迷子だぜ! 世界観

 「ぎ、儀式……? 殉死の予定……?」

 「はい! 一週間後に冥葬族のお祭りがあって、自分はそのお祭りでみんなの前で殉死する役目を賜ったんです!」

 「ド因習やん……あ、じゃなくて……なんか……いいね!」


 【悲報】美少女、生け贄が決まっていた。……いや、でも因習と決めつけるのはまだ早い。現代の都会っ子が生け贄とかそういう文化を因習だと言ってバカにするのはそれが意味がない行為だという前提があるからだ。もしかしたらこの世界には若い娘を捧げられなきゃキレて天災を齎すタイプの怪異が実在するのかもしれない。


 ──聞いたことないけど。


 あ、やっぱり? なんかアレだよな。この世界、異世界にはハッピーセットのノリで付きものなモンスターがいないよな。地上の魔獣も創獣族の兵器だってヒョウヤが言っていたし、地底で遭遇した人魂もガイコツも人間の差し金だったわけで、徹頭徹尾人対人の世界だ。


 「えーっと、それはどういう意図なん? 意味のある死なんですかね……?」

 「お祭り……捧魂祭はですね、選ばれた一人がもう一人の命を奪ってですね、一人に与死を、もう一人に殉死を、そしてそれを見届けるみんなに送死を経験させるっていう目的があります。十年に一度のお祭りでこの役目を果たせるのはとても名誉なことなんです」

 「そっかぁ」


 冥葬族が尊ぶ“五死”。その経験が本当に巫女の力を底上げするのなら、親しい人を見送る『送死』を全員に経験させることができるのは戦力強化になる……のか? や、マジでムチャクチャだな。五死の中で死なずに経験できるのは殺しと見送りの二つだけで、それ以外は経験したら戦力じゃなくなる。というか、人材育成が目的なら犠牲になるのは巫女適性がない奴の方が良いんじゃないか? ……ダメだな。合理性で考えても仕方がない。きっとその根底にあるのは俺が理解できない価値観であって、実利は二の次。


 いや、この際意義だとかそういうのはどうでもいい。俺が知らなきゃならないのは一つだけだ。


 「……聞くけど、シャーリーはそれでいいのか? 名誉って言ってるけど、強制されてるわけではないんだよな?」


 即ち、シャーリーの意思。彼女が死にたくないと思っているなら、助けたいと思う。けれど。


 「もちろん望んでのことです! 大好きなみんなに囲まれて逝けるなんて、とっても素敵なことじゃないですか!」

 「なるほどなぁ」


 はい、出しゃばる理由なくなりました。それに、その理屈は理解できる。仇敵に連れ去られ、辱められて最後には処分される、そんな末路がある世界だ。俺がいなかったらシャーリーもそうなっていたのかもしれないわけで、だからこそ死に様を選べて、親しい人に見守られながら逝けるのが幸せ、というのは理解できる。俺はそんな何人も親しい人がいたこととかないけど。


 「あ、着きましたよ。水場です」

 「おぉ……本当に川だ」


 ハーデスの実が割と水分多い系のフルーツだったのはいいが、それでも普通に喉が渇きまくっていたので、シャーリーには水場まで案内してもらっていた。シャーリーも迷子なわけだが、冥葬族は迷ったら川を見つけてそこを辿って村へ戻るのが鉄則らしく一石二鳥であった。


 「……なぁ、これ煮沸とかいる?」

 「シャフツ……?」

 「あー、そのまま飲んでいいの?」

 「あ、はい。美味しいですよ」

 「ふーん……」


 そうらしいけども、例によって身体の構造が異なっている可能性は否めない。が、これ以上は限界なので飲む! なんたって喉がやられたら戦えないのだ。四の五の言ってられないし、ハナビちゃんは風邪引いたことも腹壊したこともない健康優良児だしな! 現世(地上)に帰れないトラップに関してはもう手遅れなわけで。


 「あー、生き返る」


 本当に美味い。ジャパニーズ水道水くらい美味い。喉渇いてるときの水なんてなんでも美味いってのは正論だけども、思えば焔精族の村でも同じくらい美味い飲み水を貰えていた。侮れない浄水技術を……なんて思っていたが、まさかこの世界の水って最初っからこうなのか? でも飯に魚が出たことあったよな……わからん。


 そんなわけで水分補給を済ませ、上流に向かえば村に辿り着くというシャーリーの言葉を信じて進む。太陽が見えないから正確には分からないけども、結構な時間が経った頃、シャーリーの提案で夜営をすることになった。


 「いや……結構集まったな」


 ハーデスの実。道中で見かける度にもぎとっていたら、抱えるのにも一苦労なくらい集まってしまっていた。貴重な食料だと思って集めていたが、目にする頻度からしてあんまり貴重じゃないようだった。


 「あはは……たしかに美味しいですけど、そんなに気に入ったんですか? 地上にはないんですか?」

 「あぁ……見たことないけど、俺が知らないだけかも」


 孤児寺、フィールドワークとかなかったし。実のところ俺は焔精族の村の外のことをロクに知らずに育った。出された飯も調理済みのものばかりだったし、知らずに奇妙なものを口にしていた可能性は否めない。


 「地上かぁ……ちょっと興味があります」

 「……」


 ……地底の種族。ここで生まれて死ぬのなら、必然的に彼らは日の光を知らないということになる。それを不幸と決めつけるのは思い上がりだが、それほど常識が乖離した相手だというのは留意するべきだろう。


 「逆にさ、地底ってどんな食料があるんだ? この実だけ?」

 「そうですね、他には麺麭瘤豚パンコブタなんかがいますよ」

 「なんそれ……」

 「三日に一回くらいで主食になるコブを生やす動物です。地底のどこにでもいる動物ですよ」

 「トリコの世界……?」


 なんだそれ……しかも家畜ですらなく野生にいるのか? ……おかしい。明らかに。人間に都合が良すぎる。だが……それぐらいの都合の良さがないと、人間が地底で暮らすなんて不可能かもしれない。前世の常識では植物が光合成で太陽光をエネルギーに変換するから食物連鎖が成立していたわけで、日の光がないこんな場所じゃそれが成立しない。なのにここでは普通に草が生えてるし、人間様のために存在するような動物もいる。世界に作為を感じる……優しかったりハードだったりで酔いそう……リュッケさんはなんか知ってる?


 ──アンタの疑問は真っ当だけど、その答えはアタシも持ってないわ。ごめんなさい。


 そっかぁ。じゃあもう考えてもしょうがないな。食い物が沢山あるのは良いことだって思っておこう。


 「あ、火とかつける? 夜営だし」

 「火、ですか? どうやって……」

 「祝詞で」

 「す、凄いし凄い無駄遣いな気がするんですけど……やめた方が良いです。仲間が来てくれるかもしれないですけど……それ以上に、敵に見つかっちゃうかもしれないので……」

 「いやでも……」


 寒……くはない、な。ずっと夜みたいなもんなのに、いたって適温である。熱源はなんだよ。その上謎にほんのり明るい。確かにこれなら火をおこすのはデメリットの方が大きいか。


 「あー、確かに仰るとおりですね……」


 常に適温と言えば、地上もそうだった。四季なんか無くて年がら年中過ごしやすい気候。地球にだって季節がない国なんて割とあるから気にしていなかったが、やっぱり作為を感じざるを得ない。ってか、畑とかもなかったよな。地球だったら普通ガキ=農作業の人手が定番だが、そんな労働課されたことがない。俺たちが食ってた米は一体……?


 ……こんな大事なことに今更気づくとか、俺ちょっと鈍すぎんな。でも元カノが可愛かったせいだから。

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