわけにはいかない。


「ご報告申し上げます!」


 バンっと勢いよく扉が開かれると共に騎士ヴァーノンが飛び込んできた。


「おや、これは騎士ヴァーノンじゃないか」


「いったい何じゃ。こんな時に」


「アークロイ領内のことに関して、ご報告すべきことがありまして……」


 騎士ヴァーノンはすっかりアークロイ領担当の外交官のような立ち位置になっていた。


「後にせい。今はあのうつけの起こす問題に構っている場合ではないわ」


「まあまあ、いいじゃありませんか。せっかく騎士ヴァーノンがこうして息急き切って駆けつけてくださったんですから。聞いてあげましょうよ」


 リベリオ卿が面白そうに聞く。


(っせーぞ。タコ。助走つけて殴んぞコラァァア)


「騎士ヴァーノン、言ってみよ」


「ノア様がルーク城を攻略。ルーク公を下して、ルーク領を自領に組み込んだとのことです」


「「「!?」」」


「ルーク領? ルーク領と言えば、確か難攻不落の砦があるところじゃないか。その砦はどうした?」


 リベリオ卿が聞いた。


「そうじゃ。確かあのうつけは砦を前にしておめおめ逃げ帰り、恥をかいたところじゃろうが」


「何か策略でも使って奪ったのか?」


「いえ、武勇によって1日で攻略したとのことです」


「バカな。そんなことが」


「いったいどうやって」


「今回もオフィーリアによる卓越した指揮とそして弓兵による新兵器の開発が功を奏したとか」


「おやおやー。これまた、凄いじゃないですかノア様。これで城2つ目ですよ。それも実力で。これはアルベルト様、並ばれちゃいましたねぇ。しかもノア様はあなたと違って実力で2つ取ったそうですよ。実力で」


(ノアが城2つ持ち。それもルークの砦を攻略して)


 流石のアルベルトも動揺を隠し切れなかった。


「リベリオ卿、騎士ヴァーノンの報告を聞いておらなかったのか? 活躍したのは弓兵とオフィーリアじゃ。ノアの実力ではない」


「運も実力のうちと言いますよ。大公様」


「ぐぬぬ」


「まあ、とにかくあんなうつけでも領土を切り取る時代です。我が軍もあんまりオチオチしてはいられないですよ。いい加減体制を見直して、もっと有能な人間に指揮権を預けた方がいいんじゃないですかね。私の言いたいことはそれだけです。では」


 リベリオ卿は扉を潜って帰っていく。


「父上、よろしいのですか。あのようなことを言わせておいて」


「分かっておる。あの叛臣はんしんめ。いずれギャフンと言わせてやるわ。しかし、今はマズイ。それはお主も分かっておろう」


「しかしですね。父上……」


「まったく。父上も長兄もみっともない。あんな叛臣と愚弟が少し勢いに乗ったからといって」


 次男のイアンが落ち着き払った様子で眼鏡を直しながら言った。


「イアン。分かっているのか。このままあの叛臣を放っておけば、反乱にも繋がりかねんのだぞ。それもノアが出世しすぎたせいでだ」


「やれやれ。お2人とも、あの愚弟の勢いがいつまでも続くとお思いですか?」


「……何か心当たりでもあるのか、イアン」


「どれだけ外征が上手くいっても内政に綻びが出れば国は立ち行かない、ということですよ」


 イアンは眼鏡をクイっと上げながら不敵に笑った。

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